11.稽古と探り
模擬戦から2日後、今日はロイとリントに、ミコトが稽古をつけてもらえる日だ。
なんと今日から1週間、午後2時間だけではあるが、毎日稽古してくれるという話になったのだ。
「あんなヤツに稽古とか、信じらんないよー」
嬉しそうに準備をするミコトに、セイラはベッドの上から不満そうに言った。
「だって、一番強い人だよ? しかも、リントって人もかなり強いってきいたし、楽しみすぎるよ!」
「あんな目に遭っても、ミコトは脳筋なのね」
マリーも呆れたように言う。
「アップルパイは美味しかったけど、だからってミコちゃんを投げたヤツなんて許さないんだからね」
マリーの入れ知恵で、アップルパイはロイからのお詫びの品ということになっている。
ロイの処刑? も、マリーの策略でロイが元々希望してしていたという北の大地行きに変えてくれたらしいし、マリーは美少女の上に頭が良くて本当にすごい。
「この稽古で認められたら、私は正式にセイラの護衛になれるんだよ?」
「護衛じゃなくても、一緒にいればいいのにー」
セイラはゴロゴロとベッドの上を転がる。
きっとそれでもいいのだろうけど、ミコト的には役割が欲しいのだ。
そして、役割に応じた報酬も、自立のために必要だ。
「じゃあ、行ってきまーす」
ミコトは元気良く、聖女の部屋を出ていった。
騎士団の練習場で、2時間の稽古を終えて、ミコトは息をきらしていた。
「スピードはまあまあだけど、何回も剣を落としていたし、圧倒的に筋力と体力が足りないよね。毎朝の走り込みと木剣の素振りは絶対だな〜」
茶髪でロイより一回り小柄のリントは、紙に練習メニューを書き込みながら呟く。
結構スパルタだ! このリントって人!
「望む、ところ、ですよ!」
脳筋、舐めるなよ? とばかりにミコトはリントを見上げた。
「最初からかなりとばしてやった感じだな〜」
ロイは、ミコトとリントにボトルに入った飲み物を渡した。
「ロイさん、遅かったですね。今終わったところですよ」
リントがロイに言うと、ロイは嫌そうな顔をして「会議大好きなオッサンたちに捕まってね」と言った。
そうなのだ。
結局今日の稽古はリントが1対1でやってくれたのである。
でも、元々時間がある時にって言っていたので別にいいし、リントもかなり強いし、問題はない。
「どう? リント的に見て」
「いや、思ったより筋良くて驚いてますよ」
うそ? 褒められてる?
結構リントからボロクソ言われた記憶があるけど?
ミコトが疑いの眼差しをリントに向けると、リントはニコッと笑った。
「あ、ごめんねー。俺、君のこと気に入らなくてちょっとイジワルしちゃったんだよ」
「なっ!?」
「だってさ、君、マリーとかなり仲良いよね?」
マリー? 今マリー関係あるの?
「俺、君みたいな子どもであっても、マリーの側に男がいるのって本当に嫌なんだよ」
「え? あ、そうか!」
ミコトは自分が男と思われていて、リントがマリーを好きなんだと思い至った。
男のフリなんて一切していないのに、誰もがミコトを男と思っているなんて複雑である。
でも、実際はミコトは女で、マリーもそれを知っているのだから、リントが心配するような事なんて何もない。
「大丈夫ですよ! 私はセイラだけなので!」
女だって事は、護衛になるまでは言えないし、こんな感じで言っておけばいいかな?
ミコトはリントの心配回避のつもりで言ったのだが、2人は少し顔を赤くした。
「いやあ、すごいね。ちょっと気が合うかも…」
「ガキのくせに…」
あれ…、なんか、間違えたっぽい?
何故か少し話そうか、ということになり、ミコトとロイとリントは練習場の隅に腰を下ろした。
「でもロイさん、女性に関しては、ちょっとは俺達を見習って、積極的にアピールした方がいいですよ。最低でも、お嫁さん3人は貰わなくちゃいけないんですよね?」
リントの言葉に、ミコトは飲んでいた飲み物を詰まらせた。
「さ、3人!? この世界って、一夫多妻制なんですか?」
リントは笑った。
「あー、ロイさんはさ、国家特別人物でね。そういう優秀な人は、複数人と結婚していい、むしろたくさん子どもを持てっていう決まりがあるんだ。普通の人は、一夫一妻だよ」
「国家特別人物…。すごいんですね、ロイさんって」
ミコトの尊敬の眼差しにロイは苦笑いをした。
「俺の父と兄がそうだったから、流れでなっただけだよ」
「オッサン会議もどうせその話ですよね?」
リントはニヤニヤしながら言う。
「嫁を探しておくから、1年で帰ってこいって言われたよ」
ロイは深く溜息をついた。
「そんなに嫌ですか? 他の隊員は羨ましがってますけどね」
「変わってやるよ…」
「俺はマリーだけがいいので、遠慮します。ミコトも聖女だけでいいでしょ?」
ミコトは急に話を振られたので、驚いてしまった。
「も、もちろんです」
「ところでさ、ミコトと聖女はイトコなんだって?」
リントの質問に、ミコトの体がピクッと震える。
「はい…」
ミコトとセイラは間違いなく、従姉妹である。
でも、過去の経験上、こんな風にきいてくる人は、大体こう言うのだ。
「あんまり似てないね?」
ほら、やっぱりね。
ミコトは日本人で、セイラはハーフなのだから、似てなくても仕方がないのに、悪意を持って、みんな似てないって言うんだ。
「セイラは、ハーフなので…」
ミコトは説明しようと思ったが、日本人だフランス系カナダ人だとか言ったところで、伝わる訳がないので、そのまま黙った。
「イトコって、そんなに似るもんじゃないだろ? 俺なんかセタ兄と全然似てないし」
ロイは重くなりそうな空気を破って笑った。
「あ、セタ兄っていうのは、前の副騎士団長で、俺の兄貴。顔も中身も全然似てなくて、めちゃくちゃ優秀で…」
「ロイさんの話は、俺は興味ないからいいです」
リントはロイの話を遮って睨んだ。
「ひど…」
ミコトはその隙でさっと立ち上がった。
「あの、私、もう帰ります。今日はありがとうございました。明日もよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、飲みかけのボトルを持って、ミコトは練習場から走り去った。
「ロイさん! 俺たちの任務理解してますか? ミコトの目的を探るんでしょうが!」
ミコトが走り去った後、リントはロイに詰め寄った。
「あ、そうだった。忘れてた」
「忘れてるなら、練習に登場しないでくださいよ」
リントは、はぁっと溜息をついた。
「俺もよくセタ兄と似てないって言われたから、ちょっと同情してさぁ…」
「俺、別に、ミコトと聖女が似てないことを責めてないですけど?」
リントは怒ったように言う。
「でも、似てないことを気にしてるから、責められてるように感じるんだよ」
ロイは遠くを見つめながら、呟く。
「随分、気に入ってるんですね、ミコトのこと」
「あー、弟いたら、あんな感じなのかなって」
「ロイさん…」
リントは、呆れた顔をして言った。
「弟より、嫁さん探してくださいよ」
「ただいまっ」
ミコトは、聖女の部屋のドアを思い切り開ける。
「おかえり、ミコト」
マリーは声を抑えて言う。
どうやら、セイラはお昼寝タイムのようだ。
「どうだった? リントにいじめられた?」
「うそ! なんで分かるの?」
マリーの質問にミコトは声を抑えつつ、驚いた。
「リントは私の事、好きだからね」
マリーはウフフと笑う。
「すごいマリー。かっこいい…」
ミコトは心底そう思って言った。
「大丈夫よ。ちゃんと仕返しはしておくから、安心してね」
「し、仕返しはいいよっ。稽古が厳しいのは、別にいいし」
どちらかというと、探りをいれられたことの方が…と思ったが、この国の人が聖女でもない異世界人を疑うのは当然といえば当然だ。
別に、この世界を害するつもりなど、ミコトには全くないのだけども。
「そういえば、国家特別人物の話をきいたよ」
「ああ、ロイのことでしょう?」
マリーは紅茶を淹れると、ミコトに座るようにジェスチャーした。
ミコトは椅子に腰掛けて、紅茶を一口飲んだ。
「セタさんって、どんな人? ロイさんがすごく優秀だって言っていたから…」
マリーも腰掛けて紅茶をすする。
「セタさんは、前の聖女の護衛騎士で、ロイのお母さん違いのお兄さんよ。確かロイより5歳ほど上だったかな」
「あの、騎士団にいないみたいだけど、今は何しているの?」
騎士団長は、模擬戦の審判やってくれたオジサンで、副騎士団長はロイなのだ。
「聖女と恋に落ちて、聖女が元の世界に帰ってしまってから、心を病んで、今は母方の故郷で療養してるらしいわ」
「…!?」
聖女と恋に? そんな事…いや、あり得ないことではないのか。
でも、聖女は、この世界の記憶を消されて地球に戻り、そこでの幸せが約束されている。
セタさんだけ、そんな…。
「セタさんもロイと同じく国家特別人物だったわ」
「そう、だったんだね」
ミコトは紅茶のカップを見つめながら呟いた。
この聖女システムは、本当に最善の方法なのだろうか…。
だって、ミコトも二度と地球に戻れない。
残されてしまう。
セタさんのように…。




