101.オルバとリタ
第4エラルダ国の山の中腹の村で、初めて魔物退治をしたミコトは、その日一日中、護衛のオルバについて回っていた。
村と山道の見回り、その間に魔物を数体退治、村唯一の学校での安全管理と講師、昼食後は再び村と山道を見回り、やはり魔物を数体退治した。
その後は村の子どもたちに、剣技を教える道場のような教室で先生として働き…。
いや、忙しすぎでしょう! このオルバというオジサマは。
ミコトは、魔物退治も学校や剣技教室も、全てお手伝いしたつもりだが、はたして役に立ったかどうか分からない。
というのも、オルバは、気配りがとても出来る、本当の意味での大人だったからだ。
オルバは、魔物退治の際は、自警団のオジサンたちが活躍出来るように動く。
ミコトのように、1人突っ走って、勝手に魔物を退治するのではなく、他の人が退治しやすいように、魔物をある程度弱らせて、後ろのオジサンたちに回す。
学校の講師も、ミコトはすぐに、こうやるといいよ、などと教えてしまったのに対し、オルバは子どもたちが分かるまで、自分で考えさせていた。
昼食は、学校でいわゆる給食を食べたのだが、食べる速度も子どもたちに合わせて、会話を楽しんでいた。
ちなみに給食は、村の女性たちで作っていて、セタの恋人と思われる、シェナに再び会った。
シェナは元々料理人をやっていたということもあり、給食は絶品だった。
ミコトは料理ができないので、シェナのような女性は、尊敬してしまう。
剣技教室では、控えめに言って、くそ生意気な7歳の男子にブス呼ばわりされたため、指導に熱が入ってしまった。
子どもの言うことだから許そう、という気に全くならないところが、ミコトはまだまだ子どもである。
そして、夕方は、また見回りと魔物退治である。
「ミコトさん、さすがに疲れましたか?」
リタの家に帰る途中、オルバは心配そうにミコトにきいてきた。
どうやら、ミコトは少し浮かない顔をしていたようだ。
「そ、そうですね。オルバさん、いろいろやっていて、すごいですね」
ミコトは苦笑しながら答えた。
実は体力的に疲れたというよりは、ミコト自身の至らなさに落ち込んでいたのだが。
「大した事はないんですよ。ミコトさんも、今日一日お手伝いしていただき、ありがとうございました」
オルバはニッコリ笑う。
ミコトなんて、殆ど役に立っていなかったのに、本当に大人である。
「夜間の護衛に関しては、ちょっとリタと相談しましょうか」
オルバの言葉に、ミコトは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
こんなに忙しい人の夜間の時間まで、ミコトに使わせてしまうとは…。
時間が空いたら対戦してもらおう、などと思っていたが、これ以上ミコトに時間を取らせる訳にもいかない。
それに、どうやら、オルバは、ミコトより断然強いようだ。
この人が第4の騎士団の元副騎士団長という事は、騎士団長はもっと強いのだろう。
ミコトは、第1の騎士団のナンバー3と言われて、少し奢っていたのだと気付かされた。
こんなに、気配りの出来る強さがあるのだ。
夜間の護衛については、結局、オルバがセタの部屋で寝泊まりすることで結着がついた。
リタとオルバは恋人なのに、まさかミコトがセタの部屋に寝泊まりする訳にはいかないので、仕方がない。
またもや、申し訳ない気持ちでいっぱいだが、こういう時は謝ってはいけない。
第1の騎士団のみんなに護衛してもらった時に学んだのだ。
「リタさん、オルバさん、ありがとうございます」
ミコトは2人に笑顔を向けた。
そう、感謝である。
リタもオルバも「どういたしまして」と、笑顔を返してくれる。
そして、気遣い、だ。
「あの、実は私、いつも寝る時間が早いんです。なので、もう就寝してもいいですか?」
時計を見ると、夜の9時だが、ミコトは実際いつも10時前には就寝するので、嘘ではない。
ミコトが寝れば、2人の時間がとれるというものだ。
「あら、そうなの? ロイも寝る時間が早いの?」
リタが笑顔できいてくる。
ミコトは首を傾げた。
ロイの寝る時間なんて、知らない。
というか、ロイは寝ないし…。
「彼は騎士団長だから、仕事が忙しいんじゃないか?」
オルバがリタに言う。
「そうだったわね。ロイはいつも帰りは遅いの?」
リタが再度、笑顔でミコトを見る。
ミコトはさらに首を傾げた。
ロイの帰宅時間なんて、ますます謎である。
そもそも帰っているのだろうか?
どこに?
「すみません、一緒に住んでいないので、ロイの事はよく分からないです…」
ミコトが困惑した顔で答えると、リタとオルバは青ざめた。
ミコトの困惑は、本当に分からないという意味での困惑なのだが、リタとオルバには、きいて欲しくないという意味で伝わってしまっていた。
「ご、ごめんなさいね、立ち入った事を聞いてしまって…」
リタが何故謝るのか、ミコトにはよく分からない。
「え? いいえ、私も気にはなっていたので、今度ロイに聞いてみます(いつも何時に仕事が終わっているのか、帰宅はしているのか)」
「えええっ(浮気調査しちゃうの)!?」
リタの驚いた声に、ミコトは目を丸くした。
「ほ、ほら、ミコトさんはもう寝るのだろう?」
オルバは慌てて間に入る。
「あ、そうでした! おやすみなさい」
2人の時間の邪魔をしてはいけない。
ミコトはペコリと頭を下げると、リタの部屋に入っていった。
ミコトを見送った後、リタとオルバは顔を見合わせて、溜息をついた。
「まさか、一緒に住んでないとはね…」
リタは、淹れ直したお茶を飲みながら、息をついた。
エラルダ国では、夫婦は同居が基本である。
「ロイ…さんは、国家特別人物だろう? きっといろいろあるんだよ」
オルバもお茶を飲みながら息をついた。
「ロイさんって何よ? ロイでいいのよ。それに、私だって分かってるの。私もレイちゃんも政略的な結婚だったから、そういう事もあり得るって。ただ、昨日も今朝も仲が良さそうだったから…」
目を伏せたリタに、オルバは頷いた。
「そうだな。それに、ロイ…君は、私にミコトさんを頼む時、真剣だったし…」
「そうだ、今朝、セタの部屋でロイと何を話していたの?」
リタは思い出したようにオルバに問う。
「ああ、対戦や魔物討伐で、ミコトさんを発散させてほしいと…」
そこまで言って、オルバはハッとなった。
リタを見ると、口元を両手で押さえて、目を潤ませている。
「は、発散って、やっぱり、ロイは浮気をしていて、ミコトちゃんが不満を抱えているって分かっているのね…! ていうか、対戦や魔物討伐なんて、危ないじゃない! ロイは何を考えているのよ!」
オルバは、浮気はどこから出てきた? と思いながらも「いやいや」と言った。
「ミコトさんはかなり強いんだよ。私が15歳の時より強いよ」
「えっ? そうなの? 騎士団員とは聞いていたけど、ミコトちゃんは事務仕事だって言っていたから…」
リタの騎士団員という言葉に、今度はオルバが驚いた。
「え!? 騎士団員なのか? という事は、養成所を出ているのか…。いや、なるほど、そうか。セタ君もミコトさんの筋力や体力を気にしていたし…」
オルバの言葉に、再びリタが驚く。
「筋力や体力って、そんなの、私とレイちゃんの政略結婚の時と同じじゃない!」
リタの大声に、オルバは、手で落ち着くようにとジェスチャーする。
「オルバ…」
「仕方ない。きっと2人とも納得しているんだよ。私たちが口を挟んではいけないんだ」
リタは、「納得ね…」と呟いた。
「私はそうよ。納得していたし、割り切っていたの。でも、レイちゃんは、レイちゃんは違ったんだと思う…」
「レイちゃんって、ロイ君の母親かい?」
リタは頷く。
「レイちゃんは、グレンさんの事を素敵な人で驚いたって言っていたの。60歳のおじいちゃんを、15歳のレイちゃんがよ? グレンさんが亡くなった時も、レイちゃんは号泣だったわ。悪いけど、私は全く泣けなかった。3回しか会っていないオジサマに泣ける訳ないじゃない?」
リタの言い草に、オルバは苦笑する。
「レイちゃんは、曲芸団の練習ばかりで、他の男性を全く知らなかったのよ。グレンさんは確かに素敵な方だったし? 15歳の何も知らないレイちゃんがグレンさんにコロッといっちゃったとしてもおかしくないでしょう?」
オルバは曖昧に頷く。
「納得なんてものは、結局本人しか分からないのよ。ミコトちゃんだって、納得してるフリかもしれないのよ?」
オルバは再び曖昧に頷く。
リタはガタッと椅子から立ち上がった。
「オルバは明日、非番よね? 明日は、シェナも呼んで、お料理やお菓子を作って女子会をしましょう! ミコトちゃんを孤独にさせちゃいけないわ! 例え何があっても、ここに戻って来れるようにしましょう!」
「ええっ!?」
オルバの驚きを他所に、リタは、レイを孤独に死なせてしまった事を、思い出していた。
ロイの妻であるミコトに、同じ思いをさせる事を、レイは望んでいないはずである。




