118.特訓
騎士団の基本就業時間は、8時から18時である。
休憩はお昼に1時間だ。
しかし、騎士団は、いわゆるブラック企業だ。
各部署の警備や管轄区域の治安維持が主な仕事のため、全くこの時間通りに勤務できないのである。
とはいえ、18時以降は時間外だ。
ロイによる、交流戦に向けての特訓は、交流戦まで毎日、練習場で18時から行うことになり、早速、イワンはロイに練習場の隅にまで吹っ飛ばされていた。
イワンはロイより体躯がいい。
そのイワンをあそこまで吹っ飛ばすなんて、馬鹿力にも程がある。
「イワンさんは、力に頼りすぎです。防御も浅い」
ロイはコランに特訓メニューを渡す。
「こんな感じでお願いします。3日後に仕上がりを見ます」
「了解」
どうやら、イワンはコランと特別メニューのようだ。
イワンはゴホゴホと咳き込みながら、コランに起こされている。
「次は、リントね」
「はい」
練習場には、就業後に勤務のない20人程の団員が見学に来ている。
騎士団長と副団長の試合だ。
見るだけでも稽古になる。
もちろん、ミコトも最前列で見学だ。
「いつでもいいよ」
ロイの言葉に、リントはダッシュする。
木剣を低い位置から繰り出す。
「早いっ!」
団員たちがざわついている。
リントの次々に繰り出す剣をロイは全て自分の木剣で受け流し、納得したように、リントをイワンのように吹っ飛ばした。
吹っ飛ばされたリントは、イワンのように壁にはぶつからず、くるりと体を回転させて着地する。
ミコトは、あの着地を真似したい、と思っていた。
「リントは、まあまあかな。強いて言えば、攻撃が単調すぎるかな。あと、間をとる癖をなおそうか」
「…はい」
どこに間をとっていたのか、さっぱりわからない。
見学の団員たちも、間なんかあったか? とざわざわしている。
「次はミコト」
「はいっ!」
やたら元気なミコトに、ロイは笑うのを何とか抑える。
「いつでもいいよ」
ミコトは頷くと、リントのようにダッシュした。
剣技だけじゃなく、体術も使う!
実際、ミコトは体術の方が得意なのだ。
剣を持った相手だとリーチで負けるので、あまり使わないが、今回の特訓では、ロイは吹っ飛ばす時以外は仕掛けてこないので有効なはず!
ミコトは体勢を低くして、剣を薙いだ後、足払いを仕掛ける。
ロイはひょいとジャンプしてかわす。
でも、かわされるのは、想定内である。
ミコトも素早くジャンプして、剣でロイの顎を狙う。
ロイは体を反らしてかわす。
今度は肘でロイのお腹を…!
ロイはミコトの両手首をがっと掴んで、ミコトを地面にふんわり立たせた。
あれ、吹っ飛ばさないの?
「えーと、スピードも技もまあまあなんだけど、この体格差で体術は力で押し負けるからお勧めしない。次は剣だけで来ること」
「は、はいっ!」
ミコトは再び元気に返事をして、そうか、剣だけでいけば…と頷いた。
「リント、もう一度」
「はい」
ロイとリントはもう一度試合して、リントは再び吹っ飛ばされる。
リントは今度もくるりと回転して着地をしている。
ロイはリントに、やっぱり間が…と伝えている。
「ミコト、どうぞ」
「はいっ!」
ミコトは、言われた通り、剣だけでロイに攻撃を続ける。
ミコトも速い! と団員たちが話しているが、ロイは余裕で受け流している。
ロイは先程と同じく、ミコトの両手首を掴んで持ち上げると、そっと地面にミコトを立たせた。
「リントより間が大きい。自分で気付いてる?」
ロイに言われて、ミコトは「これとこれの間?」と、剣を振る。
「分かってはいるんだ。じゃあ次はそこ気をつけて」
終わり?
リントより短くない?
吹っ飛ばされてないし…。
「何か言いたい事があるなら言って?」
ミコトの返事がないので、ロイはミコトを覗き込んだ。
「あの、私も吹っ飛ばされたいです」
ロイは、そんなことか、と溜息をついた。
「ミコトは吹っ飛ばしません」
「なんで!? くるって着地できるよ!」
ミコトは壁を指差して訴える。
「着地の練習じゃありません」
「ちょっと、ミコト! くだらない事言ってないで俺に代わって! もう少しで掴めそうなんだから!」
リントはツカツカと歩いて、ロイとミコトのところに来る。
「リントの方が時間が長いじゃん!」
「知らん! ミコトの実力不足だ!」
「なっ!?」
ミコトとリントは睨み合う。
ロイはハァーと息を吐いた。
「分かったよ。もう2人同時にかかってきていいよ」
ミコトとリントは「同時?」と呟くと、顔を見合わせて頷いた。
2人はパッと離れると、ロイに向かって木剣を構えた。
ロイは、今までケンカしてなかったか? と驚く。
ミコトとリントは同時にロイに向かって剣を繰り出した。
「おお!?」
ロイはリントの剣を木剣で受けながら、ミコトの剣を全て避ける。
見学していた団員たちの歓声が上がる。
2人ともかなりのスピードで、息ピッタリで合わせている!?
リントがふっと体を反らせると、その陰からミコトが剣を振る。
ミコトがしゃがむと、上からリントの剣が振り下ろされる。
これは、危ないか!?
ロイはまず、リントを足で蹴り吹っ飛ばす。
壁までは飛ばず、リントは着地した途端にロイに向かってくる。
ミコトを吹っ飛ばしたくない。
リントの攻撃を受けながら、ミコトの腕を掴み、地面に叩きつける。
「あぅっ!」
と、同時に向かってきたリントを再び壁まで吹っ飛ばす。
力が強すぎたようだ。
リントは回転できずに、壁に叩きつけられた。
「がっ!!」
練習場は、しんと静まり返る。
副団長とミコトの連続攻撃をものともせずに、団長は2人を壁と地面に叩きつけたのだ。
特別メニューのイワンとコランも、口をあんぐりと開けている。
「いったぁ…。ロイ強いよー」
砂まみれになったミコトが起き上がる。
「くっそー。割といい線いったと思ったのに…」
リントも起き上がって歩いてくる。
その通りだ。
かなり、いい線だった。
「あのさ、何で2人はそんなに息ピッタリなの? こういう練習してるの?」
ロイはミコトとリントの顔を交互に見た。
ミコトとリントは顔を見合わせる。
「そんな練習はしてないですよ。ミコトは単純だから合わせやすいんです」
「練習はしてないけど、リントならこう来るかなって?」
2人同時に喋るので、ワケがわからないが、練習せずに、ここまで息が合うらしい。
「あー、そうなんだね…」
センスが似ているのか、5年の月日がそうさせるのか、ロイとミコトはすれ違いばかりだというのに…。
「今日はここまでにしようか。明日またこの時間で」
ロイはパンと手を叩いた。
ミコトもリントも「はい」と頷く。
「団長、練習場の整備は私たちでやりますよ。試合見学させてもらったので!」
周りで見学していた団員たちが、片付けを買って出てくれた。
「じゃあ、お願いします」
ロイはそう言うと、ミコトをひょいと抱き上げた。
「ふえっ?」
驚いて変な声を上げたミコトに構わず、ロイはスタスタと歩き出す。
「一緒に自宅に帰ろうね。砂まみれだから、お風呂に入れてあげるから」
ミコトは赤面した。
「い、いいよ! 急にどうしたの?」
「ミコトはお風呂沸かすの苦手でしょ?」
「そうだけど…え? え?」
困惑するミコトを抱えたまま、ロイは練習場を出て行った。
残された団員たちは、ポカンとしている。
「あれは、ヤキモチやいてますね」
コランはリントの横に来て、ぼそっと呟く。
リントは「はあ?」と言う。
「副団長がミコトと息がピッタリだから…。俺たち昨日のような目に遭うの嫌なんで、ほどほどにして下さいね」
コランの言葉に、イワンも大きく頷いている。
リントは「めんどくさ…」と溜息をついた。




