143.上司の責任
マリーが側にいることは、当たり前だった。
ミコトが騎士団でやらかして落ち込んで帰ると、マリーはすぐに気付いて話を聞いてくれた。
マリーは、裁縫も料理も、とにかく何も出来ないミコトとセイラを、ずっと支えてくれていた。
マリーは本当に頭が良くて、今思うと、5年前、当時のロイの事を考えて、北の大地へ行かせてあげたのだ。
男性には厳しいけど、ミコトとセイラにはとても優しかった。
マリーが狙われている?
闇組織のアイツらに?
そんなの絶対に許さない。
どんな手を使ってでも、絶対に闇組織を壊滅させてやる。
どんな手を……いや、だからって、ドアをぶっ壊しちゃダメでしょう!
しかも、ロイがやったことになってしまった!
弁償までさせてしまった!
旦那様の評判を下げるなんて、とんでもない妻だよ!
ミコトは自分自身への怒りで、ハッと目を覚ました。
ロイとミコトの自宅の大きなベッドで、ミコトは一人で横たわっていた。
辺りは暗く、サイドテーブルに、小さな火が灯ったランプが置いてある。
何時なのかもよく分からない。
ロイは1階にいるのだろうか。
全然分からない。
ロイの力が空っぽだ。
ミコトはランプを手に取り階段を下りた。
1階の大きなテーブルにランプが置いてある。
しかし、ロイの気配はない。
そんなこと、あるだろうか。
ミコトは狙われているのに、寝ているミコトを置いて、出かけることがあるのだろうか。
もしかして、とうとう嫌われた?
闇組織の壊滅目的とはいえ、調子に乗って、会議で一人ベラベラ喋って、挙げ句の果てに、アニメの真似をしてドアをぶっ壊したのだ。
廊下に人がいない事は分かっていたが、誰かに当たったらどうするつもりだったのか。
ロイは、出て行ってしまった……?
「わ! ミコト!」
ロイの声がして、ミコトはゆっくり振り向いた。
「あれ? 驚かない? やっぱり気配遮断が分かるの?」
気配遮断?
ロイは気配を消していただけで、ずっといた……?
出て行ったんじゃなかったんだ……。
ホッとしたミコトの目から涙がポロポロと流れ落ちる。
「え!? もしかして、かなりビックリさせた? ごめん、気配遮断の練習をしてたから……」
ミコトは首を横に振った。
「で、出て行っちゃったかと……」
ロイはハッとした表情になり、ミコトを抱きしめた。
「ごめん。不安にさせたんだね……」
ミコトはロイの腕の中で、もう一度首を横に振った。
「ドア壊したり、弁償させたり、ごめんなさい……」
「それは、もういいよ。アレンさんもミコトには怒ってなくて、俺とリントとキダンさんが叱られたよ。ミコトのマリーを心配する気持ちを利用したって」
ミコトは顔を上げてロイを見た。
「利用? だって、マリーが一番大事だよ?」
ロイは、そこは揺るがないんだ、と笑った。
「そうだね。じゃあ、これで良かったんだね」
ミコトとロイは、先日新しく納品された三人掛けのソファに座って話をしていた。
時間は午前4時だ。
「そっか。諜報活動は1ヶ月なんだね……」
ミコトはロイの説明に、納得したように頷いた。
「キダンさんが、ミコトの臨時諜報員の登録をするって言ってたよ」
「え? また偽造?」
ミコトの言いように、ロイは苦笑する。
「元々諜報員は、実技と座学の試験があるんだけど、養成所を出てるとどちらも免除されるんだよ。騎士養成所はレベルが高いんだって」
なるほど。
だから、キダンは養成所を出た後、諜報員になれたのか。
「今日のソルとニアの治療が終わったら、ミコトにも気配遮断を教えるよ」
そうだった。
今日はソルとニアの治療をするのだった。
それなのに、ロイの力を無駄に使って空っぽにするなんて間抜けすぎる……。
「とりあえず何か食べようか。パンは買ってきたんだけど……」
「私、力を使い果たしちゃって……」
ミコトの言葉に、ロイはニッコリ笑った。
「うん。食べた後、いっぱい入れてあげるよ」
ミコトは赤面して「お願いします」と小さな声で言った。
午前9時、ミコトとロイとシーマは、貸切馬車に乗り、ニアの家に向かっていた。
「ミコトさん、昨日倒れたと聞いたのですが、大丈夫ですか?」
シーマの心配の言葉に、ミコトは罰が悪くなった。
「だ、大丈夫です。体調が悪かったわけではなくて、その……」
シーマはふふっと微笑んだ。
「やはり政務棟の会議室のドアを壊したのはミコトさんなんですね」
ば、バレている!
ミコトとロイが目を泳がせていると、シーマは納得したように頷いた。
「噂になっているんですよ。団長が何かの腹いせにドアを壊したらしいって。私はすぐにおかしいと思いましたけどね」
「何かの腹いせ? もっといい理由なかったのかなぁ」
ロイは苦笑しているが、ミコトにとっては笑い事ではない。
やっぱり旦那様の評判を下げてしまったのだ。
「私が壊したんです! ロイは何にも悪くないんです!」
ロイとシーマは顔を見合わせた。
「ミコトさん、騎士団は組織なんですよ。部下の失態は上司の責任です。団長が何も悪くないという事はないのです」
ミコトは目を見開いた。
「うん、そうなんだよ。俺は組織を回す事は全く出来ない団長だけど、いつも責任はとるつもりでいるよ。今回の事も、リントが突っ走ってるなって分かってたけど、全部被るつもりだったよ」
ああ、ロイは、やっぱり騎士団の団長なんだ……。
「だから、ソルとニアの怪我も、この治療で治らなくても、俺の責任なんだよ」
ミコトは小さく頷いているが、きっと気にしてしまうのだろうなぁ、とロイは思っていた。
「あ、昨日の件に関しては、キダンさんは俺の部下じゃないから、キダンさんの責任はとらないけどね」
ロイの言い様に、ミコトは笑った。
だから、弁償はロイとキダンで半々なのか。
いや、ちょっと待った。
「私、臨時諜報員になったら、キダンさんの部下になるの?」
「ミコトは騎士団も臨時団員だから、諜報活動中はそうなるかな?」
「えー、なんか、やだなぁ……」
ミコトの呟きに、ロイとシーマは吹き出していた。




