104.一方ロイは
時は、ロイがミコトをセタの実家に預けて、第4エラルダ国の首都に戻ってきた日に遡る。
時間は朝の9時。
ミコトと別れたのが、8時40分だったので、20分で、山の中腹の村から首都に戻ってきたことになる。
ミコトを背負っておらず、下りだったとはいえ、かなり能力が上がっている事に、ロイ自身も驚いていた。
このままカラスに侵入出来そうだが、一度キダンと合流するべきかと思い、事前に聞いていた宿屋に向かう。
第4エラルダ国首都の隅に位置する、青い屋根の2階建の宿屋だ。
宿屋の主人らしき人に伝えると、すぐに部屋まで案内してもらえた。
ロイは、ドアをノックする。
「ロイですけど…」
ドアの向こうから、キダンの声がきこえる。
「本人確認をします。ロイ君の愛する人は?」
「ミコトです」
しばらくの沈黙の後、ドアがガチャリと開き、キダンが顔を出す。
「ちょっとロイ君、つまんないんだけど! もっと照れた感じで言ってよ!」
「いや、今さらですよ。やっぱり照れ具合で本人確認をしてるのは嘘だったんですね」
ロイは呆れながら、部屋に入る。
部屋はベッドが2台、簡易的なテーブルと椅子が2脚、お風呂とトイレ付きだ。
「あれ? ミコトちゃんは?」
キダンはドアに鍵をかけながら、辺りを見回す仕草をする。
「セタ兄の家に預けてきました。強そうな護衛もいましたし、首都に連れて来るよりいいと思って…」
ロイは椅子に腰掛けながら言う。
キダンもテーブルを挟んでロイの向かい側に腰掛けた。
「セタ君とは、話できた?」
「はい。むしろ、もっと早く会いに行かなければいけませんでした」
うつむくロイを見て、キダンは笑った。
「そう? ミコトちゃんと結婚した今で、ちょうど良かったんじゃない? お互い」
ロイも、そうかも、と笑う。
「どうですか? カラスの方は…」
「ヤトラ君に、彼女ができました!」
間髪入れずに、キダンが答える。
ロイは苦笑した。
「そっちですか。良かったですね」
「誰だと思う?」
誰と聞かれても、ロイはカラスの店員の女性たちを全く知らない。
「正解は、ロイ君を帰りに出口まで送ってくれた子だよ!」
ロイは、「あー、あの女の子か」と呟いた。
顔は覚えていないが、確かに若くて、胸が大きかった。
ミコトの方が、もう少し大きいか? と思ったので覚えている。
「ロイ君があの子に失礼な態度をとったおかげとも言える」
キダンの言葉に、ロイはムッとする。
「失礼って…。その気もないのに、優しくなんて出来ませんよ」
ロイは、それに関しては、前科があるのだ。
「あの手の店に行って、店員の女の子を冷たくあしらうなんて、タブーだよ? まぁ、その気もない男が、ああいう店に行ったらダメって話になっちゃうけど」
「じゃあ騙して連れて行かないで下さいよ…」
ロイは溜息をついた。
キダンはロイを無視して話を続ける。
「そんな訳で、見た目だけイケメン男に冷たくされて傷ついた彼女は、ヤトラ君の優しさに救われたんだよ。いやぁ、良かったよね」
見た目だけイケメン…。
褒められたのか、けなされたのか、よく分からない。
「あ、けなしたんだよ」
「そうですか…」
ロイは肩を落とした。
「まぁ、ヤトラ君の話はここまでにして、昨夜さ、お客にこの国の騎士団長を名乗る奴が来てたんだ」
「騎士団長を名乗る奴?」
キダンは頷く。
「どうしてこんな言い方をするかというと、めちゃくちゃ弱そうだったから!」
ロイは苦笑した。
第4の副騎士団長をやっていたというオルバは、ロイから見て、かなりの実力者だった。
「弱そうなら、騎士団長じゃないですね」
ロイの確信した言い方に、キダンはニヤリと笑う。
「それがね、ソイツ、ずうっと、ロイ君の悪口を言ってるの! 代表との会食の時、妻に食べさせてやっていた顔だけ優男って!」
ロイは、んん? と首を捻った。
「中肉中背で、茶髪で、40代半ばの男、会食の時に、護衛でいなかった?」
ロイはさらに首を捻る。
人の顔を覚えるのも、ロイは苦手である。
「覚えてないなぁ…。でも、ミコトに食べさせていた事を知ってるなら、いたのかも?」
キダンはアハハと笑う。
「ロイ君の記憶には残らずか。かわいそーに」
「ソイツが怪しかったんですか?」
ロイの言葉に、キダンはふっと笑う。
「店員の女の子がさ、『その優男ならこの間お店に来ましたよ』って教えてたから、一応言っておこうかと思っただけ」
ロイは机に突っ伏した。
お店では名乗っていないのに、バレている。
「ロイ君は見た目が目立つから、接触捜査には向いてないね」
「性格的にも向いてないですよ…。一日中、壁に張り付いている方が楽です」
ロイの言葉に、キダンは再び、アハハと笑った。
「でも、潜入捜査をやってもらわなくちゃダメかもなぁ…」
キダンは、笑い終わった後、ポツリと言った。
「いいですよ。元々、2階の不明な部屋に1階から潜入しようと思ってましたし」
ロイは、話しながら席を立った。
「え! 今から行くの?」
キダンは驚く。
「はい。おそらくこれ以上チェコさんたち店員に聞いても、何も出てこないと思います。ちょっと、いろいろ、気になりますし…」
キダンは、ロイがそう言うのなら、そうなのだろうと思っていた。
実際、チェコや他の店員の女性たちも、怪しいところはない。
強いて言えば、チェコが帰りに必ず、また絶対来てくださいね、と言うくらいだが、あの手のお店なら、これは普通である。
キダンもこれの何が気になっているのか、よく分からない。
「何か、気になる事がありました?」
ロイは黙っているキダンを見て言う。
「ん? んー、チェコさんがさ、毎回、また絶対に来てって言うんだよね。それがちょっと…」
ロイは首を傾げる。
「よくある、営業トーク? ですよね?」
と言いつつも、ロイはよく知らないのだが。
「だよねぇ。僕に気があるようには全く見えないのに言うのは、営業トークだよね…」
キダンは真面目な顔をしている。
「キダンさん、結構冷静なんですね」
「そりゃあね? 僕はこれでも、自分を俯瞰できるんだよ」
ロイは「ふかん?」と繰り返す。
キダンは、言葉がわからないのはロイらしい、と笑う。
「えーと、客観的に自分を見る事だよ。上から自分自身を見る感じ」
「上から…」
ロイは目を閉じる。
「ああ、なるほど。この視点か。確かによく見えますね」
キダンは「いやいや!」と言った。
「僕が言ってるのは、比喩的表現だよ? ロイ君のは実際に上から見てるよね?」
「ひ、ひゆ…?」
キダンは「あーっ」と頭を抱えた。
バカなのか天才なのか意味がわからない。
「もういいよ! 潜入調査行ってきて!」
「え、あ、はい」
キダンはロイの背中を押して、部屋の外へ出した。
ドアをバタンと閉めてから、「規格外にも程があるなぁ」と呟いた。




