156.ケイからの誘い
時は少し遡り、ミコトは仮面舞踏会の会場である森の中の館の側に止めた馬車の中にいた。
この馬車は今日のために借りた馬車で、ミコトが会場に入ったら、返却することになっている。
待機させると、すぐに帰ることがバレてしまうからだ。
馬車内には、ホシナがいる。
ウミノとネルは、拠点の宿屋で留守番だ。
「ミコトさん、そろそろですが、大丈夫ですか?」
ホシナの言葉に、ミコトはブツブツ言いながら頷く。
「私はマリー、私はマリー……」
「あの、その呪文? は……?」
「いい女といえば、マリーなんです」
ホシナは、「ああ、キダンの……」と納得したかのように言う。
キダンに、いい女風でね! と言われたものの、いい女が何なのかサッパリ分からなかったミコトは、身近ないい女であるマリーをお手本にすることにしたのだ。
というのも、それ以外の指示が全くないのである。
ミコトは恨みがましい目でホシナを見た。
「ホシナさん、何で私に演技指導がないんですか? タリスさんにはしたのに!」
ホシナはニッコリ笑った。
「いいですね! もっと私を叱ってください!」
ダメだ!
この人、金髪が好きすぎて、話が通じない!
ミコトは肩を落とすと、再び「私はマリー……」と呟いた。
「必ず、全員がミコトさんを助けます。絶対に無茶をしないようにして下さい」
馬車から降りて振り向いたミコトに、ホシナが真剣な表情で言った。
「はい!」
ミコトは、颯爽と会場の入り口に向かった。
ミコトが仮面舞踏会の会場に入ると、入り口付近にいた全員が、ミコトに注目した。
18時からだというのに、18時50分に来た客なんて、別の意味で目立ってしまうようだ。
いやいや、今はマリーなのだ。
目立とうが、何だろうが、マリーはいつも余裕で男性をあしらっているのだ。
とりあえず、計画通り、話しかけてきたタリスを振る!
他の男性客の間をすり抜けて、タリスがミコトの前に来た。
タリスは、一瞬ミコトを見た後、ふいっと横を向いてミコトに言った。
「あ、あの、お、俺と踊りませんか……」
え!?
誘うの下手……!?
いや、もしかして、ミコトが振りやすいように、ダメ男の演技をしている?
よし、今こそ、マリー降臨だ!
ミコトは、うふふと微笑んだ。
「また今度……でもいいですか?」
マリーお得意の、今度は永遠に来ないヤツである!
「はい……、あっ、いや……」
タリスは、言い淀んで、何故か引き下がらない。
あれ、演技続くのだろうか。
そうか、気持ち悪い男設定だからか!
ようし、しつこい男には、マリーは厳しいよ!
ミコトはタリスを覗き込んだ。
「あら、意味が分からなかったかしら?」
「うがっ……」
タリスはよろけながら2〜3歩後ずさり、ミコトに道をあけた。
ミコトは軽く会釈をすると、泣きそうなタリスの横を通り過ぎる。
タリスさんはショックを受ける演技が上手いなぁ、とミコトは感心していた。
タリスがミコトに振られる様子を、2階に上がる階段の影からみていたロイとキダンは、文字通り、青ざめていた。
「あれ演技? タリス君、大丈夫かなぁ……」
キダンは本気で心配そうに言う。
「マリーが後ろに見えた……」
ロイは、マリーに「死んだ方がマシ」と言われて嫁候補を断られたことを、まざまざと思い出した。
「あ、なるほど、マリーの真似か。僕、ミコトちゃんに余計な事言っちゃったみたいだね」
キダンは笑いを堪えている。
「……キダンさん、これは俺の欲目でしょうか……」
ロイは、先程までミコトがいた場所を見つめている。
「他の女性なんて目じゃないほど、ミコトが一番に見えました……」
キダンは、苦笑した。
「このバカップルが! って言いたいところなんだけど、まあ、実際そうだよね。もう分かったでしょ? 相手にされないなんて有り得ないし、ギリギリに来ても、ケイはミコトちゃんを選ぶんだよ」
ロイは弱々しく笑うと、「そうですね……」と言った。
「気持ちは分かるけど、そのためのタリス君だよ。僕たちは、個室の方へ行くよ!」
「……はい!」
ロイは、頭を一振りして、キダンに返事をすると、2階に上がる階段を上がって行った。
タリスの役目は、ミコトに触れる男を気持ち悪さ全開で止めることだった。
しかし、ミコトに触れる男なんて、誰一人としていなかった。
ミコトがモテないわけではない。
誰もが、うかつに触れられないのだ。
勇気を出して話しかける男はいるが、触れるなんて、そんな大それた事は誰も出来ないのだ。
タリスは一定距離を保ち、隠す事なく、ずっとミコトを見ていた。
その行動も、全く不自然ではない。
どの男も、そうだからだ。
ミコトは、ウェイターから、飲み物を受け取った。
ミコトがケイを誘うのは無理なので、ケイに飲み物をこぼして、お拭きしますと言って部屋に行こうという、ベタベタな作戦である。
さて、銀髪の170㎝の30代の男は……
ミコトは、振り向いた直後、真後ろに立っていた男に、ドンッとぶつかった。
ミコトの持っていたグラスから、その男のスーツに、飲み物がはねる。
ミコトの血の気がサーッとひく。
「す、すみませんっ!」
何やってるの!?
他の人にこぼしてどうするの!?
さらに、ケイにもこぼすの?
そんな、不自然なこと……
「いいんですよ。私こそすみません。お怪我はありませんでしたか?」
ミコトが恐る恐る顔を上げると、そこには銀髪で170㎝の30代の男が立っていた。
「ああ、あなたのドレスにも飲み物が……。本当に申し訳ないことをしました。どうでしょうか。別室に別のドレスがあるのですが……」
男はそう言うと、ミコトの手をとろうとする。
いつの間にか隣に来ていたタリスが、その手をパシッと跳ね除けた。
男は少し驚いた顔をしてタリスを見たが、ふふっと笑った。
「あなたは先程この方に振られていましたよね? 未練がましい男はさらに嫌われてしまいますよ?」
タリスは、男、そう、ケイを睨んだ。
これは、こちらが望んだ展開だ。
ミコトが誘う前に、ケイの方から来たのだ。
ケイはミコトを誘うために、わざと飲み物を受け取ったミコトの真後ろに立ったのだ。
ミコトはハッとなった。
この男は間違いなくケイだ。
動揺してないで、マリーだ。
マリーのように振る舞うのだ!
「私、不用意に触れられるのは苦手なんです……。でも、スーツの謝罪はさせていただきます。どちらに伺えばよろしいですか?」
ミコトは伏し目がちに、暗に触らないでと含ませて、ケイに言う。
申し訳ないが、タリスは無視である。
ケイはニッコリ笑った。
「では、こちらへ……」
ケイは言われた通り、ミコトには触らずに、ジェスチャーで、ミコトを案内する。
ミコトは、ケイの後ろを、距離を保って歩いていく。
タリスも、ミコトの後ろに、距離をとってついていく。
他の客から、「ついていく気よ……」とタリスを嘲笑する声が聞こえる。
タリスは、精神的に生きて帰れるだろうかと、ケイとミコトの後を歩きながら思っていた。




