12.護衛の決定と別れ
稽古を始めてから1週間、ミコトは毎日走り込みをし、木剣の素振りを手のマメが潰れるほどやり、リントの厳しい訓練と質問にも耐えて、最終日には、何とかリントに「合格」と言わせることができたのだった。
ロイも毎日来てくれて、ミコトに剣の扱い方や騎士団の基本の型などを教えてくれた。
ミコトはいつしか、ロイのことを兄のように思っていて、北の大地に行ってしまうことを残念だと感じていた。
ロイとリントから、合格と言われたものの、護衛の最終決定はあのオジサン達にあるそうで、今日はその会議の日だ。
会議には、マリーも出席するため、ミコトとセイラは聖女の部屋で待つことになっていた。
「早くマリー帰ってこないかなー。あ、ミコちゃん、そこの黒、白にしていい?」
「だめー」
二代前の聖女が残したというリバーシをやりながら、ミコトとセイラは雑談中だ。
セイラはマリーのことをとても気に入っているようだ。
もちろん、ミコトにとっても、マリーは姉のような存在になっていた。
「じゃあ、ミコトについての報告をきこうか」
いつもの政務棟の会議室。
アレンはロイとリントに向かってきいた。
今日の会議は主にミコトのことなので、いつものアレン、カイル、ゼノマに加えて、ロイとリント、マリーが出席している。
「すごくいい子だと思いますよ。稽古も真面目に取り組んで、かなり強くなりました」
ロイの答えにアレンはものすごく嫌な顔をした。
「元よりお前の報告には何の期待もしていない! リント、報告してくれ」
肩をすくめたロイを横目で見ながら、リントはメモ用紙をパラパラめくった。
「ミコトですが、人格は概ねロイさんの報告した通りだと思います。聖女とミコトはイトコ同士で、二人はかなり信頼し合っています。1週間話をしてみた感じ、この世界や聖女を害する考えは持ち合わせていないと思います。ただ、何かを隠しているようには思いました」
アレンは顔をしかめた。
「何か、とは?」
「わかりません。個人的なことかもしれません。誰でも人に言いたくないことはありますしね」
「特に目的はないのか?」
ロイとリントは顔を見合わせる。
「ミコトの目的は、自立することと、強くなって聖女を守ることですよね、ロイさん」
ロイも頷く。
(結局、難しく考えすぎるのよね、オッサン連中は)
マリーは心の中で、ミコトを疑うなんてバカみたい、と思っていた。
騎士団からの報告が終わり、アレンとカイルがボソボソと少し話した後、
「リントとミコトを聖女の護衛とする」
との決定がアレンから言い渡された。
「あ、じゃあ俺もういいですか? 明日の出発の準備があるんで…」
ロイはすでに帰ろうとしながらアレンに言う。
「ああ、もういいよ、お前は!」
アレンが邪魔そうにロイに向かってシッシッという動作をすると、ロイは嬉しそうに早足で会議室を出て行った。
「リントも帰っていいぞ」
カイルは気を使ってリントに進言する。
「いえ、俺はマリーと一緒にいたいので、このまま会議に出席します」
「あ、そう…。ま、好きにして」
リントのマリー好きは有名である。
オッサン3人組は、諦めて会議を続けることにした。
「…以上、侍女の私から見ても、ミコトに不審な点は見られません」
マリーの淡々とした報告に、アレンは頷いた。
元々マリーからは、逐一報告は受けている。
「聖女の様子はどうだ?」
「聖女のセイラ様は、喜怒哀楽の激しい方ではありますが、朝晩のお祈りはしっかりこなしておりますし、ミコトがいるおかげもあり、心穏やかに過ごしています」
「そうか」
マリーは安心したようなアレンをチラリと見て報告を続ける。
「セイラ様とミコトは本当に仲が良くて、毎日、一緒にお風呂に入り、毎晩、一緒のベッドで眠っています」
「そうか、…って、ええっ!?」
アレンは驚いて立ち上がる。
「マ、マリー、お前、部屋を別にしていないのか!?」
「いくら、イトコで、まだ子どもとはいえ、それはよろしくないですよ!」
ゼノマもマリーに詰め寄る。
マリーは、わざとらしく驚いたような顔をした。
「ええ!? まさかとは思いますが、聡明なお祖父様方は、まさかまさか、あの可愛らしいミコトを男だとか思っていらっしゃるんでしょうか?」
「……え?」
アレンとカイルとゼノマは、キョトンとする。
リントは「あ、やっぱり女の子なんだ」と呟く。
「そんな訳ありませんよね! あんなに、見るからに女の子なのに! 私ってば失礼なことを言いましたね。申し訳ありませんでした」
マリーはペコリと頭を下げる。
もちろん、その顔はニヤリと笑っていたのだが。
「あ、いや、私は、女の子かな? と思っていたりも…?」
アレンはカイルとゼノマをチラチラと見ながら言う。
「俺も? 強い女の子だなと…?」
「いえ、最初に報告をした神官が少年とか、言ってましたが、おかしいなと…?」
カイルとゼノマもお互いを見ながらしどろもどろだ。
リントはマリーのカッコ良さに惚れ惚れしながら、ふと、ロイの事を思い出した。
「あの、ロイさんは、完全に男だと思ってますよ。弟みたいだとか言ってましたし」
「アイツはバカだからな」
マリーはアレンの言葉に、アンタたちもでしょう! とツッコミたくなったが、コホンと咳払いをした。
「そうですか。でも北の大地への準備でお忙しいでしょうし、わざわざ言わなくてもいいと思います(今のやり取りをもう一度するのは面倒くさい)」
マリーはリントにニッコリと微笑む。
「その通りですね(マリーがそう言うのなら!)」
リントもニッコリと微笑む。
「それでは、報告も終わりましたし、私は失礼させていただきますね」
呆然とするオッサン3人を残し、マリーとリントは会議室を後にした。
その後、ミコトは、マリーから正式に聖女の護衛になったことと、女の子だと会議で伝えたということをきいて、ホッと安心した。
男だと思われていることは、皆を騙しているようで、心苦しかったのだ。
会議の次の日。
ロイが北の大地へ出発をする日。
ミコトはマリーと一緒に、馬車の停留所までロイの見送りに来ていた。
今回、北の大地に行くのは、ロイと騎士5人の合計6人だ。
北の大地への騎士の派遣は、最長で5年と割と長いこともあり、見送りの騎士団の人たちや、いつものオジサン3人、騎士の家族の人たちで、停留所は混雑していた。
家族の人たちは、僻地に向かう騎士に、泣きながら声をかけたり、何か渡したりしている。
でも、ロイの家族はいないようだ。
ミコトの気持ちを察したのか、マリーは小声でミコトに耳打ちをした。
「ロイの家族はセタさん以外は亡くなられているの」
「え…」
(ロイさんも、もう家族に会えないのか…)
マリーは、待っていても長そうだと思ったのか、ミコトの手を掴んでグイグイと歩いていき、「ロイ!」と声をかけた。
ロイは振り向いて驚きの表情を見せる。
「まさか見送りに来たのか? 珍しい…」
「そんな訳ないでしょう。ミコトの付き添いよ」
え!? マリーは見送りに来たんじゃないの?
ロイの見送りに来ていたリントがマリーに気付いて駆け寄ってくる。
「あ! マリー、会えて嬉しい…」
「ちょっと黙ってて! ほら、ミコト、お別れの挨拶したいんでしょ」
「え、えーと…」
いろいろ、被害者が多い気がするけど…。
ミコトは気を取り直して、ペコリと頭を下げた。
「模擬戦とか、稽古とか、ありがとうございました! 北の大地でも、体に気をつけて頑張って下さい!」
ロイはニッコリ笑ってミコトの頭を撫でた。
「ありがとう。ミコトも元気でな」
「う…ん…」
この感じ、なつかしい。
ミコトの父、大吾もよく頭を撫でてくれた。
なんだ、これ。
すごく悲しいんだけど…。
ミコトの目から、大粒の涙が溢れ出した。
「泣くなよー」
ロイはさらにぐりぐりとミコトの頭を撫でる。
「ロイ…さん、えぐっ、わた、わたしの、お兄さんに、なって、くれませんかっ?」
家族に会えない者同士…と思ってしまったのか、二度と会えない父の代わりになって欲しかったのか、赤の他人のロイにとんでもない事を言ってしまったと、後になってジタバタしたのだが、この時は本当に、心から、ロイと兄妹になりたいと思っていたのだ。
ロイは少し驚いたようだったが、「うん、いいよ」と言って、頷いた。
「じゃあ、ロイさんじゃなくて、ロイ兄? あー、いや、呼び捨てでいいか。敬語もなしで。俺も敬語苦手だし」
ミコトはこくこくと頷く。
「出発しますよー!」
定刻になり、御者が騎士たちに声をかける。
ミコトは精一杯手を振った。
「ロイ! 元気でね! またねー!」
この時はまだ、1年後にはロイに会えると思っていた。
だが、ロイは結局、北の大地任務期間である最長の5年間、一度もミコトの元には帰って来なかった。




