137.思い出の隣町
ノエルのハリーと付き合っている宣言の次の日、騎士団長室で、ロイはリントに昨日の事をかいつまんで話していた。
ノエルは、今日も見学に来ているセイラとミコトと一緒に昼休憩をとっていて不在である。
「昨日そんな事があったんですね。俺、休みで良かったです」
リントの冷たい言い方に、ロイは笑った。
「ノエルはリントの事を優しいって言ってたのに、冷たいね」
「優しい…? ああ!」
リントはポンと手を叩いた。
「ノエルには事務を続けて欲しいので、困ったら俺に何でも言えとは言いました」
ロイは「なるほど」と頷いた。
確かに今、ノエルに抜けられると困る。
部下への配慮も仕事の内か。
「あ、ロイさんは真似しなくていいですよ。下手にノエルに優しくして、ハリーさんと争う事になっても面倒くさいので」
リントの割と真面目な表情に、ロイは顔をしかめた。
「いや、さすがに…」
「ないと思ってます? ロイさんの場合、あり得ますからね。ノエルへの言葉掛けはいいですから、こういう歳の差や体格差がある組み合わせの場合、無理矢理じゃないかだけは気をつけておいて下さい」
ロイはリントをじっと見る。
「なんか、リント、慣れてる? コランさんは、卒倒してたけど…?」
リントは、ふぅと息を吐いた。
「コランさんは2人と近かったし、常識的で素直な人なので…。俺は、同性愛? ですか、別に反対派ではないですから…」
ロイは「聖女?」と言った。
リントはギクッと身体を強張らせる。
「昨日さ、聖女が、男にイタズラされたから男がダメになったって言っていて、リントは知ってるとも話してたから…」
リントは目を伏せた。
「護衛をやるに当たって、最初に聞かされました」
ロイも目を伏せる。
「そりゃ、ミコトをとった俺の事を嫌うよなぁ…」
「ロイさん…」
「あ、3人組がここに来るな」
リントは席を立つと「俺は逃げます」とドアへ向かった。
が、遅かった。
リントがドアを開けるより早く、ノックの音が響く。
「…どうぞっ」
ロイは笑いを堪えながら言う。
ドアを開けたミコトはリントを見ると、ニヤッと笑った。
「リント聞いたよー。昨日マリーに買ったって」
リントは本気で早く逃げれば良かったと思っていた。
セイラはリントに詰め寄る。
「ねえねえ、プロポーズの言葉教えて! マリー教えてくれなくってさぁ!」
「聖女様、そういうのは2人だけの秘密ですよ!」
ノエルはフォローしているようで、恥ずかしい言い回しでリントの首を絞めている。
「俺忙しいから…」
リントは、セイラとノエルをスルッと通り抜け、ドアノブに手をかけた。
しかしドアノブは回らない。
なんとミコトがドアノブを押さえている。
「このっ! 力のムダ使いやめろっ!」
リントはミコトを睨む。
ミコトはドアノブにかけた自分の手に集中する。
「ふふふ。力の使い方が上手くなったのだよ」
「ロイさん! コレなんとかして下さいよ!」
リントはロイに向かって叫ぶ。
ロイは「あ、うん」と言うと、コホンと咳払いをした。
「ミコト、明日の昼休憩に、俺たちも隣町に買いに行かない?」
「隣町?」
ミコトはドアノブの力を緩めずに、ロイを見る。
「うん。短剣買ったところ。走れば15分くらいで行けると思うから」
そうか!
ロイなら、馬車で2時間の距離も、昼休憩で行けてしまうのだ。
結婚指輪、買いに行けるんだ。
ミコトはドアノブから手を離してバンザイをした。
「うん! 昼休憩で隣町に行く!」
「ちょっと待った!」
リントは、逃げられるのに、ロイとミコトの間に入った。
「俺が往復で4時間もかかった事を、昼休憩でやろうとしないで下さい!」
「この規格外夫婦に何言ってもムダだって! それより、4時間もマリーと馬車で何やってたの?」
セイラはニヤニヤ笑ってリントを見る。
リントはセイラを睨むと、騎士団長室から出て行った。
ミコトとセイラは顔を見合わせて笑った。
たまにはリントに意地悪を…と思ったのだが、少し成功したようだ。
「ミコトも聖女も、今後はリントに意地悪返ししないようにね」
ロイにはバレていたか。
セイラはロイを見てニヤリと笑った。
「リントの機嫌が悪いと、アンタの仕事が回らないもんね?」
「その通り!」
ロイは悪びれもせず笑う。
セイラはつまらなさそうな顔をして、ミコトの背中を押した。
「ミコちゃん、もう戻ろうよ! シーマ先生に怒られるよ!」
「そうだね。ロイもノエルもお仕事無理しないでね!」
騎士団長室を出ていく2人に、ロイは手を振り、ノエルは会釈をした。
ノエルの頭の中では、昼休憩に隣町? という疑問でいっぱいだったが、副団長に気にしてはいけないと言われていたことを思い出し、首を横に振った。
ロイは、黙々と事務席に座り仕事を始めるノエルを見て、ミコトとはもうこの部屋で仕事をすることはないのかもしれないと感じていた。
次の日、ロイとミコトは、午後休みという形をとって、隣町に来ていた。
リントとシーマから、昼休憩に隣町に行って戻って来るという意味の分からないことをしないでくれと言われ、半日休暇となったのだった。
早速入った思い出のアクセサリーショップで、お揃いの指輪の話をすると、店員のお姉さんは「ああ!」と言った。
「6〜7年前にも、同じ様にお揃いの指輪を買われたお客様がいましたよ」
ミコトとロイは顔を見合わせた。
「その二人は、美男美女だったりしました?」
ミコトの質問に、お姉さんは驚いた表情をした。
「そうです! 女性は顔を隠していましたが、男性はとても綺麗なお顔をしてました!」
どう考えても、セタと先代聖女である。
二人は、結婚指輪を購入したのだ。
「あのう、先日短剣をご購入された方…ですよね?」
店員のお姉さん的には、6〜7年前のことより、当たり前だが数ヶ月前の記憶の方が濃いようだ。
「あ、はい。結婚しまして…」
ロイの返答に、お姉さんは顔を輝かせた。
「それは、おめでとうございます! 実はお客様が売ってもいいっておっしゃってたので心配していたんですよ」
よく覚えているなぁ!
確かに、売ってもいいって言われたから受け取ったんだよね。
ロイはミコトの頭に手をポンと乗せた。
「売られなくて良かったです。ね?」
ミコトは咄嗟に「はい!」と言う。
何故かお店にいた他の女性店員たちまで「きゃー」と言い、ざわつく。
やっぱり天然素直イケメンだ、とミコトは赤面した。
結局、指輪はロイの指のサイズがなく、特別注文になった。
ロイと同じ日に購入したかったため、ミコトの指輪もロイと同じ日に受け取る事にした。
短剣モチーフの小さな青い石が入ったネックレスだけ購入し、ミコトは早速それを身に付けていた。
「ありがとうロイ! 大切にするね!」
ミコトが上機嫌なのを見て、ロイは微笑む。
昼食をとろうと歩いていたところだったが、ふと、冒険者事務所がロイの視界に入る。
ミコトもそちらを見ているようだ。
「ミコト、ついでに冒険者の依頼を受ける? 俺も手伝うよ」
「ええっ!?」
ミコトの驚いた顔を見て、ロイは笑った。
「ごめん、冒険者登録をしていること、キダンさんから聞いて知ってたんだ。ちなみにリントも知ってるよ」
ミコトは青ざめる。
「ご、ごめんなさい! 勝手に登録して…」
「責めてない、責めてないから。法的にも問題ないし、むしろミコトが不安だったことに気付かなくてごめんね」
ロイはミコトの手を握って、頭を少し下げた。
ミコトは慌てて首を横に振る。
「不安じゃなくて、私、5年後には一人で生きていかなくちゃって思っていて、頑張ろうって…」
「うん。一人で不安だったから、頑張ってたんだよね」
あれ? 不安だったのかも?
そうか。
一人で生きて行くことも、お金がないことも、セイラと別れることも、全部不安だったんだ。
「ミコトも、聖女も、この世界に10歳で来て、10年後のことを考えて、不安でも必死に頑張っていたんだよね」
ロイの優しい声に、ミコトは小さく頷いた。
「5年前の俺はさ、セタ兄のことや、騎士団のことで、とにかく第1から逃げ出したかったんだ。小さなミコトと聖女を守るのは俺の役目だったのに、本当にごめん」
ロイは今度は深々と頭を下げる。
さすがに、道行く人がこちらをチラチラと見ている。
「ロ、ロイ、あの…」
「だから、ここからは何があっても守るから、本当に頼って欲しい。ミコトは何をしても、どこに行ってもいい。全部俺がついて行く!」
「ついてきちゃうの!?」
国家特別人物で騎士団長のロイが、臨時団員の妻の後をついてくるの!?
「え、ダメなの?」
「えっと、ダメじゃないけど…」
「じゃあ、ついて行くね」
おかしい…。
途中までは、感動的だったのに、何だか妻のお尻を追いかける旦那みたいになった…?
ミコトはロイと手を繋ぎながら、やっぱりロイはロイなんだなぁと思っていた。




