147.新しい命
何故ミコトが、隣町の町長の家で寝ていたのかを、ロイは説明してくれた。
ソルの治療はニアと同様、成功した。
今後はシーマによる経過観察となる。
ソルの両親は立ち上がる息子を見て、かなり驚いて喜び、ミコトを背負ったロイとシーマが出ていくのに気づかなかったそうだ。
ミコトが治したとは言えないので、ちょうど良かったとロイとシーマは笑ったそうだ。
乗り合い馬車で帰ろうとした時だった。
町長の息子の奥さんが産気づいて、危篤状態だという話を聞いたのは。
もちろん、医者であるシーマが、それを放っておけるはずもない。
何か手伝うことはないかとすぐに向かって……
「待った! 隣町の町長の息子の奥さんって、つまり、コランさんの娘さんじゃ……?」
「そうなんだよ。まあ、そうじゃなくてもシーマさんは向かったと思うけどね」
ミコトはロイの腕を引っ張った。
「それで、それで赤ちゃんは!?」
ロイはふっと笑う。
「さっき無事に生まれたよ。女の子だって。娘さんも無事だよ」
ミコトはホッと胸をなでおろした。
ロイもホッとした顔をする。
「赤ちゃん、見にいく?」
「え、見にって……」
「ほら、1階で出産したから、頼めば見せてくれると……」
なるほど!
この世界の出産は、自宅なのか!
ミコトがグーグー寝ていた階下では、新しい命が誕生していたのだ。
「さっきコランさんも到着したんだよ」
「コランさん、おじいちゃんだね」
「そうだね。見えないなー」
ミコトとロイは、話しながら1階に下りる。
すると、コランの声が聞こえてきた。
「ちょうどシーマがいて良かった! 本当にありがとう!」
「いえいえ、無事生まれて良かったです」
コランは、涙を流しながらシーマの手を取って、上下にぶんぶん振っている。
シーマは下りてきたミコトに気付いて微笑んだ。
「ミコトさん、体調はどうですか?」
「はい。大丈夫……」
「ミコト!!」
ミコトの言葉を遮って、コランはミコトの前にダッシュで来る。
「ミコトの体調でソルのお見舞いが今日になって本当に良かったよ! ありがとうな!」
ミコトは瞬きをした。
お礼を言われることは、本当に何もしていない。
寝ていただけである。
「団長もいろいろありがとうございます! お湯沸かしてくれて!」
え、ロイも出産を手伝っていたの?
ロイは苦笑する。
「お湯沸かしただけですよ? 驚くほど何も出来なくてウロウロしてましたよ……」
「何でもいいです! もう、全てにお礼を言いたいんですよ!」
コランは、涙を流しながら笑っていた。
ミコトとロイとシーマは、隣町の町長の家のリビングで、お茶をいただいていた。
シーマはともかく、ミコトとロイは、この場にいていいのか分からなかったが、とりあえず座っていた。
8人掛けの大きなテーブルセットに、ミコト、ロイ、シーマが座り、向い側に町長の奥様、町長の息子、コランが腰掛けていた。
先程まで、産婆さん? もいたのだが、次の出産があるとのことで、帰っていった。
赤ちゃんは逆子で、シーマが帝王切開で取り出したそうだ。
なんかもう、医者ってすごい……!
「ほら、みんないますよー」
コランの奥様が、生まれたばかりの赤ちゃんを抱いて連れてきてくれた。
ミコトは吸い込まれるように、席を立ち、赤ちゃんの側にいく。
赤ちゃんは、とても小さく、目を開けていないが、口をパクパクさせている。
「小さい……、可愛い……」
ミコトは呟く。
「抱っこしてみる?」
コランの奥様に言われて、ミコトは首を横に振った。
「いえ、私、馬鹿力なんです……」
コランが大きく頷いている。
ちょっと失礼である。
「俺、抱っこしたいなぁ」
ロイが席を立つと、コランはロイの前に立ちはだかった。
「団長は絶対にダメです! 聞きましたよ! 政務棟の会議室のドアを破壊したって!」
うっ、それ、ミコトなんです!
ロイは、「えー」と言う。
「もう、おじいちゃんはうるさいですねー。ミコトさん、ほら」
ミコトは言われるままに、赤ちゃんを抱っこした。
あったかくて、ふにゃっとしていて、小さくて、でも、愛おしい……。
パパとママも、ミコトが生まれた時、こうだったのだろうか……
「パパ、ママ……」
ミコトの目から、涙がポロポロと流れ落ちる。
「ミコトさん?」
コランの奥様が、赤ちゃんをミコトから受け取りながら、ミコトを心配そうに見る。
「すみません、もう一度、2階の部屋をお借りしてもいいですか?」
ロイはミコトを抱き上げると、町長の奥様にきいた。
「もちろんですよ。ゆっくりしてくださいね」
2階に上がるロイとミコトを見て、シーマは、酷な体験をさせてしまったと、頭を押さえた。
ロイは2階の部屋に入り、ベッドにミコトを座らせた。
「ごめん、ロイ……」
小さな声で謝るミコトに、ロイは微笑む。
「ミコトは、俺を助けにきたって言ってくれたよね」
ミコトは小さく頷く。
「俺もミコトを助けたいんだ。八つ当たりでも、愚痴でも、何でも聞くよ?」
ミコトはふふっと笑う。
ロイは国家特別人物で騎士団長なのに、お湯を沸かしたり、赤ちゃんの抱っこを濡れ衣で拒否されたり、妻の八つ当たりを受けたり、大変である。
でも、ロイらしい。
ミコトはロイに、両親を悲しませていた事に無頓着だった自分の、モヤモヤした気持ちを、ポツポツと話した。
ロイはミコトの隣に座り、ただ聞いてくれていた。
「ねぇミコト。元の世界に帰る事は出来なくても、ミコトが無事で幸せに暮らしている事を、ご両親に伝えようか」
ミコトは顔を上げてロイを見る。
「そんな事、出来るのかな……」
「ミコトと聖女の世界は、確かに存在してるでしょ? だったら、伝える事はできるはずだよ。手紙や音でね」
音?
電話みたいな?
この世界には電話はないのに、ロイはそういう風に思うのか。
「ロイの勘?」
「勘っていうか、確信? だって繋がりがあるから、聖女を呼べているんだよ」
確かに、そうかも?
ミコトは妙に納得をしていた。
「アリアンの本を読み終わったら、神様に会うって言ってたよね。それ、俺も一緒に神様に会うよ」
「えっ!? いいのかな?」
「いいでしょ。なんなら、聖女も一緒に会いに行こうよ」
なんか、ロイが軽い?
でも、そうか。
何も、ミコト一人で抱えなくてもいいんだ。
「分かった。セイラに聞いてみるね」
あれ、なんか、すごく気持ちが軽くなっている?
「ロイはすごいね。なんか、元気が出てきたよ!」
ロイはふっと笑う。
「本当にすごいのは、ミコトなんだよ」
「えー、ロイだよ?」
ロイはミコトの頬を触る。
「力、入れようか?」
「あ、大丈夫だよ。お話してたら大分入ったよ」
「えっ!?」
ロイは驚きの声を上げる。
ミコトは首を傾げた。
「お話するだけでも入るよね? ほら、会議室で倒れた時とか……」
「ちょ、ちょっと待って! じゃあ何で、力を入れて欲しい時に、キスをねだるの!?」
明らかに動揺するロイを気にした様子もなく、ミコトは顔を赤らめる。
「な、なんか、その方がたくさん入るっていうか……そんな気がするっていうか……」
ロイはミコトの両肩に手を置いた。
「だったら、今してもいいよね?」
もうロイは、ただキスをしたいだけになっている。
ミコトはアハハと笑った。
「ダメだよー。ここ、人様のお家だよ」
「何でそこだけ常識的なの!?」
ミコトは話すだけでも力が入ると知っていて、ロイと触れ合っていたのだ。
ロイは、ミコトには勝てない、と肩を落とした。




