152.タリスの相談
とうとう明日は、第3エラルダ国で月一の仮面舞踏会が行われる日だ。
ミコトとウミノとネルは、拠点の宿屋のウミノたちの2人部屋で明日のヘアメイクの打ち合わせをし、ホシナはタリスに、闇組織の概要と明日の演技指導をタリスの部屋で行い、ロイとキダンは明日の尋問の打ち合わせを、4人部屋でしていた。
「ねえ、ロイ君。タリス君、なんか様子おかしくなかった?」
キダンは、明日の尋問内容を紙に書きとめながら、ロイに言う。
「あー、リオの2番目の奥さんの事、気にしてましたね」
ロイは平然と言った。
キダンは、うーん、と唸る。
「タリス君のことは、徹底的に調べたんだよね。第2と繋がりがあったら困るからさぁ……」
「タリスは大丈夫ですよ」
キダンは「その根拠は?」と言い、ロイを見る。
「勘、と言いたいところですが、昔から知ってますから……覚えてないんですけど」
キダンは、呆れた顔をする。
「何それ? アリンコよりひどいよー」
「ですよね。キダンさんに依頼料払って、俺の2歳から8歳までの事を調べてもらおうかな」
キダンは真面目な表情をして、声を落とした。
「記憶が、ないの?」
「……はい。殆どありません」
キダンは、ペンを机の上に置いた。
ロイは苦笑する。
「今までは、記憶がなくても、部分的に覚えている事もあったし、重く捉えてませんでした。それに、元々記憶力が悪かったので、こんなものかも……とも思ってました」
「まあ、8歳って、僕もあんまり覚えてないけど……」
キダンは腕組みをして言う。
ロイも腕組みをする。
「俺は、母さんがいた、母さんと訓練をした、母さんが死んだようだ、しか覚えていないんです」
キダンは怪訝な顔をする。
「剣術道場は? タリス君と3年間一緒だったんじゃ……」
「全く覚えていないんです」
ロイは真っ直ぐキダンを見る。
キダンは、ふーっと息を吐いた。
「セタ君や父は知ってるの? ロイ君が記憶喪失だって……」
「二人とも、おかしいな、とは思っています。でも、母親の死のショックで忘れてしまったんだと解釈したみたいです。俺も、そうなのかと……」
ロイはうつむいた。
「調べるのは構わないよ。でも、ロイ君にとって、辛い事なんじゃないのかな?」
キダンはロイの顔を覗き込む。
ロイは、サッと席を立った。
顔を見られたくなかった。
「キダンさん。俺、もう、何からも逃げたくないんです。俺が逃げたせいで、周りの人が辛い思いをしていたんです。俺は、出来ない事が多いけど、せめて逃げないだけは……」
「あー、もう、分かったよ! この闇組織調査が終わったら、ロイ君の記憶調査をやるよ! 依頼料高いよ? 僕、優秀だからね!」
ロイはふっと笑った。
「はい、知ってます。クズ男だってことも……」
ロイとキダンが4人部屋から出ると、ちょうど、ミコトがウミノとネルの部屋から出てきた。
「あ、ロイとキダンさん! 今、従業員の方がね、お風呂順番に入って下さいって言っててね、効率的にも、2人で入って欲しいんだって」
確かに、この宿屋はお風呂が一つしかない。
7人いるのだ。
一人ずつ入っていては、時間がかかってしまう。
「ウミノさんとネルさんが最初に二人で入ることになったの。後はどうしようか?」
キダンはニヤリと笑う。
「ロイ君とミコトちゃんは一緒に入ればいいでしょ? 残った男3人は、別々でいいよ。狭いし気持ち悪いし」
「キダンさん……!」
ロイはキダンを睨んだ。
絶対に面白がっている。
「やっぱりそうだよね。男の人2人じゃ狭いもんね。じゃあ、次はロイと私で、後はキダンさんたちで話し合って……」
ミコトは、当然かのように言う。
キダンはさらにニヤニヤした。
「ミコトちゃん動じないねー? よく2人でお風呂に入ってるんだ?」
「キダンさんっ!」
ロイはキダンの胸ぐらを掴んで、片手で持ち上げる。
ミコトはニコッと笑った。
「2人で入ると楽しいんです。パパと入ってた頃を思い出します」
ミコトは、用意してくるね、と去っていき、ロイはそっとキダンを下におろした。
「パパ、頑張れ?」
キダンはロイの肩をポンと叩いた。
タリスは、お風呂に一人で入りながら、ボンヤリとしていた。
お風呂空いたので次どうぞ、と言いに来たのは、ロイとミコトだった。
つまり、この風呂に、さっきまで、2人で仲良く入っていたのだ。
「くっそ……、うらやましい……」
政略結婚でも何でもいい。
タリス自身にも、可愛い嫁が来ないだろうか。
実はタリスは、人嫌いではない。
嫌いではないからこそ、あまり話せないのだ。
昔から、タリスが意見を言うと、人が離れていった。
正論なんか聞きたくない、と言われた事もあった。
そうなると、何を話せばいいのか分からなくなった。
冒険者は、タリスに合っていた。
パーティを組んでいるヤツもいるが、ソロも多い。
言葉が少なくても、依頼さえこなせば、信頼が積み上がっていった。
今回の依頼も、その信頼の賜物だ。
それにしても、今回の仕事は、女性メンバーが多い。
ヘアメイクの2人も、明るくて若くて美人だった。
なんとか、少しは、話せないだろうか……。
「ロイ先輩にきいてみるか……」
第3の宿屋の、タリスにあてがわれた部屋で、ロイとタリスは向かい合って座っていた。
「で、話って……?」
ロイは神妙な顔のタリスに呼び出されたのである。
夜はミコトとアレコレしたかったが、何か重要な話だと感じたので、タリスを優先したのだ。
「あの、ロイ先輩は……」
タリスは、少し考える仕草をした。
ロイは首を傾げる。
「ええと、今回の仕事さ、ヘアメイクの人もいて、女性が多い、よね……。女性と話す時の話題って、どうしてるのかな……と……」
タリスの質問に、ロイは部屋を見回した。
当然だが、この部屋には、ロイとタリスしかいない。
「えっ!? 俺にきいてる!?」
「ロイ先輩しか、いないけど!?」
ロイは、腕を組んで天井を見た。
この質問、いや、相談? は明らかに人選ミスである。
ロイは女性の友人は全くいないのだ。
ロイの様子に、タリスは顔をしかめた。
「ミコトさんと仲良いよね。普段何を話してるの?」
「何って……。騎士団の話や、剣術や……」
タリスはガッカリした。
全く参考にならない。
タリスの様子を見て、ロイは慌てて「あのさ」と言った。
「タリスは強いよね? 女性にモテたりしないの?」
タリスはロイをチラリと見て、溜息をついた。
「ロイ先輩は、今までに、魔物や悪漢に襲われている若い女性に遭遇したことがある? それをやっつけて、感謝されて……とかある?」
「や、ないけど……」
「そういうことだよ。強さを見せる機会はないんだよ」
なんて事だ! とロイは衝撃を受けた。
エラルダは平和だったのだ!
つまり、女性に認めてもらうには、強さではなく、話術なのだ。
話術といえば……と、ロイは身を乗り出した。
「あの、この相談? キダンさんの方が向いてるかと……」
「あの人の調査能力はすごいと思うけど、人妻好きで偽造した招待状で何回も不倫会? に行く人の話を聞く気にはなれない……」
タリスは目を逸らしながら言う。
至極もっともである。
「ホシナさんとか……」
「ロイ先輩のお母さんの10代の絵を大量に持ち歩いている金髪マニアの50代のオッサンなんて気持ち悪いだけなんだよ……」
ホントそれ……、とロイも目を逸らす。
ホシナのロイを見る目も、若干気持ち悪いのだ。
これは、詰んだ……と、2人が落ち込んだ時だった。
コンコンとノックの音が響く。
「あ、ミコトだよ」
ロイはそう言うと、席を立ってドアを開けた。
罰が悪そうなミコトが立っている。
「ごめんなさい、大事なお話中に……」
「あ、全然いいよ……」
大事な話? が詰んだところだったのだ。
ミコトは手に果実水とお菓子を持っている。
「あのね、ウミノさんとネルさんがね、Aランクの冒険者の人に会うの初めてなんだって。それで、いろいろお話を聞きたいなぁって言っていて……。わ、私もちょっと興味あるし……、タリスさん、時間あったりします?」
ロイはタリスの方をバッと見る。
タリスはガタっと席を立った。
『あります!』
ミコトは、何故ロイとタリスが同時に言うのかよく分からなかったが、とりあえずOKを貰えてホッとした。
「良かった! じゃあ下の食堂で待ってるね!」
ドアを閉めて、ロイとタリスは、もう一度同時に、「よしっ」と言った。




