120.ケンカのふり?
第2エラルダ国騎士団との交流戦の朝、聖女の部屋で、ミコトとセイラとマリーは支度に追われていた。
ヘアメイクの達人であるウミノとネルが来てくれて、準備を手伝ってくれる。
「ちょっと胸が大きく見えてしまうんですけど、この下着だと、しっかり支えてくれるんです」
ネルはミコトに下着を渡す。
これ以上大きく見えるのか、とミコトは複雑な表情をする。
「揺れるのも、エロく見えますよ。運動するなら、こちらが断然オススメです」
「エロく…」
先日、ロイはそれで怒っていたんだよね。
妻がエロいのは、良くない。
ミコトは言われた通り、下着を付けて、仕立てて貰った騎士服を着た。
「あら、ミコトすごくいいじゃない!」
マリーは賞賛する。
そうなんだよね。
服が体の線に沿っていて、スタイルがよく見える。
しかも、動きやすい。
いつもの男性用の騎士服は、すごくダサかった、ということがよく分かる。
スタイルがいいと、同じ顔なのに美人に見える、ような気がする。
「おおっ! ミコちゃん、いつもより巨乳じゃん!」
聖女が下品である。
「そうなんだけど、あまり揺れなくていいかも」
今思えば、ミコトと試合をする団員は、大体胸ばかり見ていた。
あれは、揺れていてエロかったのだろう。
「メイクはファンデはなしで、最小限にしますね」
ウミノは木箱を見せながら言う。
「髪はいつものポニーテールにしますが、横を編み込みますね。」
ネルはミコトの髪の毛をとかす。
この2人は、本当にすごい。
ミコトはあっという間に、騎士服なのに、割と美人に仕上がったのだ。
「ミコちゃん、可愛いっ!」
「すごいわ、ノーメイクに見えるのに、綺麗!」
セイラとマリーは、絶賛である。
「ミコトさん、お茶会の時より、肌がツヤツヤですよ! 何かお手入れしていたんですか?」
ウミノはミコトの肌を触る。
「特に何もしてないんです」
ミコトはアハハと笑ったが、実は原因は分かっている。
そう、ロイの力だ。
ロイの治癒力のおかげで、ニキビは出来ないし、肌荒れもおこらないのだ。
美容にいいなんて、ロイ、すごすぎる。
「そんなの、愛の力ですよねぇ?」
ネルはニヤニヤと笑いながらからかってきたが、あながち嘘ではない。
でも、その旦那様とは、午前中にケンカ予定なのだ。
第2のリオのせいで、本当に面倒くさい。
「おはようございます!」
ミコトはいつものように挨拶をしながら、騎士団に入る。
団員たちは、おはよう、と返しながら、ミコトをチラチラと見ている。
いつもより、美人に見えるだろうか?
団員たちは、何も言わないから、よく分からない。
まあ、リオやカーサに「国家特別人物の妻なのにブス」と思われなければいいのだ。
ミコトは騎士団長室をノックする。
中から、ロイの「どうぞ」という声が聞こえる。
ドアを開けたミコトを見て、ロイは驚いた顔をした。
「騎士服って、そういう事か…」
ミコトは笑顔で頷く。
「女性用にしてもらったんだ。いつもより、ちょっとマシでしょ?」
ロイも微笑んで頷く。
「うん、ミコト、綺麗…」
ミコトはエヘヘと笑い、事務机の書類を片付け始めた。
ロイは、ミコトはあんなにスタイルが良かったのか、と思っていた。
露出の全くない騎士服なのに、ものすごく、女性的で綺麗だ。
この姿を、他の団員に見せるのだろうか。
第2のリオやソマイにも見られるのだ。
リントの、マリーを見せたくないと騒ぐ気持ちがよく分かる。
「ロイ、この書類の承認をお願いします」
ミコトは書類を持ってロイのところに来る。
「ああ、うん」
ロイは書類を受け取りながら、ミコトの胸を見ていた。
胸もいつもより大きくないか?
ミコトはロイの視線に気づいて、顔を赤らめた。
「あ、あのね、胸があまり揺れない下着にしたら、ちょっと大きく見えるっていうか…」
ロイは、見ていたのがバレた、と目を泳がせる。
「ほら、揺れるとエロ…良くないじゃん? 見られるし?」
ロイは、揺れなくてもこの大きさなら見られるんだよ、と頭を押さえた。
ミコトは、話題を変えようと、んんっと咳払いをする。
「ケ、ケンカのフリ、嫌だね。ロイ、そんなに好き? 出てないのにね…?」
ミコトは、自分で好かれているみたいに言ってしまった、と目を逸らした。
ロイはふっと笑う。
「ミコトは、やっぱり、分かってないね」
「え?」
ロイはミコトに、こっちにおいでと手招きをする。
ミコトは騎士団長の机をまわって、椅子に座っているロイの横に立った。
ロイはミコトをひょいと抱き上げると、向かい合わせに、膝に乗せた。
顔と顔が近い! とミコトは赤面する。
「俺が今、何を考えているか当ててみて?」
突然のクイズ?
「えーと、ケンカの設定が嫌だ、とか?」
「まぁ、それも嫌だけど…」
ロイは両手でミコトの頬を引き寄せて、キスをする。
「んんっ!」
ここ、騎士団長室だよ!?
ロイは一瞬唇を離すと、
「正解は、ミコトを閉じ込めて、誰にも見せたくない、だよ。」
と言い、もう一度唇を重ねる。
「んー!?」
これは、深いキスの方だ。
ロイの手が、ミコトのシャツの中に入ってくる。
うそっ?
ここで、そういう事をするの?
胸、触ってる!
人が来る!
コンコンとノックの音がする。
ミコトには、リントとコランとイワンが外にいるとハッキリ感じ取れる。
ロイだって、分かっているはずだ。
ノックの音に、ロイは何も答えないどころか、さらに胸を触りながらキスを続ける。
このままだと、見られてしまう。
こんなことをしているのが、バレてしまう。
なんで、なんでやめてくれないの!?
ガチャリとドアの開く音がする。
無理っ!!
ミコトは、自分の手をグッと握ると、思い切り、ロイの顔を殴りつけた。
ガターンと大きな音がして、ロイは椅子ごと床に倒れる。
ドアを開けたリントとコランとイワンが見た光景は、服の乱れたミコトと、ミコトに殴られて床に倒れているロイだった。
「ロイのバカッ!」
ミコトは叫ぶと、騎士団長室をダッシュで出て行った。
リントが呆然としていると、コランは「団長!」と声をかけてロイを起こした。
「だ、だいじょぶだから…」
ロイは頬を押さえながら言う。
イワンは「悪いのは団長な気が…」とボソっと言う。
コランは溜息をついた。
「団長、夫婦でも無理矢理はダメですよ」
ロイは頷く。
「うん、交流戦の後に謝るよ」
コランは呆れた表情になる。
「いや、それじゃ遅い…」
「あ、あの!」
リントはコランを止めるように、声を出した。
「椅子の配置は、コランさんとイワンさんに任せます。ロイさんのことは、俺が…」
コランとイワンは顔を見合わせて「了解」と言い、騎士団長室を出て行った。
2人の足音が遠ざかるのを聞いて、リントは溜息をついた。
「俺、本当にケンカしろとは言ってないですよ!」
ロイは倒れた椅子を直しながら、苦笑する。
「ケンカするつもりはなかったんだけど、まあ、ちょうどいいかと思って…」
リントはロイの顔を見て、ギョッとする。
「ちょ、顔腫れてますよ!」
「あー、ミコトは力強いからね」
ロイは左頬に手を当てる。
殴られると痛いんだな、とぼんやり思う。
リントは愕然とした。
「なんで、治らないんですか…?」
つい先日、ロイの傷が一瞬で治るのを、この目で見たのだ。
「ん? んー、俺の体が、治したくないみたいだね…」
怪我をしてみて分かる。
ロイの体は、ミコトに受けた傷は受け入れたいのだ。
リントは首を捻る。
「そ、そういう感じなんですか?」
「うん。でも、この顔で交流戦はマズイかな。ここに力を回せば、いけるかも…」
ロイの言っている感覚は、リントには理解出来ない。
ロイは目を閉じて「いけるけど、結構もってかれるな」と言っている。
3分くらい、そうした後、ロイは、ハァと息を吐いた。
「あ、治ってますよ」
「良かった。でも、めちゃくちゃ疲れた。ミコトは怒らせちゃダメだな…」
ああ、そうか、とリントは確信していた。
ミコトに受けた傷は、治りが遅いのだ。
ロイはそれを知っている。
そして、セタもまた、そうなのだろう。
「ミコトは、知っているんですか?」
ロイは椅子の背にもたれながら、首を横に振った。
「でも、知ってもらう。全部、共有する」
ロイはそう言うと、目を閉じて「ちょっと寝る…」と言った。




