14.再会
時はロイを迎えに行く少し前に遡る。
書類を抱えたミコトが騎士団長室をノックすると、カイルが「どうぞー」と返事をした。
「団長いたんですね。ロイの迎えに行かれたかと…」
「今から行こうと思ってたんだよ。ミコトも一緒に行くか?」
ミコトは、なるべく、最後に目立たない様に行こうと思っていたが、団長の誘いを断るのも変なので、「はい」と答え、一緒に騎士団長室を出た。
「俺が騎士団に入団した時の騎士団長が、ものすごく強い人だったんだけどな」
馬車の停留所に向かう途中、カイルは突然ミコトに話し始めた。
ミコトが黙っていたので気を使ってくれたのだろう。
「俺より20歳ほど上だったんだが、誰も敵わなかった。グレンさんは…あ、グレンっていう名前なんだが、国家特別人物で、いろいろあって引退は早めだったが…。そのグレンさんがロイの父親なんだよ」
そういえば、ロイの父親も国家特別人物だときいたことがある。
でも、カイル騎士団長より20歳上って、今80歳超えってことだろうか?
ロイは25歳だから…。
「随分、年の離れた…?」
ミコトの驚いた顔を見て、カイルは少し笑った。
「そうなんだ。ロイは、グレンさんの、4番目の奥さんの子どもなんだ」
「4番目…」
奥さんに順番がつくこと自体、ミコトにはピンとこない。
「グレンさんは元々、2人と結婚していて、1番目の奥さんとの間に女の子が1人いたんだけど、早逝してしまってね。2番目の奥さんは、グレンさんが本当に愛した人だったんだが、子どもには恵まれなくてね。この状態を焦ったのは、第1エラルダ国の前代表だった。このままでは、次の国家特別人物が生まれないと騒いでいたよ」
「あの、国家特別人物って、他の人からは生まれないんですか?」
「いや、生まれてもいいんだが、なかなか誰が見ても突出した人物というのは、出てこないんだよな。何故か」
特別な人間が生まれにくい…。
これは、神様の意志なのだろうか。
「そんな訳でさ、健康で運動能力の高い女性を探してグレンさんの3番目の奥さんにしようってことになって、グレンさんも責任感の強い人だったから…。それで生まれたのが、セタなんだ。ロイの腹違いの兄さんなんだけど、セタは知っていたっけ?」
「会ったことはないですけど、話には何度か聞いています」
前の聖女と恋に落ちた、ロイのお兄さん。
ロイはお兄さんの事を慕っている様にみえた。
「そのセタがなぁ、グレンさんに似て幼少期からものすごく強くてさ。調子に乗った前代表は、もっと、と思ったんだよ」
もっとたくさん奥さんと子どもをって事だろうか。
何だかそれもちょっと…。
「それで選定された4番目の奥さんは、当時15歳になったばかりの、少女だったんだ」
「じゅ、15歳! ですか?」
カイルは頷き、ミコトを指差した。
「俺みたいなじいさんと、ミコトが結婚する様なもんだな。信じられないだろ?」
「い、嫌とは言い難いですけど…」
具体的な例すぎて、反応に困ったミコトはしどろもどろになってしまった。
カイル騎士団長のことは好きだけど、結婚は考えられない。
「きっと、ロイのお母さんも嫌とは言えなかったんだろうな。受け入れたものの、心労で病気になってしまって、ロイが8歳の時に亡くなられたよ」
「そんな…」
ミコトは下を向いた。
「ま、幸か不幸か、ロイは物事を深く考えないから、セタを目指してすぐに強くなったよ。でもセタは、いろいろ苦しいことがあったんだろうなぁ…。前の聖女だけが、きっとそれを理解してくれたんだと思うよ」
「でも、聖女が異世界に帰ることは分かっていたのに」
カイルは「色恋沙汰は俺にはわからんよ」と笑った。
「そんな訳で、国家特別人物の重責も、騎士団の未来も、全部ロイに回ってしまったんだよ。まあ、聖女との色恋に関しては、今回は心配いらないけどな。今の聖女はロイのことが嫌いだろう?」
「え、えーと、なんか、すみません」
カイルはガハハと笑った。
「ロイは、何故かモテないんだよなぁ。マリーにも嫌われてるし」
セイラは確かにロイを嫌っているが、マリーはロイを嫌っているだろうか?
マリーは殆どの男性に厳しいから、ロイへの態度も普通に見える。
「あの、マリーは別に嫌ってはいないのでは?」
「そうか? マリーはセタの嫁候補だったから、引き続きロイの嫁候補にしようとしたら、『それなら死んだ方がマシ』って言ったらしいぞ」
「ええっ!?」
マリー、セタさんの嫁候補だったの?
いや、それより、死んだ方がマシって!?
そんなになの? ロイって!?
「なんだか、ロイが、かわいそうになってきましたよ。団長、いいお嫁さん、見つけてあげて下さいね」
ミコトは本心からそう思っていた。
これから、ロイは大変になる。
そんなロイを助けてあげられる、いいお嫁さんが見つかるといい。
「実は、嫁探し、難航していてな。俺らもロイの事は息子みたいに思っているせいか、条件以外の容姿だの性格だのが気になってしまって、なかなか見つからないというか、見つかっても誰かが気に食わないと言い出すというか…」
カイルは頭を掻きながら苦笑する。
「あはは、親バカなんですね。3人とも」
楽しそうに笑うミコトを見て、カイルも笑った。
「そうだ! ミコトなら嫁候補にちょうどいいな! 運動能力も高いし、健康だろ? 歳も10歳差ならまぁ範囲内だし、何より可愛いし、性格もいい」
ミコトは顔が熱くなった。
「な、何言ってるんですか! 私が1番ダメですよ。5年後にはここからいなくなるんですよ、私!」
カイルは、ハッとした顔になる。
「そう、だったな。ああ、ミコトも5年後には帰ってしまうのか。それは何だか寂しいな…」
本当は帰れないんです…という言葉をミコトは飲み込んだ。
地球には帰れなくても、この居心地の良い場所に居させてもらえるのなら、と最近は思うことが増えた。
でもそれと同時に、そんな事をしたら、神様との約束に反してしまい、自分の存在が消えてしまうのでは、と思う様になった。
この世界を知れば知るほど、神様は特別な人間を必要としていない事がわかる。
それは、異世界人のミコトが目立つことをするなという牽制にも思えて、怖くてならない。
異世界人が元の世界に帰らずに残っていたら、きっとエラルダでは大問題になるだろう。
ミコトは、最初に神様に宣言した通り、5年後セイラが地球に帰ったら、誰にもバレずにひっそりとスローライフを送るしかないのだ。
カイルとミコトがロイの話をしながら停留所に到着すると、ロイを囲んだ騎士団員たちが目に入った。
カイルがロイに声をかけると、ロイは嬉しそうにこちらに走ってくる。
「カイル騎士団長、お久しぶりです!」
「久しぶり! じゃねぇよ! まあ、元気そうで良かったけどな」
ロイがふとミコトを見たので、ミコトは慌ててペコッと頭を下げる。
5年ぶりに見たロイは、あまり以前と変わっていない。
団長からロイのことをいろいろ聞いたせいか、ミコトの頭はロイの情報でいっぱいになっていた。
なんて言ったらいいのか分からなくて、ミコトはひたすら黙り込んでいた。
何故かロイも何も言わない。
隣にいたカイルは、ロイもミコトもお互いを見ているのにずっと何にも言わないので、咄嗟に何とかしなくては、という思いが出てきた。
「お、お前の嫁候補だよ、可愛いだろう?」
おそらく、周りにいた全員が
「カイル騎士団長、何言ってんだ!?」
と思ったに違いない。
ミコト自身もそう思ったのだが、先程まで嫁候補の話をしていたので、不思議とそんなこともあってもいいのかもと思ってしまっていた。
「なーんてな…」
「あ、よろしくお願いします」
カイルが真実を言おうと思った時、ロイはニッコリ笑ってミコトに右手を差し出した。
ミコトはその手を握り返そうとして…。
「いやいやいや、何やってるんですか!」
リントが大声を出したので、ミコトは、我に返った。
「その子は嫁候補じゃありません! ミコトですよ、ロイさん!」
「え? ミコトって、ええ?」
ロイはミコトをじっと見つめる。
「それでですね、ミコトは…」
リントがミコトを女の子だと説明しようとした時、ロイの顔が明るくなった。
「本当だ! ミコトだ! うん、面影があるわ!」
ミコトはロイが自分を覚えていてくれたことに、嬉しくなった。
「ロイ! あのね…」
「そうか! みんなで俺のこと騙そうとしたんだな? 一瞬騙されたよ。ミコトもこんな胸まで仕込んで…」
ロイはそう言うと、ミコトの胸を両手でガシッとわしづかみにした。
「……っ!?」
「え、すごい、やわらか…」
この後のことは、ミコトはあまり覚えていない。
とにかく無我夢中でロイの手を振り払い、スキが見えた襟元を掴み、体を捻り、ロイの長身を宙に浮かせて、投げ飛ばした。
ズダーンッと、大きな音が停留所に響き渡る。
今でも欠かさず練習している、地球でのミコトの得意技、柔道の一本背負いだ。
そして、ミコトは、倒れたロイを見ることもなく、その場から走って逃げだした。




