157.振り回されてる
「ミコトが来ます!」
第3エラルダ国の森の中の館の2階にある、宿泊用の個室で、ロイはキダンに向かって言った。
「え、早っ!?」
キダンは慌ててベッドの後ろに隠れる。
ロイは飛び上がると、天井に張り付いた。
「相変わらず、ロイ君はすごいなぁ……」
キダンは呟いて、息を整えた。
予想より、大分早い。
これは、ケイがすぐにミコトに飛びついたとみていいだろう。
相変わらずの若い人妻好きだ。
ミコトは、心の中で「私はマリー」と唱えながら、ケイの後ろを歩いていた。
豪華な館の2階には、個室のドアがズラリと並んでいる。
もちろん宿泊用の部屋なのだろうが、仮面舞踏会では、男女が事を致す部屋である。
ケイは迷いなく、一番奥の部屋に歩いていく。
キダンの言った通りだ。
ケイは毎回同じ部屋を使う。
この館で一番広い、いわゆるVIPルームだ。
ケイはこの仮面舞踏会の出資者なのだ。
第2のスパイは相当儲かるのだろう。
「どうぞ」
ケイはドアを開けて、ミコトに入るように促す。
ミコトの本能は、今すぐケイを殴り倒して、「アンタなんかとするわけないでしょ! バァカ!」と叫びたい、と訴えている。
それぐらい、嫌なのだ。
ケイは、少し躊躇しているミコトを見て、さらにゾクゾクとした。
しかし焦ってはいけない、とニッコリ笑う。
「安心して下さい。あなたが嫌がることは、何も致しません。旦那様を愛していらっしゃるのでしょう? 実は私も……なんです。病気で先立った妻を今でも愛しています」
みなさん、騙されてはいけませんよ?
ケイの妻は生きています!
第3の同じ政務官をしている、同い年の女性です!
コイツ、超ウソツキですよ!
ミコトは大声で叫びたくなったが、ぐっと堪えた。
「きっと少し、ほんの少しだけ、寂しいんですよね。分かります。一人の夜ほど、辛いものはありません……」
殺気が出そうだー!
マリーになりきれない!
ミコトは、何とか、小さく頷いた。
ケイは、後方のタリスを見ると、ふっと勝ち誇った顔をした。
タリスは、ふいと目を逸らす。
ケイとミコトがドアの中へと入っていくのを横目で確認したタリスは、ハァと息を吐いた。
「女、怖っ……」
部屋に入ったら、すぐに出ていくと怪しいので、10分程話す。
もし、ケイがミコトに手を出すようなら、ロイがすぐにケイを気絶させる。
ミコトは、怒りを抑えながら、段取りを頭の中で復唱した。
部屋は10畳程の大きさで、ダブルサイズのベッドと、黒いソファとローテーブルのセット、書き物用の机と椅子がある。
ケイは棚からお酒とグラスを取り出すと、ローテーブルに置いた。
「どうですか? 飲みながら話でも……」
「いえ、スーツの謝罪をさせてください」
すぐにロイの気絶で構わないと思っているミコトは、マリーの真似を忘れて、事を急ぐ。
ケイはふふっと笑い、ミコトの横に立った。
「意外と積極的なんですね。そんなところも……」
ケイは、そこまで話したところで、ドサッと倒れた。
ロイの力だ。
「ミコトちゃん、もう少し話を引き延ばしてよー」
キダンがベッドの後ろから呆れ顔で出てくる。
「いや、これでいいですよ」
ロイは天井からスタッと下りて、「ミコトが今にも殴り倒しそうだったので」と笑った。
「想像で、10発は殴ったよ!」
ミコトが拳を握りしめると、ロイはミコトを抱きしめた。
「ミコト、よく頑張ったね」
ミコトは驚きながらも、無性に泣きたい気持ちになった。
抱きしめられたからなのか、頑張ったと言われたからなのか、分からなかった。
でも、まだ終わりじゃない。
泣いていてはいけないんだ。
「ロイ、拠点の宿屋まで頑張って演技を続けて無事に帰ったら、ご褒美が欲しいの!」
ロイは「ご褒美?」と言って、ミコトの肩を持って離れる。
ミコトは頷いた。
ロイは微笑む。
「いいよ。ケーキ? それとも……」
「今夜は二人きりで過ごしたいの!」
「えっ…!?」
ミコトの発言に、ロイは思わずキダンを見る。
キダンは、ニヤッと笑う。
「ミコトちゃん、超積極的……」
「昨夜は楽しかったけど! でも、今日は二人きりがいい! ダメ?」
ミコトは、キダンの言葉を遮り、ロイに詰め寄った。
「え、と……、報告が終わったら、それは、もちろんいいけど……」
ロイはキダンをチラリと見て、答える。
「あー、僕は見てないから、好きにして……」
キダンが言い終わる前に、ロイはミコトを引き寄せて、キスをした。
ミコトの口紅は、正直、変な味だったが、何だかそれも、ロイにとっては、とても幸せな事だった。
ミコトが部屋を出て行った後、キダンはロイを見て呆れた。
「ロイ君、口についてるよ、口紅!」
「あ、すみません」
ロイは慌てた様子もなく、指で口紅を拭き取る。
キダンはこれ見よがしに溜息をつく。
「ロイ君さぁ、実はミコトちゃんに振り回されてない? 10も上なのに……」
「そうですよね!?」
ロイはキダンの言葉に被せて言う。
「ミコトは俺の事振り回してるんですよ! 何ですか、あの可愛さは!?」
キダンは「えー……」と言う。
「いっつもそうなんですよ! あの時も……」
「いや、もういいから! 今はケイの尋問でしょ!」
キダンはロイにストップをかける。
ロイは、そうでした、と言うと、気絶しているケイをソファに座らせた。
「キダンさん、質問どうぞ」
「何そのボケ? ケイの意識ないのにどうやって尋問するのさ!?」
キダンは、つい大声を上げる。
ロイは「出来ると思います」と真顔で答えた。
「俺のこの、尋問なんですが、相手の精神にかなりダメージを与えますよね。つまり、えーと、意識がなくても出来るんですよ」
「説明になってないよ!? 『つまり』の後が飛びすぎだよっ!」
キダンは頭を抱えて叫んだ。
これだから、バカ多めの天才は困る。
ロイは「説明、説明……」と考え込んでいる。
「分かったよ! 全く分かんないけど、出来るんだよね? 時間もないし、やるよ!」
「は、はい。お願いします!」
キダンは理解出来ないながらも、この方がケイの記憶に残らなくていいか、と良い方へ考え、自分を納得させていた。




