132.アリアンの女児
ミコトの、医学の勉強と騎士団勤務とアリアンの記録の読解という超ハードな日々が始まって、2週間が経とうとしていた。
とは言っても、騎士団勤務は、事務補助として復帰したノエルが頑張ってくれているし、アリアンの記録は、基本日記なので、そんなに大変ではない。
そう、大変だったのは、医学の勉強だ。
内容もさることながら、シーマの厳しさと言ったら…。
ミコトは今まで、シーマはとても優しい人だと思っていたが、医学には全く優しくなかったのである。
毎日フラフラのミコトに力を入れるために、この2週間、ミコトはロイと自宅で過ごしていた。
夜11時。
自宅の1階のリビングで、ミコトはアリアンの記録の本を閉じた。
実は、読書に関して、医学書でもこのアリアンの記録でも、夜11時までとロイに決められている。
ミコトも睡眠の大切さは理解しているので、ちゃんと守っている。
一緒に暮らしてみて分かったが、ロイは空いている時間は、自分の鍛錬をしている。
ロイの強さは、ロイ自身の努力の賜物だったのだ。
「じゃあ、寝ようか」
ロイはミコトを抱き上げると、2階への階段を登る。
これも一緒に暮らしてみて分かったが、ロイはかなりスキンシップが多い。
今までも多かったが、それは、二人きりの時間が少ないからだと思っていたのだ。
ロイは、2階のベッドにミコトを寝かせると、ランプの火を小さくする。
ミコトは後ろを向いたままのロイに、話しかけた。
「ロイ、私、来月の医学試験を受けようと思うの」
ロイは驚いた表情で振り向いた。
「医者に、なるの?」
ミコトはベッドから体を起こす。
「医者…というか、知識と実践がいるなぁと…」
「知識と実践?」
ミコトは頷いた。
「女の子が生まれたら、死んじゃうかもしれないから…」
ロイは「ああ…」と呟くと、ミコトの隣に座った。
ロイの言っていた、ミコトにとって辛いことの一つは、この事だったのだ。
「女の子が生まれるとは限らないけど、何もしないで死を待つなんて、出来ない…」
ロイはミコトを抱きしめる。
「ごめん。ごめんね…」
「ロイは悪くないよ。誰も、悪くない。歴代のアリアンの人たちも、とても苦しんでいたの」
ミコトもロイを抱きしめる。
ミコトは以前、カイルからロイの父親のグレンの第1子の女の子が早逝した話を聞いた。
あの時は何とも思わなかったが、ロイの姉であるその子は、早逝する運命だったのだ。
この世に生を受けたのに、そんなのは、あんまりだ。
「こんなこと言っても、慰めにもならないんだけど、俺の姉は15歳まで生きたらしい」
ロイはミコトを抱きしめながら、言った。
ミコトは「え?」と顔を上げる。
アリアンの記録では、女児は全員1歳までに亡くなっている。
「女性に男性並みの体力と筋力があれば、この力に耐えられるんじゃないか、と考えて嫁を選定したんだよ。父さんの1番目の奥さんとリタさんと俺の母さん、だね」
ロイは哀しそうな表情で笑う。
「リタさんやレイさんは、体力と筋力で選ばれたの?」
ロイは頷いた。
「俺の覚えている母さんは、俺と一緒に、訓練と言って走り回っていた。今思うと、とても女性とは思えない体力と筋力だった…」
ミコトは妙に納得してしまった。
ロイの力が一族の中でも強いのは、母親の遺伝も大きいに違いない。
「ミコトも男性並みの体力と筋力があるから、女の子が生まれても、すぐに…ということはないと思う」
でも、15歳まで、なのか。
ミコトは、ハッとして、ロイから離れた。
「じゃあ、何で、マリーが嫁候補だったの? マリーにそんな…」
「アレンさんは、この事を知らないんだ。もちろん、マリーも。父さんの嫁を選定したのは、前代表なんだよ」
ロイは慌てたように、ミコトの両肩に手を置いて言った。
「セタ兄は知っていたから、マリーとの結婚は避けたかったって言ってたよ」
「あ、それで…」
マリーは、セタと先代聖女がキスをしているところを見て、ふざけるなと怒っていた。
セタが人の気配に気付かない訳がない。
きっと、マリーに嫌われるように、わざと見せていたのだ。
でも、このやり方を選んだのは、おそらく先代聖女だろう。
セイラの言う通り、先代聖女は独占欲が強かったようだ。
「俺は知らなかったから、マリーが断ってくれて良かったけど…あ、ミコトならいいって事じゃなくて、俺は…」
ロイの焦りように、ミコトは吹き出した。
「わかってるよー」
ミコトはもう一度、ロイに抱きついた。
「私、パパとママに感謝しなくちゃ。体力と筋力をありがとうって!」
ロイはふっと笑う。
「俺も感謝する。ミコトを産んでくれてありがとうってね」
「え! じゃあ、私もグレンさんとレイさんに感謝する! ロイを産んでくれてありがとうございます!」
ミコトは天井に向かって感謝の言葉を叫ぶ。
ロイは、生まれてきた意味とはこういうことか、と思っていた。
ミコトも、自分の存在が、確かなものになったような、そんな気がしていた。
「よし、じゃあ、力をいれようか!」
ロイの言葉に、やっぱりそういう展開にはなるのかと、ミコトは赤面して小さく頷いた。




