131.二人のために
次の日の朝、騎士団に出勤したミコトは、騎士団長室でロイに怒られていた。
「昨日一睡もしてないよね? 何で寝ないの? 早く帰った意味がないから!」
なんでバレてるの!?
ミコトはロイから目を逸らした。
「あの本、結構面白くて、気がついたら朝になっていて…」
「あれか!」
ロイは天井を仰いだ。
「そんなに急いで読む必要ないよ。いや、俺が読まないからいけないんだけど…」
ミコトは「急いだつもりはなくて」と言った。
「あの本、ロイの先祖の日記なんだよ。小説風に書いている人もいれば、箇条書きの人もいるし、奥様が書いてる時もあるんだけど、面白くって!」
「いや、でも、徹夜はダメ!」
ロイはビシッと右手のひらを、ミコトに向ける。
ミコトは頬を膨らませた。
「なんで徹夜って分かるの? ちょっとは寝たかもしれないじゃん?」
「ミコトが起きてるか寝てるかくらいは、分かるんだよ」
位置だけじゃなくて、そんなことも分かるのか。
「ロイって、き…」
ミコトは規格外と言おうとして、両手で自分の口を塞いだ。
規格外もロイを傷つけるかもしれない。
「き、気持ち悪い…?」
ロイは泣きそうな顔になる。
しまった!
「き」が一緒だった!
ミコトは首を横にぶんぶんと振る。
「違っ、あの、き、キスしたいなぁって?」
苦しいか?
でも、気持ち悪いと思ってる人とキスは出来ないから、合ってるよね?
「え! いいけど…」
ロイはミコトの両肩に手を置く。
すると、コンコンとノックの音が響いた。
ロイは、パッと手を離すと、「どうぞ」と言う。
「おはようございます」
入ってきたのは、リントだった。
リントは、ロイとミコトの微妙な空気を感じ取って、顔をしかめる。
「また、ケンカですか?」
「違うよ」
ロイは笑う。
ミコトは、あれ? と思っていた。
リントの気配が、分からなかったのだ。
昨日までは、ドアの外に誰がいるのか分かっていた。
もしかして、ロイの力が体に残っていない?
徹夜したから、それで使っちゃった!?
「リント、9時からシーマさんと会議室で打ち合わせがあるんだけど、リントも出てくれないかな?」
「分かりました。昨日の続きですか?」
「うん。続きと、ちょっと…」
ミコトは自分の顔を触った。
せっかく肌の調子がとても良かったのに、ロイの力がなかったら、またニキビができてしまう。
少し、ザラついている!?
「ミコトも打ち合わせに出てね。その後、もう帰って寝ていいから」
「ミコト、どこか調子悪いんですか?」
そう、調子悪い!
肌の調子が!
「ミコト、徹夜したらしくてさぁ…」
「へー、珍しい」
そうだよ。
よく考えたら、いくら本が面白くても、徹夜なんて、できるタイプじゃなかった。
ロイの力だったんだ。
ロイに力を入れてもらわなくっちゃ!
「ロイ! キス!」
ミコトはロイの袖を引っ張って叫ぶ。
リントは目を丸くし、ロイは赤面した。
「あ、そっか。そうだね。えーと…」
ロイはチラッとリントを見る。
「はいはい! ったく、バカップルが!」
リントは、バンッとドアを閉めて、騎士団長室を出て行った。
「どうしたの? そんなに、したかった?」
ロイの言葉に、ミコトは頷く。
肌の生死に関わるのだ。
「もう徹夜しないから、お願い!」
涙目に、上目遣い。
肌の調子を良くするためのキスとは知らないロイは、ミコトは可愛いなぁ、と思い、キスをしたのだった。
午前9時。
騎士団の会議室で、ミコトは人体の知識について話していた。
話していいのか分からなかったが、ここだけの秘密にするということだったので、ロイを立たせて、指をさして説明をした。
「私が知っているのは、このくらいで、医学的な知識は全くありません」
ロイとリントは、かなり興味を持って聞いていて、シーマに至っては涙を流している。
「ミコトさん、ありがとうございます。これで悔いはありません」
なんか、大げさだなぁ。
「最初に言った通り、ミコトへの質問はナシでお願いします」
ロイはキッパリと言うと、ミコトに座るように促し、自身も着席した。
ものすごく、気を遣ってもらっている。
「で、どうでしょう、シーマさん。俺は治癒魔法は魔法ではないと思っていますが…」
シーマは、涙を拭いて頷いた。
「はい。ミコトさんの治癒は、団長の使う技に似ています。素質もあるのかもしれませんが、知識と鍛錬と技術です。文献にある治癒魔法とミコトさんの技が同じかどうかは証明する術がないのが残念です」
魔法ではなく技と聞いて、ミコトは少しガッカリしていた。
ミコトだって、幼少期、魔法少女に憧れたことはある。
異世界に来て初めて、やっとそれっぽいことが出来たと思ったのに、ミコトはやっぱり脳筋キャラだったのだ。
「俺は文献の治癒魔法も魔法ではないと思います。勘ですけどね」
シーマとリントは、神妙な顔をして頷く。
ロイは、勘と言った方が、みんなに納得してしてもらえる、やっぱり脳筋キャラである。
脳筋同士の子どもは、やっぱり脳筋なのだろうか。
そういえば、アリアンの本には、女性のアリアンが登場していない。
まだ、途中読みだからかもしれないが、女の子は産まれないのだろうか…?
「ミコト、送っていくから、帰るよ」
ロイの声に、ミコトはハッとなる。
「あ、でも、ロイに力を入れてもらったから、眠くないよ」
キスをしてもらったら、体が軽くなったのだ。
やはり、ロイの力はすごい。
「あー、そういうことか!」
リントはミコトの顔を見て、ニヤリと笑った。
「ミコトにしては積極的だと思ったんだよ。お前、ロイさんで都合良く力をチャージしてるんだな?」
ギクッ!
「そ、そんなこと…」
ロイはふっと笑った。
「そっか。ミコトからのおねだりで、喜んじゃったよ…」
「違っ、ちょっと、リント! チャージじゃないから! 気持ちの補給だから!」
「チャージも補給も同じだよ。ロイさん利用されてますよ」
ダメだ!
実際、お肌の調子を良くしようとロイを利用したのだから、言い訳が思いつかない!
「あの、相談があるのですが、いいでしょうか」
シーマは苦笑しながら、3人の会話を遮った。
もしかしたら、ミコトを助けてくれたのかもしれない。
ロイも苦笑しながら「もちろんです」と言う。
ロイ自身は、ミコトが自分を利用するのは、一向に構わないのだ。
「ソルさんとニアさんの経過なんですが…」
ロイとミコトとリントは、一瞬で顔を曇らせた。
結婚式の日の襲撃で、ソルとニアは、重症だった。
先日、第2小隊のノエルが事務補助ではあるが復帰したので、あの襲撃で復帰出来ていないのは、ソルとニアだけとなる。
「結論から申しますと、通常の生活には戻れますが、騎士団への復帰は難しいと思います」
「そんな…っ!」
ミコトはガタッと席を立った。
ロイとリントは下を向く。
シーマは医者だからだろうか、冷静に続きを話す。
「お二人とも、脚と右腕から胴体にかけて斬られています。怪我は順調に治っていますが、脚と右手は元の動きが出来ません。その練習を重ねても、騎士のような職業に戻るのは難しいと判断しています」
ミコトの護衛をしたせいで、2人の将来が、ダメになった…?
「ダメ、そんなの、ダメだよ!」
ミコトの目から、涙がポロポロと落ちる。
あの2人は、ミコトが不安な時に話を聞いてくれた。
死ぬ気で守ってくれた。
こんなことが、あっていいはずがない。
ロイは立って、ミコトの頭に手を置いた。
「ミコトに治せないか、という話ですよね」
え…?
シーマは頷く。
「はい。正直、先程のミコトさんの知識で治せるものかは分かりませんが、私からも出来る限り医学をお教えします。ミコトさんの時間をかなりいただくことにはなりますが…」
ミコトは会議室の机に身を乗り出した。
「やる! やります! 私、何でもやります!」
ロイは溜息をついた。
「この流れはズルいですよ、シーマさん」
「すみません、知識をお伺いするまで、確信が持てなかったもので…」
シーマは深々と頭を下げる。
「えっと、どういう事ですか?」
リントは、ロイとシーマを交互に見た。
ロイは「つまり…」と話し始める。
「シーマさんは、もともと、ソルとニアを何とか治療したかったんですよね。そこに、ちょうど良いタイミングで、ミコトに治癒能力がある事が判明した。でも、この能力が安全かどうか分からなかった。ソルとニアに何かあった場合、傷付くのはミコトだし、ミコト自身にも何があるか分からない。しかも、昨夜俺からミコトを救護班に引き抜く事を反対された。だから、安全性、つまり、ミコトの知識を確認した上で、ミコトに直接伝える形にしたんだよ」
ミコトは、なるほど、と頷きながら、この打ち合わせから、冴えてるロイだったのか、と思っていた。
「なんでみんなして、ミコトを引き抜こうとするんですか…」
リントは頭を抱えた。
シーマはふふっと笑う。
「副団長は、ミコトさんとは言い合いばかりしてるように見えますが?」
「指導ですよ! ミコトが無駄に言い返してくるんです!」
「無駄って!?」
リントとミコトは睨み合う。
ロイは、まあまあ、と間に入り、シーマを見た。
「でも、昨夜も言いましたが、ミコトが治療をする時は、俺も隣にいますからね」
シーマはニッコリ笑った。
「はい。力の補給が必要ですので、存分にイチャついてください」
ロイとミコトは赤面し、リントは、結局2人を取られることに、頭を抱えたまま、ハァと溜息をついたのだった。




