109.スミスと試合がしたい
「私、スミスさん? に試合を申し込もうと思います」
第4エラルダ国のセタの実家で、ミコトがこんな事を言い出したので、暖炉の部屋にいた、リタとオルバとシェナは驚いた。
大迷惑な派遣騎士のスミス(実は第4の騎士団長)を、村の自警団のオジサンたちに押し付けて、シェナの作ったキッシュをランチに食し、やっと落ち着いたところだった。
「仮にも騎士団長ですし、ぜひ手合わせしたいんです」
と、言いつつ、ミコトの真の目的は、ミコトとシェナに酷い事を言った仕返しである。
ミコトは、異世界に転移してから、理不尽には屈しない、をモットーにしているのだ。
しかし、オルバは顔を曇らせた。
「ミコトさん、残念ですが、スミス団長は、誰とも試合をしない人なんですよ」
「騎士団長って、それでいいの?」
リタが顔をしかめて、即座にオルバに言う。
ミコトとシェナも同感である。
オルバは苦笑した。
「いえ、普通は、団員に指導くらいはすると思いますが、スミス団長は、その、あまり実力を知られたくないようで…」
つまり、弱いってことか。
リタとシェナは呆れたように、溜息をついている。
でも、ミコトには、考えがある。
「オルバさん、私、試合をしたくない人に試合をさせる方法を知っているんですよ」
ミコトの言葉に、オルバは「試合をさせる方法?」と言った。
「はい。実は私、14歳頃から、第1の騎士団のみんなから、試合を断られ続けているんです」
なんとなく分かる気がする、とオルバは頷いた。
男なら誰しも、女性に負けるのは、避けたい。
「でも、ある暑い日に、試合を頼みに行ったら、なんと8割の団員が試合をしてくれたんです!」
ん? とリタとオルバとシェナはミコトを見た。
「暑いと、試合をしてくれたの? 今は冬だし、無理ってこと?」
リタは首を傾げて、ミコトにきく。
「私も後で気付いたんですけど、多分、格好なんです」
そう言うとミコトは、シャツを一枚脱いで、タンクトップ姿になった。
オルバは驚いて目を逸らし、リタとシェナは身を乗り出した。
騎士団員用男物のタンクトップなので、胸の開きが大きい。
ミコトは胸が大きいので、パツパツな上に谷間が丸見えである。
「ミコトちゃん、すっごいわ!」
シェナは思わず拍手する。
「これは、ちょっと、エロいわね」
リタは腕を組んで、マジマジとミコトの胸を見つめる。
「そうなんです! この格好で試合を申し込めば、何故か大体OKをもらえるんですよ!」
ミコトはドヤ顔で言う。
「何故かじゃありません! ダメですよ! と、とにかく服を着て下さい!」
オルバは目を逸らしたまま、叫んだ。
ミコトは、オルバは試合をしてくれない残り2割の人だな、と思い、脱いだシャツを着た。
オルバは、ミコトがシャツを着たのを確かめると、ふーっと息を吐いた。
「ミコトさん、それは、なんというか、色仕掛けなんです。ロイ君から頼まれている以上、そんなことはさせられません」
ミコトは、色仕掛けという言葉に、キョトンとした。
「オルバさん。色仕掛けというのは、大人の綺麗な女性しか使えないんですよ。私には仕掛ける色はありません」
本気で言っているのか? とオルバとリタとシェナは顔を見合わせる。
「私は騎士団員です。作戦上、使えるものは、何でも使います」
実際、ミコトは騎士団員たちから、勝つためなら何でもやる、とか、判断力がエグイ、とか言われている。
「特に私の胸は、重いし揺れると痛いしで、ハンデを負っているようなものです。もしこの胸で男性が油断をするのなら、遠慮なく使います。胸を押し当てて、試合に勝ったことも1度や2度ではありません」
オルバは目の前が暗転しそうになった。
胸を押し当てられて負けた男たちを、どう指導したらいいのか分からない。
リタはオルバの様子を察し、慌てて口を挟んだ。
「ミコトちゃんのポリシー? は分かった。でもスミスのバカに、ミコトちゃんの胸を見せたり押し当てたり、はもったいないわ」
リタの言葉に、シェナもウンウンと頷く。
「実は、レイちゃんの形見分けでもらった曲芸団の可愛い衣装があるのよ。ロイに渡そうと思っていたんだけど、ミコトちゃん着てみない?」
ロイの母親の可愛い衣装と聞いて、ミコトは顔を輝かせた。
「レイさんの衣装? 着れるか分からないけど、見てみたいです!」
「私も見たいわ!」
シェナも前のめりに言う。
リタはオルバに小声で、「タンクトップよりマシだから安心して」と言い、ミコトとシェナを部屋に連れて行った。
オルバは、3人がリタの部屋に入るのを、ぼんやりと見送った。
30分くらいして、ミコトとリタとシェナが部屋から出てきた。
ミコトはレイの形見だという、ブルーの服に着替えていた。
曲芸団の衣装というから、もっと派手なのかと思いきや、いわゆる、動きやすいワンピースである。
胸元は少し開いているが、下品ではなく、長袖である。
腰を大きなリボンがついた布で巻く仕様で、スタイルアップ効果もある。
膝上の、この世界ではミニ丈のスカートだが、中にズボンが付いているので、足を上げても大丈夫だ。
何より色がキレイである。
レイの瞳の色とのことだが、ミコトからすると、ロイの瞳の色だ。
実はちょっとウエストと胸が苦しいが、激務の2週間で少し痩せたので、何とか着ることが出来た。
そして、シェナにメイクをしてもらい、リタに髪をセットしてもらい、ミコトお得意の、メイクと髪型と服装で、美少女に変身、である。
「見てオルバ! ミコトちゃん、すっごい可愛いの!」
リタは得意げにオルバにミコトを見せる。
「ミコトちゃん、スタイル良くて羨ましい! 旦那様にぜひ見せたいわ。ね?」
シェナも嬉しそうだ。
オルバは驚いて目を見開いた。
「ミコトさん、お綺麗です…」
ミコトはエヘヘと笑うと、出入り口のドアに向かった。
「じゃあ私、スミスさんに試合を申し込んできます!」
ミコトはそう言うと、外に出て行った。
オルバとリタとシェナは、えっ? となる。
そういえば、そういう話だった。
「ま、待ってください! 私も行きます!」
オルバは慌てて後を追ったのだった。
ミコトは、確信していた。
スミスは、女好きだと。
ロイがカラスに出入りしている、と言っていたが、ロイは、たった1日、数分カラスに行っただけである。
それなのに、その事を知っているのは、スミスもその場にいたか、カラスの常連客で、後日お店の女の子からその事を聞いたか、である。
シェナに、俺は浮気はしない、などと言っていたが、とんでもない嘘だったのだ。
そして、ミコトとシェナへの侮辱ともとれる発言。
さらに、リタやオルバやセタへの悪行。
極め付けは、ロイの事を悪く言ったのだ。
許せる訳がない。
10発は殴らないと気が済まない。
ミコトは、村の自警団の詰め所のドアをノックした。
「ミ、ミコトさん、足早い…です」
ちょうどオルバも追いついてきた。
詰め所のドアを中から開けたのは、他でもない、スミス本人だった。
詰め所の中には、他に人はいない。
なんとスミスは、見回りにも行っていないようだ。
「ミコトさん!? 見違えましたよ!」
スミスは、すぐにミコトの胸へと視線を移し、デレっとした顔になった。
何とも、分かりやすい。
ミコトはサッと胸を両手で隠す。
「私、スミスさんに言われて、ちょっと格好に気をつけようと思ったんです。どうでしょうか?」
スミスは、さらにデレっとする。
「私に言われて…! とてもいいですよ!」
ミコトは何とか笑顔を作る。
「ありがとうございます。あの、私、スミスさんにお願いがありまして…」
こういう時は、上目遣いだ。
「何でしょうか! ミコトさんのお願いなら何でも!」
スミスは上機嫌だ。
先程と態度が違いすぎる。
「ご存じの通り、私は騎士団員なんですけど、実は聖女と気が合うというだけで、実力は殆どないのです。なので、第4の騎士団長であるスミスさんに、ぜひ試合でご指導願いたいと思いまして…」
「え、えー、それはちょっと…」
スミスは言い淀むと、顔を曇らせた。
どうやら本当に試合をしない主義のようだ。
「何でもっておっしゃったのに?」
スミスは「ぐっ…」と言う。
もう一押しのようだ。
「お時間は取らせません。私も着替えの時間をとったりしませんので」
スミスは目を見開く。
「その服で、試合を…?」
言いたい事は、分かりますよ。
スカート、短いですもんね。
ミコトは目を逸らして、小さく頷いた。
「わ、わかりました! 試合をしましょう!」
スミスは鼻息を荒くして頷いた。
ミコトは「ありがとうございます!」と言い、心の中で、バーカ! と思っていた。
「オルバさん、すみませんが、審判をお願いしてもいいですか?」
ミコトが振り向いてオルバを見ると、オルバは深い溜息をついた。
「ミコトさん、あなたはやっぱり、色仕掛けの意味が分かっていますね…」
オルバの小声に、ミコトは肩をすくめた。




