15.ミコトは女の子
「と、いうことで、ミコトは女の子なんです。わかりましたか? ロイさん」
リントは、ミコトに投げ飛ばされて、馬車停留所の地面に寝転んだままのロイに説明をする。
「わかったけどさぁ、何で誰も教えてくれないんだよ」
「それは、お前がさっさと北の大地に行ったまま、5年も帰って来ないからだよ」
カイルは呆れた様に言って、ロイをヨイショと起こした。
「大体なんだよ、よろしくお願いしますって。嫁探しされるの嫌じゃなかったのか?」
元々はカイルがミコトの事を嫁候補と嘘をついたのがいけないのだが、周りの団員たちはそこは黙っておくことにした。
「5年も好きにさせて貰ったんで、せめて嫁探しを嫌がるのはやめようって思ってまして、そしたら、結構可愛い子だったんで、よかったなぁって…?」
ロイはヘラっと笑い、周囲の団員全員が、がっくりと肩を落とした。
「ロイさんの好みはともかく、ミコトに手を出すのはやめて下さいよ。今ミコトに仕事を抜けられたら本当に困ります」
リントは心底迷惑そうに溜息をついた。
聖女の護衛、副騎士団長の業務、養成所の訓練等、リントの殆どの仕事に今やミコトが関わっている。
「ミコト、騎士団で仕事してるの?」
ロイが驚くと、何故かカイルは自慢げに言った。
「ミコトは優秀だぞ? 計算も早いし、細かい作業も得意だ。しかもリントに次ぐ実力があるから、養成所の訓練も任せられる」
「ええっ! すごいな、ミコト!」
ロイもまるで親のように嬉しくなった。
あの小さかったミコトが、立派になったものだ。
「そういう訳なので、ロイさんは、明日の朝一でミコトに謝って下さいね。同意なしで女性の胸揉むとか、普通に犯罪なので」
リントは「犯罪」という言葉を強めに言う。
騎士団はそもそも、そういう犯罪も取り締まっているのだ。
「明日じゃ遅いだろ? 今から行ってくるわ」
ロイが行こうとすると、リントはロイの袖を引っ張って引きとめた。
「多分今は混乱していると思うし、今日マリーが上手くなだめてくれると思います。それに今から行くと、聖女に殺されますよ。明朝の聖女のお祈りの時間に行って下さい」
マリーはロイにミコトの性別を伝えなかった事を思い出すはずなので、ミコトを落ち着かせてくれる、とリントは確信している。
ロイは聖女を思い出したのか、顔を曇らせた。
「明日騎士団で謝ろうかな…」
「明日はミコトは休みだぞ?」
カイルは続けて言う。
「明日は、成人祭だろ? ミコトは15歳だから、強制的に休みなんだよ」
成人祭は、今年15歳になる男女全員が参加して、これから国を支えていく若者を国全体でお祝いするお祭りだ。
出店なども出て、毎年かなりの盛り上がりを見せる。
プロポーズや婚姻が、1年の内1番多い日でもある。
「ミコトは成人祭には参加しませんよ」
ロイが成人祭でミコトに謝ろうとしないよう、リントは先にミコトの不参加を告げた。
「え? 何で?」
リントはロイに近づき、かなり小声で耳打ちした。
「ミコトは異世界人です。過去に聖女が参加した例もありません。5年後には異世界に帰ります」
「5年後、ああ、そうだっけ…」
ロイも声を落とす。
ふと、ロイはミコトの兄になる約束をした事を思い出した。
「とりあえず、明日の朝、謝りに行くか」
ロイたち騎士団一行は、ようやく、帰路につくことにした。
マリーは若干困っていた。
騎士団勤務から帰ってきたミコトは、ずっとベッドで布団を被って泣いているし、それに伴ってセイラは激怒したり、寄り添って泣いたりしているからだ。
「ミコちゃん、かわいそう! アイツやっぱり処刑しよう。ねっ?」
セイラがロイを処刑するのは国的に困る。
マリーは明日の15歳のお祝いのために買っておいた、ナッツとドライフルーツたっぷりのパウンドケーキを出す事にした。
「んまいっ! すごく美味しいよ、これ! ミコちゃん、私の分もあげるから、元気出して?」
セイラはミコトの皿に自分のパウンドケーキを乗せる。
「ありがと、セイラ」
ミコトは少し落ち着いたようだ。
「ミコト、ロイはミコトが女の子って知らないまま、北の大地に行ってしまったのよ。ロイはバカだけど、女の子に酷い事をしたりはしないわ」
ミコトは小さく頷く。
「何となく、そうかもって思ったんだけど…。さ、触られた感触が、なんか、残ってて…」
「やっぱり処刑だな、アイツ」
セイラはどうしてもロイを処刑したいようだ。
「でも、私も投げ飛ばしちゃったから、それでチャラでいいんだ、本当は」
「ロイを投げ飛ばせたのが凄いわ。騎士の国家特別人物なのよ? ミコトは本当に強いのね」
マリーに褒められて、ミコトは少し気恥ずかしくなった。
「そういえば、マリーはロイの嫁候補にはならないの?」
ミコトの質問に、セイラは嫌そうな顔をする。
「やだ! マリーがアイツの嫁候補とか!」
「大丈夫よ、セイラ。私も嫌で、5年前にしっかり断ってるから」
やっぱりロイのことが死ぬほど嫌なのだろうか。
ミコトがマリーをじっと見ると、マリーは小さく笑った。
「私がセタさんの嫁候補だったのはきいた?」
ミコトは頷く。
「あの頃のセタさんは、全女性の憧れでね。嫁候補になって、最後の1年だけだったけど、前の聖女の侍女にもなって、ちょっと私浮かれていたのよね」
マリーでも、浮かれる事ってあるんだ。
「でも私がこの聖女の部屋で見たものは、セタさんと前の聖女が抱き合ってキスをしているところだったの」
「んぐっ!」
ミコトはパウンドケーキを思わず詰まらせた。
「キス!? ここで?」
何故かセイラは嬉しそうだ。
こういう話に興味があるのかもしれない。
「当時14歳の私は思ったの。なんだこれ、ふざけるな? とね」
マリーの笑顔が怖い!
「でも、セタさんと前の聖女は本当に思い合っていてね。だから聖女が帰ってしまった時のセタさんの泣き崩れる様子を見て、もう嫁候補自体がよく分からなくなってしまったの」
泣き崩れる…。
セタさんの悲しい気持ちが痛い。
「なのにお祖父様たちは、私を次のロイの嫁候補にしようとするから、確か、それなら死んだ方がマシって言って、断ったのよ」
そういう事か!
「ロイの事が死ぬほど嫌いなのかと思っちゃったよ」
「私は嫌いだよ」
「セイラはね」
ミコトはセイラを見て笑う。
「ロイの立場には同情するけど、死ぬほど嫌いでも、好きでもないわね」
もしかしたら、マリーはセタさんのことが好きだったのかな、とミコトは思ったが、詮索するのはやめておいた。
「ところで、ミコトは明日、隣町に出かけるんだっけ?」
マリーは思い出した様に言う。
「そうだった! 明日朝一の馬車で行ってくるよ」
「ミコちゃん、あんな事があったのに、大丈夫?」
セイラは心配そうに覗き込む。
「大丈夫だよ。セイラにお土産買ってくるね!」
落ち込んでいる場合ではなかった事を、ミコトは思い出した。
ミコトは明日、5年後のスローライフ計画のため、隣町に冒険者登録に行くつもりなのだ。
エラルダでは、冒険者は、15歳から登録できることになっている。
もちろんこの事は誰にも言っていないし、この先も言うことはない。
ここからが、正念場だと、ミコトは決意を新たにした。




