133.アレンの復帰
アレンは一通のミコト宛の手紙を持って、騎士団に訪れていた。
ギックリ腰から退院し、2日前から代表の勤務に戻ってきていた。
しかし、ずっと座っているのは腰にも良くない。
散歩がてら用事を済まそうと、騎士団長室をノックして開けると、騎士団長席に座っているロイが、クリーム色の髪と目の子どものような容姿の団員にクイズを出していた。
「この申請は、承認すべきでしょうか、差し戻すべきでしょうか?」
クイズを出された団員は、うーんと考える。
「前回、同じような申請を通しているので、問題がなければ、承認するべきだと…」
見かけ通りの高い声で、団員は答える。
ロイは笑顔で「正解!」と言う。
アレンは、ロイのところへスタスタと歩いて行き、両手でロイの頭を挟んで、グラグラと揺らした。
「何が正解だ!? お前は何をやっているんだっ!? ちょっとは自分の頭で考えろっ!」
「あー、アレンさん、お疲れ様です…」
ミコトより小さな団員は、驚きの表情でアレンとロイを見ている。
「えーと、君は?」
「は、はい! 第2小隊の見習い団員で、ノエルと言います!」
ノエルは、ピシッと背筋を伸ばした。
「ミコトの代わりに事務をやってくれているんですよ」
ロイはアレンに補足で説明する。
アレンは首を傾げた。
「ミコトは?」
「救護班にいます」
アレンは「また怪我をしたのかっ!?」と大声を出した。
ロイは「またって…」と笑い、そういえば、ミコトの治療能力の話は、アレンに言っていなかったと思った。
「アレンさん、時間あります? ちょっとミコトの事で話したいことがあって…」
「俺もミコトの事で話があって来たんだよ」
アレンはミコト宛の手紙をヒラヒラとさせる。
「それなら、ちょうど良かった。じゃあノエルは、コレを承認と差し戻しに分けておいて…」
アレンは再びロイの頭を挟んで、グラグラと揺らした。
「お前は〜っ!」
「アレンさんが昔俺に言ったんですよ? 分からない事は人に聞けって!」
ロイは揺らされながらも、ハッキリ反論した。
「それはお前が10歳くらいの話だろう!? 分からない期間が長すぎるわっ!!」
コンコンとノックの音がして、何故かアレンが「どうぞ!」と言う。
ドアを開けたリントは、ロイとアレンを見て、「うわぁ…」と顔をしかめた。
「2人ともいい大人なんだから、ノエルの前でやめて下さいよ」
そう言うと、リントは持っていた書類を事務机に置く。
ノエルは、全然終わっていないのに増えた! と目を見開いた。
「今からアレンさんと打ち合わせするんだけど、リントも入ってよ!」
ロイの言葉に、アレンも頷いた。
「コイツが上手く説明できる訳がないし、こちらの話を聞くとも思えん。リントも来てくれ」
「ったく、手のかかる…。ノエル? 気分でも悪いのか?」
リントは顔色の悪いノエルに、声をかける。
「い、いえ! 大丈夫です!」
ノエルは事務机に戻り、書類に目を通し始めた。
「じゃ、会議室で。ノエル、無理しないでね」
ロイはそう言うと、アレンとリントと共に、騎士団長室を出て行った。
ノエルは、団長はどこまでが本気なのか、と思い、書類の山を見た。
そして、騎士団の事務量の多さに、溜息をつくのであった。
騎士団の会議室に移動したロイとアレンとリントは、アレンと向かい合う形で、ロイとリントが隣に座った。
まず、アレンの話を聞く事にする。
「ミコトへの茶会の話だ」
ロイとリントは、あからさまに嫌そうな顔をした。
この、国家特別人物の妻の茶会は、準備も費用もさることながら、ミコトと護衛のリントとコランが出張ることになり、騎士団は人員不足になるという、鬱イベントなのだ。
「この茶会文化? 誰が最初にやろうと言ったんですか? やめにしませんか?」
リントは大真面目に言う。
アレンは溜息をついた。
「誰がかは知らんが、国家特別人物の妻は、基本仕事をしていないんだよ。つまり、この交流が仕事なんだ。国家特別人物には金が入るから、金を消費して経済に貢献する為の仕事だ」
「あー、貴族の真似事ね…」
リントは一応納得したように、呟いた。
アレンは、ボンヤリとしているロイを睨んだ。
「お前は何も分かってないな?」
「あ、いえ、国家特別人物が女性だった場合は、旦那が茶会をやるのかなぁと…」
ロイの言葉に、アレンとリントはハッとする。
現在まで、国家特別人物は全員男性だ。
しかし、男性でなくてはいけない、という決まりはない。
今後、女性の国家特別人物が誕生してもおかしくはない。
「理論的にはそうなるか。でも旦那の茶会なんて何を話すんだろうな」
アレンは苦笑する。
「女性は茶会で何を話してるんですか?」
ロイの質問に、
『旦那の悪口』
とアレンとリントは同時に言った。
ロイは驚いた顔をする。
「えー? ミコトは俺の悪口なんて…」
「めちゃくちゃ言ってましたよ」
リントはバッサリと言う。
ロイは泣きそうな顔でリントを見た。
「むしろ何で言われないって思ってるんだ? ミコトの事、放ったらかしだったろう」
アレンもバッサリと言う。
ロイは机に突っ伏した。
ミコト放ったらかし事案は、一生言われることになりそうだ。
アレンはロイは無視して話し始めた。
「あー、それでな、今度は第5なんだ。第5には、国家特別人物が3人いる。その3人の1番目の奥様たちが、同時に第1に来るそうだ」
「3対1か…」
リントは試合のような言い方で呟く。
「第2との茶会がウワサになっているから、ミコトには前回同様のクオリティで開催してほしいと伝えてくれ。日時は、来月の…」
「来月!?」
ロイは顔を上げて叫んだ。
「なんだ? 来月はダメか?」
アレンはロイの大声に、少し驚いて言う。
「ダメというか、ミコト、医学試験を来月受けるって…」
「は? ミコトはこのまま医者になるんですか?」
「いや、医者というか…」
ロイとリントのやり取りを聞いて、アレンは机をバンと叩いた。
「初めっから説明してもらおうか?」
ロイの力をミコトに入れられるところから、治療に至るまでの経緯と、ソルとニアの治療の為にミコトが救護班で勉強中だという事を、リントはアレンに話した。
「な、なんだそれは。何でミコトはそんな訳の分からない力を…」
アレンは話を消化しきれないようだ。
「ソルとニアの治療に、医学試験を受ける必要あるんですか? ミコトは何を目指してるんです?」
リントはロイに詰め寄る。
ちなみに医学試験は、15歳以上なら誰でも受けることが出来る。
但し、難関で合格率は低い。
医学試験に受かれば医者という訳ではなく、医師に弟子入りが出来るのだ。
医者になるためには、そこから実践と経験が最低5年必要で、師匠の医師が許可を出すまで、医者を名乗れない。
確かに、ミコトの治療能力は、医学試験とは別物だ。
ロイは、前代表も知っていたし、リントには今後も相談に乗ってもらいたいし、アリアンの女児の事を話すか、と息を吐いた。
「あの、マリーには話さないで欲しいんだけど、実は…」
アレンとリントは、ロイの話を真剣に聞いていた。
アレンは溜息をついて頭を抱えた。
「俺は、マリーを…」
「アレンさんが知らない事は、セタ兄も分かっていました。セタ兄は、マリーと結婚する気はありませんでした。ただ俺は知らなくて、マリーが断ってくれて良かった、と今となっては思っています。ミコトならいいという意味ではありませんが…」
ロイはアレンを慰めるように言った。
「ロイさんは、マリーが断らなかったら、マリーと結婚するつもりだったんですか?」
リントはロイを真っ直ぐに見ている。
ロイは苦笑した。
「正直に言うと、分からないんだ。あの頃は、本当に何も考えられなくて…。でもマリーは、俺が何も考えていないのを分かっていて、誰も反論出来ない断り方をして、俺の北の大地行きを進言した。当時は、相当嫌われているなと思ったけど、まあ、マリーらしいよね…」
こんな回答でいいだろうか、とロイはリントを見る。
リントは「そうですか」とロイから目を逸らした。
「セタ兄は、マリーとリントが付き合ってるって言ったら安心してたよ。あと、ミコトは俺のためにこの世界に来た、とも…」
リントは笑った。
「安心って…セタさんっぽいですね。自分の嫁候補だったのに保護者目線なところが…。それなのに、ロイさんとミコトの事はロマンチック解釈なのが解せないですよ」
リントの言葉に、アレンは「いや…」と言った。
「セタは幼少期から、現実的な話しかしない。セタがミコトの事をそう解釈したのなら、それは、現実的にそうなのだろう。ミコトはロイのために選ばれて、この世界に来たんだよ」
ロイとリントは、ポカンとアレンを見る。
「お前らは、ミコトと近すぎて分かっていないんだ。もうミコトはただの女の子じゃない。いや、元々ただの女の子じゃなかったんだ。騎士団の男たちを薙ぎ倒して、ロイの力を受け取って、治癒能力まで身につけて、これは、史上初の女性の国家特別人物にしなくてはいけない程のことなんだよ!」
ロイはガタンと席を立った。
「俺、お茶会するの!?」
問題はそこじゃない、とアレンとリントは机に倒れ込んだ。




