140.宗教とは
ミコトとロイが午後休暇をとって隣町に行った次の日は、ノエルがお休みのため、ミコトは久しぶりに騎士団長室で事務をしていた。
しかし、ロイは第4で捕縛した襲撃犯の尋問のため不在で、ミコトは機嫌の悪いリントと騎士団長室で二人きりだった。
「リント、ごめんなさい」
ミコトの謝罪に、リントはチラリとミコトを見た。
「一昨日のことは、謝っても許さないけど?」
「一昨日のことは悪いと思ってないんだけど……」
「あ?」
さらに機嫌が悪くなったリントに、ミコトは頭を下げた。
「冒険者登録を勝手にしてごめんなさい」
リントはミコトから目を逸らした。
「そっちね……」
「リントにもマリーにもセイラにも心配ばかりかけてごめんなさい」
リントは、はぁと息を吐いた。
「ま、今度からは何かやる時は相談してよ。エグイ判断力と恐ろしい行動力は長所でもあるけど短所でもあるから」
褒められた? けなされた?
よくわからなかったが、ミコトは頷いた。
しばらく沈黙が続き、ミコトは再び「ねえ、リント」と声をかけた。
「謝る気になったか?」
「え、何を?」
リントは溜息をつくと、「何?」と言った。
「昨日ね、ロイと同じ剣術道場だったていう人に会ったの。でもロイはその記憶もその人の名前も覚えてなくてね、その人も、それは仕方ないかっていう感じだったの」
ミコトの言葉に、リントは「それで?」と言う。
「リントは前に、単に記憶力が悪い人ってロイの事を言っていたけど、やっぱり何かあったんじゃないかなぁって……」
「あったんだろうね」
リントはあっさりと言う。
「ロイさんの母親は、若くて体力があった。なのに心労で亡くなるなんておかしい。でもこれに関してはアレンさんたちが散々調べ尽くしているんだよ」
ミコトは下を向いた。
そうだよね。
調べ尽くした結果、心労なんだよね。
「気持ちはわかるけど、ミコトはその事はあまり気にせずに、ただロイさんの隣でバカみたいに笑っていればいいんだよ」
「バカみたいに!?」
ミコトがリントを睨むと、リントは真面目な顔をして頷いた。
「ミコトが元気なら、ロイさんは幸せなんだ」
「リント……?」
バタバタと騎士団長室に向かってくる足音が聞こえる。
ノックの音と同時にドアが開き、ロイとキダンが入ってきた。
「ひどい目にあったー!」
キダンが叫びながら、補助椅子を引き寄せて座る。
「何かあったんですか?」
リントは立ち上がり、ロイに騎士団長席を譲る。
「あの襲撃犯に泣きつかれたんだよ」
ロイは団長席に腰掛けて、苦笑しながら言う。
「……泣き? 最初から説明してもらえます?」
リントも補助椅子を引き寄せて座る。
ミコトは、また厄介そうだな、と思いながら事務の手を止めた。
第4でミコトを襲った襲撃犯は、第1に移送された後、精神面で大分弱っていたため、しばらく医師団で療養をしていた。
尋問をしてもいいと医者からの許可が下りたのは昨日で、今朝から早速ロイとキダンで尋問をしていたのだ。
尋問の結果、第4の「サロン・カラス」は間違いなく「初代聖女信仰」兼「古代魔法研究所」で、お店の女の子たちも全員ではないが信者の子が多いとのことだった。
ただ、悪行は一切しておらず、法に触れるような事はなかった。
ミコトを攫うよう指示を出したのはチェコの兄のマサで、今の「サロン・カラス」の経営者だ。
マサは妹のチェコを聖女役の重荷から解き放ちたいがために、ミコトを攫おうとした。
というか、ミコトが本物の初代聖女の生まれ変わりだと思ったらしい。
「なんかねぇ、200年後に生まれ変わった初代聖女が現れるって予言? が残っているんだって。それでチェコさんが生まれた時、黒髪だったから聖女にされちゃったみたい……」
キダンはチェコを思い出したのか、遠い目をしながら言った。
「よくあのやり方でそこまで聞き出せましたね? 」
リントの言葉に、ミコトはあのやり方ってなんだろうと首を傾げた。
ロイは苦笑した。
「あのやり方はやめたんだよ。精神面に良くないからね」
きいたらダメっぽいな、とミコトは黙っておくことにした。
「ただ、俺とキダンさんを覚えていたから、隠し事をしても無駄と思ったらしくて、話してくれたんだよ」
ロイの言葉に、リントは思い出したような顔をした。
「もう犯人に自害する意思はなかったんですか?」
ロイはチラッとキダンを見る。
キダンはアハハと笑う。
「ミコトちゃんに会わせてあげるって言ったら、自害やめてくれたんだよー」
「えっ!?」
ミコトは驚いて思わずロイを見る。
「ミコトごめんね。後で一緒に来てもらってもいい?」
ロイは両手を前で合わせてミコトに言った。
ロイと一緒なら、何も問題はない。
ミコトは「うん」と頷いた。
「あの、つまり、ミコトは予言の聖女ってことですか? 生まれ変わりではないけど子孫だし、容姿は初代聖女にそっくりだし、最近は変な力もあるし?」
リントは腕を組んでミコトを見た。
キダンはロイをチラリと見る。
「ごめん。ぶっちゃけ、僕はそうかなって思ってるよ」
ロイはふっと笑う。
「俺は予言の聖女じゃないと思ってる。だってミコトは俺のために来たんだから」
それは、ミコトの色ボケ発言だよ! とミコトは顔を手で覆った。
リントは呆れた表情をした。
「そういうのは二人の時にやって下さいよ……」
「いやいや、本当に。それに変な力なら、チェコさんにもあるし。ね、キダンさん」
ロイに話を振られて、キダンは「うーん」と言う。
「あれくらいだったら、想像で言えなくもないっていうか……。ロイ君に言った、頼ってください? だっけ? あれも当てずっぽうで言えそうだし……」
「そこがチェコさんの上手なところなんです。チェコさんには確かに何らかの能力があります。第2のソマイと一緒ですよ」
確かにソマイには女性を惚れさせてしまうという能力? がある。
もしかしたら、こういう不思議な能力がある人は、他にもいるのかもしれない。
キダンとリントもミコトと同じように考えたようで、妙に納得している。
ミコトは「あの…」と手を挙げた。
「結局、闇組織『黒鳥』と『サロン・カラス』は、関係ない別組織なんですか?」
ロイとキダンは頷く。
「黒い鳥ってところが一緒で嫌だなって皆で話した事があるって犯人が言ってたよ」
キダンの言葉に、ミコトとリントは「なんだ…」と呟いた。
まぁ、でも、キダンさんにとってはチェコさんが関係なくて良かったのかな、とミコトは納得した。
ミコトはもう一度サッと手を挙げた。
ロイは笑いながら「どうぞ」と言う。
「初代聖女の生まれ変わりの聖女を迎えて、『サロン・カラス』は何をするつもりなんですか?」
ミコトの質問に、騎士団長室がしんとなった。
あれ? 変な質問だったかな?
キダンは、コホンと咳払いをした。
「何をするって、初代聖女を崇めて心の支えにして頑張ろうってことじゃないの?」
「え! そんな健全な感じなんですか!?」
ミコトの言葉に、ロイもリントもキダンも驚いた表情をしている。
これは、宗教に悪いイメージを勝手にミコトが持っている、ということだ。
ミコトは急に恥ずかしくなった。
「ご、ごめんなさい! 私のいた世界だと悪い宗教があったもので……」
ミコトの慌てぶりに、ロイは笑った。
「悪い宗教って、例えば?」
「えーと、信者から献金とか言ってお金を巻き上げたり、変な像を大金で売りつけたり、マインドコントロールしたり……」
リントとキダンは「うわぁ」と顔をしかめる。
ロイは心配そうにミコトを見た。
「ミコト、まさかそういう宗教に……」
「入ってないよ! テレビ……えーと、そういう話を人からよく聞いたってだけだよ!」
ミコトはいたたまれなくなり、ロイから顔を背けた。
本来、宗教って、頑張る力にすることなのだ。
「それで、何で犯人に泣きつかれたんですか?」
ミコトを見かねたのか、リントは話題を最初に戻した。
ロイとキダンは顔を見合わせて、苦笑した。
「聖女に頭を撫でてもらいたいって泣かれたんだよー。チェコさん、みんなの頭を撫でてあげてたみたいでねー。僕もやって欲しいなぁって言ったら、余計に泣かれちゃってさぁ……」
キダンの言葉に、ミコトとリントはガクッと肩を落とした。
なんか聖女って、お母さん? みたいだな……。




