122.交流戦開始
第2エラルダ国の騎士団と、代表のリオ、奥様のカーサが、第1の騎士団に到着したのは、午後1時だった。
国家特別人物で騎士団長であるロイと、その妻のミコト、代表名代のマリーの3人がお迎え役である。
第2エラルダ国代表で国家特別人物であるリオは、目を見開いた。
「なんと…。アレンさんに、こんなに美しいお孫さんがいらっしゃったとは…! マリーさん、お会いできて光栄です」
マリーはニッコリと微笑む。
「こちらこそ、お会いできて光栄です。本日は遠路はるばる第1までお越し下さいまして、本当にありがとうございます」
第2の騎士団員は10人ほどいたが、ほぼ全員が、マリーに見惚れている。
さすがマリーだ。
いるだけで、外交が成立している。
ただ、リオの奥様であるカーサの視線が痛い。
ミコトはカーサに挨拶しようと、一歩前に出た。
すると、ミコトの目の前に、突然、真っ赤なバラの花束がずいっと、登場した。
「ミコトさん! どうぞ受け取ってください!」
「ええっ!?」
驚いたミコトが目線をあげると、そこにはバラの花束を差し出すソマイがいた。
ちょっと、意味が分からない。
既婚者のミコトに、バラの花束を渡す意味が、全く分からない!
しかも、旦那様が隣にいるのだ。
第2の騎士団員たちも、驚きを隠せない様子でこちらを見ている。
「ミコトさんのご自宅には、花がたくさんありました。花がお好きなのかと思いまして…」
ソマイはニッコリ笑う。
なるほどね。
お土産、ということだ。
セイラが略したとおり、馬鹿イケメンだ。
ミコトはニッコリ微笑んで、バラの花束を受け取った。
「ありがとうございます。騎士団長室に飾りますね!」
騎士団長室をかなり強調して言うと、バラの花束をロイにバサっと渡す。
これで、絵面的には、ソマイがロイに花束を渡したように見える。
ロイは花束を抱えると、笑顔を引きつらせて「ありがとうございます…」と言った。
その後、ミコトとカーサが挨拶をし、ロイとリオが挨拶をして、会場である練習場に向かったのだった。
「聖女起きて! 第2が来た!」
「んあ?」
セイラは、練習場の聖女の席で寝ていたところを、リントに椅子を揺らされて目を開けた。
「よだれふいて!」
リントに言われて、セイラは袖で口元をゴシゴシとこする。
コランとイワンは、セイラをあまり見ないように目を逸らす。
「そんなんで、試合観戦できるの? さすがに寝てるのはフォロー出来ない…」
「ミコちゃんの試合以外は、聖女の渾身の力で見てるフリをするからだいじょぶ!」
セイラはドヤァと笑ってリントに言う。
聖女の渾身の力をそんな事に使って欲しくない、とリントとコランとイワンは溜息をついた。
セイラはスッと席を立つ。
「ああ、聖女様! お会い出来るのを楽しみしておりました!」
リオは両手を広げてセイラに挨拶をする。
セイラは祈祷服のスカートを両手でつまんで礼をする。
「本日はご招待いただきありがとうございます。わたくしもこの2国の交流戦を心待ちにしておりました」
セイラの笑顔に、リオは感嘆の声を上げる。
リオは、本当に聖女という存在を敬っているのだろう。
しかしその聖女の笑顔と言葉の9割は嘘である、とリントは心の中で思う。
練習場の南側に急遽作られた観覧席、と言っても椅子を並べただけだが、向かって右側にマリー、次にセイラ、リオ、カーサ、の順番で着席する。
護衛のため、リオとカーサの間にソマイが立ち、セイラの後ろにリントが立つ。
練習場の東側に、椅子はないが、第2の騎士団員が座り、西側と北側に第1の騎士団員が座った。
第1も基本通常勤務のため、観戦は20名程だ。
ロイとミコトは、試合に出るので、他の団員たちと一緒に適当に座る。
ロイはバラの花束を持ったまま座るので、周りの団員たちを困惑させている。
第1の審判は中隊長のコランで、第2の審判は、小隊長のサンスという40代の黒髪色黒の大男だ。
時間もないので、代表の挨拶等はない。
コランは対戦表を読み上げる。
「それでは第1試合を始めます! 第1エラルダ国10代代表はミコト。第2エラルダ国10代代表はクリス」
ミコトとクリスと呼ばれた男は、練習場の中央に出る。
クリスは19歳で、190センチはあろうかという長身だ。
筋肉もモリモリとしている。
女性のミコト相手に、この人選。
第2は勝つ気満々である。
クリスはミコトを見て、ほう、と言った。
挨拶の時は遠目でよく分からなかったが、巨乳でかなりスタイルの良い美人である。
尊敬するソマイ団長が入れ込んでいるのも納得だ。
あの国家特別人物である第1の騎士団長の妻らしいが、不仲の噂があるし、実際2人は会話さえしていない。
この女性を、か。
少々、罪悪感はある。
「はじめ!」
コランの合図に、練習場の2人は相手に向かってダッシュした。
ちなみに、試合時間は10分。
まいったと言ったら負け。
相手をダウンさせたら勝ち。
その他審判に従う事になっている。
ミコトはクリスと木剣で2〜3回打ち合うと、バッと離れた。
試合を見ていたロイとリントは、ミコトの普段取らない行動に、違和感を感じた。
ミコトは、マズイ、と思っていた。
ロイの力がまだ残っているのだ。
様子見で軽く打っただけなのに、かなりの力が出ていた。
このままでは、小隊長たちのように、クリスを半殺しにしてしまうかもしれないし、なんだか、ドーピングのようでもある。
2〜3回打ち合って分かったが、クリスはパワーはあるようだが、スピードが遅い。
いつものミコトで十分勝てる相手だ。
それなのに、ドーピングは不本意である。
クリスは、馬鹿力の女だ、と思っていた。
木剣を持つ右手がジンジンとしている。
しかし、やはり女である。
恐れをなしたのか、かなりの間合いをとっている。
クリスは迷う事なく、ミコトに向かってくる。
ミコトは仕方なく全ての剣を受け止める。
きっと体格から、クリスは馬鹿力なんだろうけど、今のミコトにとっては、全ての剣が軽い。
ロイは試合の様子を見て、まだ力が出過ぎているのか、と頷いた。
しかし、あのクリスとかいう男、ミコトのお腹ばかり攻撃しているのは、どういう事なのだろう。
ミコトは、変だな、と思っていた。
クリスはお腹ばかり狙ってくるのだ。
全て受け流しているからダメージはないが、何だか不自然である。
顔を避けているとも思えない。
すると突然、「ストップ!」という声が響いた。
この声は、審判のコランである。
ミコトとクリスは、試合を止めて離れる。
「すみません、ミコトの腹部を攻撃するのは、やめてもらえませんか?」
コランの言葉に、クリスは驚いた表情をした。
ミコトも瞬きをする。
「それは、おかしくはないですか?」
コランに意見したのは、クリスではなく、観戦していたリオだ。
リオはその場で起立している。
コランはリオに向き直る。
「ミコトは女性です。腹部にダメージを受けると、妊娠・出産に悪い影響が出るかもしれません」
ミコトとロイとリントは、ハッとなった。
そういう事か!
リオは、アリアンの子孫を作らせない気なのだ。
そもそも、ミコト指定で試合を組んだのも、そういう意図あってのことか。
セイラとマリーも目配せをする。
リオは手を口元に当てた。
「そういう話でしたら、やはり、女性に騎士団員なんて、無理、ですよね。お辞めになったらどうですか?」
うわぁ…。
言いたい事は分かるが、日本だったら完全に女性差別でアウトな発言である。
今すぐ代表を辞任させられるだろう。
コランは、理解出来ない、という表情をしている。
「いいえ。ミコトは臨時団員ですし、普段は内勤です。第1では、ミコトに危険が及ぶような仕事はさせていません」
コランは堂々とリオに意見する。
リオは顔をしかめた。
「これは、試合ですよ? 女性に配慮しながらやれと?」
「はい。親交のための、交流戦です。力ある男性が、職場の女性に配慮するのは、当然です。男性への急所攻撃だって、暗黙の了解でないでしょう? 同じ事です」
すごい!
ミコトはコランを尊敬の眼差しで見ていた。
娘がいて、出産を控えているからだとしても、こういう考え方が出来るなんて、素晴らしい。
「素晴らしいですわ!」
声を上げたのは、セイラだった。
セイラは立ち上がり、両手を前で合わせて、祈るようなポーズをとった。
「実はわたくしの元いた世界では、コランさんが言われた考え方なのです。わたくし、感動で涙が…」
リオは隣に立っているセイラを見て、ぐっと黙る。
聖女の意見に対立する訳にはいかないのだろう。
「分かりました…。クリスも、そのように…」
リオは渋々席に座った。
「ご配慮、感謝いたします」
セイラはリオを見て微笑むと、優雅な動作で着席をした。
マリーは、ホッとした表情をしている。
コランも「ご配慮ありがとうございます」とリオに一礼すると、ミコトとクリスを見た。
「試合を中断させてしまい、すみませんでした。それでは、再開します。はじめっ!」
ミコトとクリスは、再び、木剣を構える。
ミコトは、もうコイツどうなってもいいか、と思っていた。
リオの指示とはいえ、ミコトの腹部ばかり狙ったダメ男だ。
半殺しやドーピングを気にしていたが、そんな男に遠慮していた事自体、馬鹿馬鹿しくなってしまった。
ミコトはいつものスピードでクリスに剣を繰り出し、本当にあっという間に、クリスを地面に叩きつけた。
意識は、ないようだ。
コランとサンスが、クリスの意識がない事を確認して頷く。
「勝者、ミコト!」
うおー!と歓声が上がる。
リオは間抜けな顔をして目を見開いている。
カーサとソマイは「おお!」と感嘆の声を上げている。
セイラとマリーは優雅な仕草で拍手をしている。
リントは無表情に見えるが、笑いを抑えている。
ロイはバラの花束に顔を埋めて、体を震わせている。
完全に笑っている。
というか、花束、まだ持っていたのか。
担架で救護班に運ばれていくクリスを見て、ミコトは、次はリントだから、セイラの護衛を交代しなくては、と思っていた。




