144.ニアの治療
ニアの家は、第1の首都の西側にある茶色の屋根の一軒家だ。
ロイとミコトの自宅の半分くらいの大きさだ。
実はミコトは、このニアの家に一度来たことがある。
13歳で卒所した同期の打ち上げを、ニアの家でやったからだ。
「まあ! ミコトちゃん! こんなに綺麗になっちゃって!」
そんな訳で、ニアの母親にも会ったことがあるのだ。
「お久しぶりです。あの、今回のニアの怪我……」
「団長さんと結婚したのでしょう!? どう? 新婚生活は?」
ニアのお母さんは、ミコトの肩をバンと叩く。
「あ、はい。仲良くやっています。それでニアの……」
「団長さんとシーマさんも今日は息子のお見舞いなんて、ありがとうございます!」
そういえば、ニアのお母さんは、前もこんな感じだった。
でも、ミコトは息子の怪我の原因なのに、態度が変わらないなんて、大人だなぁ……。
ニアのお母さんとの、やや一方的な挨拶を済ませ、ミコトたちはニアの部屋に案内された。
シーマを先頭に、ノックをして部屋に入る。
「こんにちはニアさん。調子はどうですか?」
5畳くらいの部屋のベッドの上に、少し痩せたニアが座っている。
「シーマさん、あ、団長! すみません、こんな状態で……」
ミコトはロイの後ろから、ひょこっと飛び出した。
「ニア!」
「ミ、ミコトっ!?」
ニアは、かなり驚いている。
今日3人でお見舞いに来る事は、昨日連絡済みである。
ロイとシーマは、部屋の外のニアの母親をチラリと見た。
「ミコトちゃんが来る事はサプライズにしてたのよー」
ニアの母親はウフフと笑う。
勝手にサプライズにされてしまったようだ……と、ロイとシーマは苦笑した。
「な、なんでミコトが!?」
「ごめんね、ニア! 私の護衛なんかやったせいで、こんな……」
ミコトはニアの手をとる。
ニアは顔を赤らめた。
「あ、いや、ミコトのせいじゃ……、どちらかというと守れなくて……」
「ミコト、あまり時間もないから、そのくらいでね」
ロイはミコトをひょいと抱き上げた。
それを見たシーマは、コホンと咳払いをする。
「ニアさん、今日はお見舞いではなく治療で参りました」
「治療……? あとはリハビリだと聞いてますけど……」
シーマは真面目な表情で頷き、ロイはミコトを下ろした。
「治療はミコトさんが行います。私は治る確率は半々と見ています。ミコトさんの治療でニアさんが治っても治らなくても、この件は他言無用でお願いいたします」
ニアは驚いたように目を見開いたが、すぐに頷いた。
「承知しました。お願いします」
シーマは頷き、ミコトに目で合図をする。
ミコトも頷いた。
こんな説明で、医者でもないミコトに治療をお願いしますと言えるなんて、ニアはミコトを信用してくれているのだ。
ミコトも精一杯やらなくては。
ミコトはもう一度ニアの手を握った。
感情は入れない。
細く長く、確実にゆっくりやる。
ニアの損傷箇所は、神経だ。
シーマに厳しく教わった事を、ちゃんとやる。
どのくらい時間がたったのだろう。
ミコトは昨日と同じ、クラリと目の前が揺れる感覚に襲われて真横に倒れた。
昨日と同じく、ロイが受け止める。
「ミコトっ!?」
ニアは驚いて、ベッドから立ち上がった。
「ミコトさんは大丈夫です。ニアさん、どうですか?」
シーマは立ち上がれているニアを見て、微笑む。
「どうって、え?、動く!? 手も足も、動いてる!?」
シーマとロイは、顔を見合わせて、安堵の表情を浮かべた。
「しばらくは経過観察で、私が診察に伺いますね。筋肉が落ちているので、少しずつ動いてください。そうですね、今日は部屋の中を10分歩く程度で……」
シーマのニアへの説明を聞きながら、ロイは倒れているミコトを見つめた。
思ったより、消費が激しかったが、治療は成功したとみていいだろう。
しかし、この治療は、ロイとミコトの二人が揃って初めて成り立つものだ。
普通の人に出来ることではない。
では、古代魔法とは、一体何なのだろうか?
本当に昔、人々が普通に使っていたのだろうか?
ロイは、眠るミコトを見ながら、もう、古代魔法からも逃げることは出来ないのかもしれない、と感じ取っていた。
「団長、ソルさんの治療は明日にしませんか?」
ニアの家を出て、馬車の前に来たところで、シーマはロイに言った。
ミコトはロイの背中で寝息を立てている。
無理矢理起こして力を入れて……はかなり無理がある。
「そうですね。実は力を入れるのは、ミコトが起きていないと出来ないんですよ」
ロイは力をミコトに入れている感覚はない。
言い方は悪いが、ミコトが勝手に受け取っている感じなのだ。
シーマは少し考えて、ロイを見た。
「あの、前から思っていたのですが、力を入れるのに、触れ合う必要はないのではありませんか? 先日会議室で脳しんとうを起こした時にそうだったように、会話や目を見るだけでも……」
ロイは右手を前に出して、シーマの話を止めた。
「それ、ミコトには言わないでください」
「え? じゃあ、やはり……」
「ミコトは触れ合うと力が入ると思っているので、それでいいんです」
「でも、こういう外出先の場合もありますし……」
ロイはシーマを睨んだ。
シーマはビクッと体を強張らせる。
「俺は外出先でも構いません。本当に言わないでくださいね!」
シーマは必死で頷いたが、心の中で、団長の愛は重そうだ、と溜息をついたのだった。




