113.第1騎士団長室
ミコトを聖女棟に送った後、政務棟の事務官に第4のキダンへ手紙を送るよう依頼し、ロイが第1の騎士団に出勤したのは、午前11時を過ぎていた。
騎士団長室を開けると、アレンとカイルとリントが何やら話しているところだった。
「あっ! ロイさん帰ってきた!」
ロイを見るなり、リントは声を上げた。
アレンとカイルは、少し複雑そうな表情を浮かべる。
どうやら、心配をかけていたようだ。
「すみません、今戻りました。セタ兄とも、ちゃんと話が出来ました」
ロイの言葉と表情に、アレンとカイルは、安堵した。
「そうか、良かったな…」
アレンが呟いた後、カイルは「復帰は、どうなんだ?」と言った。
ロイは表情を曇らせた。
「復帰は、難しいと思います。その、体を動かすことは、ほぼ出来なかったので…」
アレンとカイルとリントは、驚いた表情の後、うつむいた。
セタはロイとは逆で、頭に力を回している方が落ち着くのだろう。
「リタさんが、全てやっているのか? 医者だけでなく、人員の派遣もした方が…」
アレンの言葉に、ロイは手を横に振った。
「いえ、リタさんの恋人もいましたし、セタ兄にも、恋人のような女性がいたので、大丈夫です」
シェナはセタの身の回りの世話に慣れている様子だった。
「ああ、そうなのか。恋人か。さすがセタだな…」
何がさすがなのかよく分からないが、カイルとリントは頷いている。
「ミコトは? 今日は休みですか?」
リントは書類の山を持ち上げる。
仕事が溜まっているようだ。
「あー、ごめん。ちょっと疲れていたから、聖女棟に送ってきた」
昨晩、寝かせなかったから、とは言えない。
「そういえば、キダンはどうしたんだ?」
アレンは思い出したように言う。
「すみません、ちょっと事情があって、置いてきちゃって…」
キダンと言えば、チェコだ。
古代魔法研究や初代聖女信仰の事を報告して、ミコトの件を…。
ロイは頭を抱えた。
アレンは心配そうにロイを見る。
「いや、アイツは別に置いてきてもいいぞ?」
「あ、いえ、ちょっと、うまく説明出来ないので、頭に力を回します」
ロイの言葉に、アレンとカイルは「あれか…」とたじろいだ。
「ロイさんは、威圧が出ないように、コントロール出来るようになったんです」
リントはすかさずフォローして、ロイを見た。
「でも、疲れるんですよね? 帰国したばかりで大丈夫なんですか?」
ロイは頷いた。
「結構練習したし、さっきまでミコトと一緒にいたから大丈夫」
リントは首を傾げる。
「ミコトと一緒にいることが関係するんですか?」
「うん。元が同じだから…」
ロイのよく分からない説明に、アレンとカイルも顔を見合わせて、首を捻っている。
もちろんリントにも理解は出来なかったが、ロイの中では合点がいっているのだろう。
ロイはパッと顔を上げた。
「よし。じゃあ説明するね」
ロイは団長席、リントは事務席、アレンとカイルは補助席に座り、ロイの説明を聞いた後、全員は溜息をついた。
初代聖女信仰と別の古代魔法研究まで絡んできたのだ。
全員の溜息も仕方がない。
「とりあえず、第4で捕縛した襲撃犯の尋問を、もう一度やります。それと、襲撃に備えつつ、今後はミコトへの手紙やミコトの動きにも注意して欲しいんです」
ロイの言葉に、アレンは「どういう事だ?」と聞き返した。
「ミコトはセタ兄の症状を古代魔法で治せるのではないかと思っている…」
「治せるのか!?」
カイルは思わず椅子から立ち上がった。
カイルはセタと一緒に仕事をした時間が長い。
セタの復帰を一番望んでいるのは、カイルかもしれない。
「治せるかは分からないです。でも、セタ兄は望んでいない。いや、むしろ反対している」
ロイはうつむいて答えた。
「でも、ミコトは他人のために動くところがある。今回もちょっと目を離したら、セタ兄の恋人に言い寄っていた第4の騎士団長をボコボコにしていたんだ」
ロイはあの光景を思い出して、深い溜息をついた。
今度はアレンが席を立つ。
「ち、ちょっと待て! それは国家問題になるんじゃないのか!? というか、騎士団長クラスをミコトがどうにか出来るのか?」
ロイは苦笑した。
「第4の騎士団長は、第4の代表の息子なんですが、コネのようで、実力は伴っていなかったんです。国家問題も、大丈夫だと思います。プライドが高そうな男だったので、まさか女性にやられたなんて、言えないと思います」
「あー、何となく分かりました」
リントは呆れた表情をして言った。
「あのマリーにデレデレだった代表のオッサンの息子ということは、絶対に女好きですよね? どうせミコトが試合をしてもらおうと色仕掛けしたんでしょうよ」
カイルは「あー」と言い、アレンはポカンと口を開けた。
「リント、よく分かったね」
ロイの驚きの表情に、リントは「分かりますよ」と笑った。
「第1の団員たちも、それで結構やられてますからね。あ、言っときますけど、俺はどちらも注意はしましたよ?」
カイルも笑う。
「やられた団員たち全員が、悔いはないと言ってたヤツだな。きっと第4の騎士団長とやらも、悔いはないだろう」
ロイは頭を抱えた。
自分の嫁が、色仕掛け常習犯だったのだ。
ただ、この時のロイは、ミコトの色仕掛けが、まさか昨夜ロイ自身も見たタンクトップ姿だとは思ってもいなかった。
「ミコトは目的のためには手段を選びませんからね。しかも当の本人は色仕掛けと思ってないからタチが悪いんです。ロイさんがミコトに厳しく言ったらどうですか?」
リントの提案に、ロイは頭を抱えたまま「厳しくって?」と聞き返す。
「例えば、色仕掛けで試合を申し込むようなことをしたら、離婚するぞ! とか…」
ロイは青ざめた。
「それで本当に離婚になったら、俺、どうしたらいいの?」
これはダメだ、とリントとカイルは顔を見合わせた。
「リント責任とってくれるの? 離婚は嫌なんだけど!?」
ロイは、席を立ってリントに詰め寄った。
「いや、もういいです。俺が悪かったです。厳しくは無理でした」
リントは面倒くさそうに、ロイを手で押さえた。
その様子を見ていたアレンは笑い出した。
「お前、頭に力を回していても、そうなんだな」
ロイは赤面して、席に戻り、咳払いした。
「えーとですね、つまり、アレンさんには、ミコトに古代魔法を仄めかす手紙や、セタ兄を治せる等の内容の手紙が来たら、止めて欲しいんですよ」
アレンは顔をしかめる。
「ミコト宛の手紙を勝手に開封して内容を確認しろと?」
ロイは頷いた。
「はい。嫌な役ですが、お願いします。責任は俺が負います」
ロイの真剣な表情に、アレンは頷いた。
リントはハァーと息を吐いた。
「ミコトの動きは俺も注意しますけど、細かい様子は、マリーに依頼するでいいですか?」
ロイは表情を明るくした。
「助かるよ、リント! 俺じゃマリーには頼みにくくって…」
アレンは複雑な表情をしている。
実はアレンも、孫娘のマリーには、何かと頼みにくいのだ。
ロイは、カイルがうつむいているのに気付いた。
「カイルさん、セタ兄の事は、俺も本当に治って欲しいとは思っているんです。でも…」
カイルは驚いたように顔を上げた。
「いやいや、セタの事を俺がどうこう言うつもりはない。ロイの方が辛いだろう」
カイルはそこまで言うと、再びうつむいた。
「ただ、俺が、もっとしっかりしていたら、セタばかりに重荷を背負わせずに済んだかも…とな」
ロイもうつむいた。
それに関しては、ロイもそうなのだ。
リントはうつむく2人を見て、苦笑した。
「仕方ないですよ。セタさんには隙がありませんでした。俺には先代聖女とイチャイチャしていても、セタさんはどこか冷静に見えましたよ」
ロイは目を見開いてリントを見た。
「リント、すごいね! セタ兄も聖女とのことは実は割り切っていたって言ってたよ」
アレンとカイルは「ええっ!?」と叫んだ。
「え、じゃあ、なんで…?」
カイルはあからさまに動揺している。
「ちょっとそれは、俺の家系の別要因で詳しくは言えないんですけど、でもセタ兄が聖女を好きだったのは嘘じゃないんです」
ロイの言葉に、カイルは「やっぱり色恋沙汰は分からん…」と手で頭を押さえた。
ロイはふっと笑った。
「まあ、そんな冷静なセタ兄から、俺は騎士団の事で注意されたので、午後からは中隊長も交えてこれからの訓練方針を話し合いたいんだけど、リントは時間いい?」
リントは複雑な表情をして頷いた。
「了解です。セタさんからってのが、怖いですけどね」
ロイも頷いた後、ふとアレンを見た。
「そういえばアレンさんはどうして騎士団にいたんですか? 俺、政務棟に先に行ったんですよ」
アレンはハッとした顔になり、持っていたカバンから手紙を取り出した。
「そうだった! 第2から、騎士団交流戦の事で手紙が届いて、その話をしに来たんだった!」
騎士団交流戦と聞いて、ロイとリントは、再び、深い溜息をついたのだった。




