130.治癒魔法
騎士団の救護班で、ロイとシーマは、打ち合わせ用の机を挟んで、向かい合わせに座っていた。
時間は21時30分だ。
「団長は、ミコトさんの治療の力を、どう思いますか?」
シーマの顔は、真剣だ。
「どう、というのは…?」
ロイは質問で返す。
「私には、団長の力ではないように思います」
やっぱりか、とロイはうつむく。
「ミコトさん自身のケガの治りが早いのは、団長の力です。でも、他人を治すのが団長の力だとすると、いろいろおかしな点が…」
シーマは言い淀む。
ロイは「お願いします」と言う。
シーマはコホンと咳払いをする。
「団長の力で他人を治せるのなら、今までに誰かがやっていたはずです。セタさんや、グレンさん、その前の方々、です。でも、そのような記録はありません」
ロイは、確かに、と頷く。
ロイ自身も出来ないが、セタがやっているのも見た事はない。
「これは、想像で申し訳ないのですが、力を入れるという行為は、とても、危ないことではないでしょうか?」
さすが医者だ、とロイは思っていた。
この事も、やれるなら、歴代アリアンが自分の愛する者にとっくにやっているだろう。
「実は、そうらしいです。聖女と神様? 曰く、ミコトの条件? 体質? が合っている…らしいです」
ロイはしどろもどろに説明する。
シーマは「神様ですか…」と呟いている。
「俺は、ミコトに力を入れている感覚が全くありません。ミコトにも受け取っている感覚はないようです」
もし、この事が、ミコトに危なくても、やめ方がわからないのだ。
離れろと言われたら、どうしたらいいのだろう。
「団長、ミコトさんの体調は、とても良いですよ。そこは、私が保証します」
ロイの顔色を読んだのか、シーマは優しく言う。
「ありがとうございます」
ロイは微笑んだ。
「団長の力でないなら、なんなのか、という話ですが…」
シーマは席を立つと、先程読んでいた分厚い本を持ってきた。
本の表紙には、「古代魔法記録」と書いてある。
ロイはギクッと体を強張らせた。
「あ、古代魔法の話題はお嫌いでしようか?」
シーマは本当に察しが良い。
ロイはフゥと息を吐いた。
「実は、ミコトの襲撃の原因は、古代魔法絡みなんです…」
「そう、でしたか…!」
シーマは何かが繋がったかのように、納得した表情をしている。
「シーマさんは、古代魔法に詳しいんですか?」
ロイの問いに、シーマは首を横に振った。
「第1には古代魔法に関する研究機関がなく、資料も殆どないんです。この本は、医学研修で第3に行った時に、自費で購入したものです」
自費でこんな本を購入したということは…。
「古代魔法に興味がある、という事ですか?」
シーマは苦笑した。
「実は、古代魔法には、治癒魔法があると聞いて、医学とどう違うのかと…。魔法の流れ方が、血管に入るのか骨に入るのか、筋肉や脂肪、細かい細胞など、原理の同じ部分があるのなら、現代の医学の発展に…団長?」
シーマはロイが頭を抱えているのを見て、首を傾げた。
「すみません、難しい話は、頭に力を回せと人から言われていまして…」
「そんなに難しくは…?」
シーマは根っからの医者であり、医学研究者のようだ。
騎士団員なのが、不思議な男である。
ロイは頭に力を回して、シーマの話を聞いていた。
「つまり、古代魔法における治癒魔法は、他の魔法と全く違うのです。体の内部をある程度理解していないと使えない、ということなのです。
そうなると使い手は限られてしまう上に、かなりの体力と精神力を必要とします。一番初めにこの世界から消えた魔法は治癒魔法だと言われており、それはやはり使い手の問題で…」
「ちょっと待って下さい!」
ロイは、喋り続けるシーマにストップをかけた。
シーマは、しまったという顔をする。
「すみません! 私、興味のある事になると、早口になってしまうようで…」
ぺこぺこと頭を下げるシーマを見て、ロイは、シーマと医学や古代魔法の話は今後はやめておこう、と思っていた。
「シーマさんは、ミコトが治癒魔法を使ったのではないか、と言いたいんですよね?」
「そうです! あるいは、近いものです!」
ロイの言葉に、シーマは身を乗り出して頷く。
「ミコトは、体の内部を理解している、とシーマさんは思っている」
「まさしく! そうなんです!」
ロイは腕を組んだ。
ミコトの元いた世界は、この世界より、いろいろ進んでいるようだし、ミコトにその知識があってもおかしくはない…か。
「ミコトさんは、治癒魔法に必要な体力や精神力を、団長の力で補っているのです!」
「なるほど…」
ロイは腕を組んだまま、天井を見た。
シーマの考えを正しいと仮定するのなら、治癒魔法は、古代魔法ではない。
全然別の物である。
素質、知識、体力、精神力。
その全てを持っていて、初めて使えるようだ。
それは、世界から消えてしまうのも頷ける。
むしろ、治癒魔法を使えた人はいたのだろうか?
「ミコトに知識を確かめましょうか?」
ロイの提案に、シーマは目を伏せた。
「実は2年ほど前、ミコトさんが見習い団員で各部門を回っていた時に、救護班を手伝っていただき、その時の処置の速さに驚きまして、つい、いろいろ質問したんです。ですが、答えるのがとても辛そうで…」
「ああ…」
きっとどこまで話していいのか、分からなかったのだろう。
「ミコトさんの救護班配属申請を出したところ、カイル前団長に却下されて…。だから、追求はダメなのかと諦めたのです」
カイルは、自分の仕事をして欲しかっただけかもしれない、とロイは苦笑する。
「ミコトには、明日、話せる範囲で話してもらうようにします」
ロイの言葉に、シーマは顔を輝かせる。
「ありがとうございます! ずっと気になっていたんですよ」
「あ、でも、ミコトの救護班配属はダメです」
ロイのキッパリした言葉に、シーマは苦笑した。
「臨時事務団員のように、臨時救護団員でもダメでしょうか?」
ロイは、ウッとなる。
その制度を考えたのは、ミコトなのだ。
「その辺は…ミコトの意思ですけど…、俺が一緒にいる時だけなら、まあ…」
「え? ミコトさんの隣に団長もいるって事ですか?」
シーマは驚いた顔をする。
「当然ですよ。他の男に触れるのは、ちょっと…」
あんなに放置していたのに、この独占欲は何なのか、とシーマは呆れていた。
そもそも、触れないで治療は無理である。
「なかなか、ハードルが高そうですね」
シーマは席を立って、お茶とポットを片付け始めたのだった。




