1.理不尽な日々
熊崎ミコトが5歳の時、その不幸な事故は起こった。
カナダに住んでいたミコトの叔父一家が交通事故に巻き込まれ、叔父の翔太とその妻のエリザが急逝してしまったのだ。
2人にはミコトと同年の娘のセイラがいた。
セイラは、骨折が多々あったものの、叔父夫婦が庇ったこともあり、生き残ることができた。
翔太はミコトの母である琴子の弟で、熊崎家はセイラを引き取り、彼女を絶対に幸せにすると誓ったのだ。
不幸な事故から5年の月日が経ち、ミコトとセイラは10歳になった。
今日は9月1日、4年生の2学期の始業式である。
「あれ、ミコトちゃん帰らないの?」
始業式とホームルームの後、4年2組の教室で席に座ったままのミコトに、クラスメイトの萌は声をかけた。
「うん、セイラを待ってるの」
「あ、カウンセリング?」
ミコトは頷いた。
セイラには事故の後遺症がある。
事故のトラウマからくる不眠と、車への強い恐怖と右手指の軽いマヒだ。
カウンセリングとリハビリは基本病院で受けているが、学校でも月に一度カウンセリングを受けている。
「セイラちゃん、朝、6年生に絡まれてたね」
萌はミコトの前の席の椅子をくるりとミコトに向けて座った。
どうやら一緒にセイラを待っていてくれるようだ。
「うん…」
セイラはハーフということもあるが、とにかく目立つ。
ハニーブロンドのふわふわの髪にアッシュグリーンの大きな瞳、透き通る様な白い肌に隣に並んだら公開処刑かと思うほどの小顔。
そう、セイラは超美少女なのである。
そのため、セイラに気に入られたい男子とそれに嫉妬する女子に本当によく絡まれる。
「セイラちゃん、結構キツめに言い返すから…」
萌の言いたいことはわかるが、セイラはあまり日本語が上手くないため、直接的な言い方をしてしまうだけなのだ。
でもセイラのことを何も知らずに外見だけで勝手に好意を寄せてきて、断ったら怒りをぶつけてくるとか、あまりにも酷いとミコトは思う。
ミコトの反応がイマイチなのを察したのか、そうだ、とばかりに萌はランドセルから1冊の本を取り出した。
「私ね、今この漫画にどハマりしていて! ミコトちゃんもどう?」
漫画のタイトルには「異世界転生して大魔法使い兼聖女になって世界を救ったら完璧イケメン王子に溺愛されました!」と書いてある。
「すごい! 盛りだくさんだね!」
ミコトは、ぶはっと笑ってしまった。
「あー、私も魔法とかある異世界に転生して聖女になってチヤホヤされて、イケメン完璧王子と結婚したいわー。ミコトちゃんもそう思わない? 現実なんて嫌なことばかりだし!」
「んー、私はどうせ転生するなら、男になってめっちゃ鍛えて強くなりたいかも」
ミコトは漫画のページをパラパラとめくりながら答えた。
「ミコトちゃんらしい! でも今でも十分強いよね」
萌の言う通り、ミコトはまあまあ強い。
ミコトの父は185センチ100キロの体躯を持つ多種格闘技を極めた熊崎大吾で、ミコトは小さい頃から父に格闘技を学んでいる。
本当はセイラに絡んでくる男子も女子も、コテンパンにやっつけられるくらいには強いのだ。
でも、実際にコテンパンにしてしまったら大問題になってしまう。
「なんて言うか、パパみたいに、もういるだけで嫌な相手が逃げ出してほしいんだよね。だから、ムキムキの大男になりたいんだ」
「えー、ムキムキ大男なんて、ミコトちゃん、かわいいのにもったいないよ」
ミコトの外見は至って普通である。
格闘しやすい様にショートカットにしているせいか、男の子に間違えられることもあるくらいだ。
「萌ちゃん、お世辞はいいんだよ。今朝なんてセイラに絡んできた男子をとめようとしたら、そいつにゴリラブスって言われたしね」
「はあ? 何それ! ひどい!」
萌はバンと机を叩いた。
本気で怒ってくれているようだ。
「セイラもすごく怒ってね、そいつに『死ね』って言ってたよ」
まあ、それで騒ぎが大きくなったんだけどね…という言葉をミコトは飲み込んだ。
「さすがセイラちゃん! もっと言ってもいいくらいだよ!」
ミコトと萌は、今朝の思い出すとイラッとする騒動の話はとりあえずやめて、異世界転生したら何する?という話に花を咲かせた。
萌は「美少女(これは絶対)になってチート能力で魔法を使って世界を救い(ここは聖女でもいい)、イケメン王子に見初められて溺愛されるが、王妃の仕事は面倒なのでスローライフを送る」で、ミコトは「筋肉ムキムキの割とイケメン男子になって聖女?と国を守って爵位?をもらう」ということに落ち着いた。
そんな話をしていたら、カウンセリングを終えたセイラが教室に戻ってきた。
「セイラちゃんなら、転生じゃなくて、転移でも聖女やれそうだね」
萌はミコトにポソっと呟き、ミコトは「確かに!」と笑った。
ミコトは、家が反対方向の萌にバイバイを言い、セイラと帰路についたのだった。
ーー今日はとても運が悪い日だったらしい。
ミコトとセイラは帰りの通学路を早足で30歳くらいのスーツの男性から逃げていた。
「君なら絶対にトップになれるよ! 一度ご両親とお話しさせてもらえないかな?」
どうやら芸能事務所のスカウトらしいが、すでに先程「興味ありません」とセイラがキッパリハッキリ断ったのに、名刺を差し出しながらずっとついてくるのだ。
「ちょっと、無視しないでよ。話を少しでいいからきいてよ!」
相手が話をきかないのなら、こちらも話をきく必要はない、がセイラの信念である。
歩くペースを落とすことなく、男を無視し続ける。
が、このままだと家に着いてしまい家の場所がバレてしまう。
「パパの道場に向かわない?」
ミコトは歩きながらコソッとセイラに耳打ちをした。
セイラはこくっと頷く。
「ちょっと待てって言ってるだろう!」
その様子が男への悪口の内緒話に見えたのだろうか。
男は急に怒った様な口調になり、セイラの肩をガッとつかんだ。
「触らないでっ!!」
ミコトは持ち前の反射神経と格闘技で男の手をバシッと手刀でふりほどいた。
「痛えっ!」
いつも鍛えているミコトの手刀は男にはかなり痛かったようだ。
反対の手に持っていた名刺をハラリと地面に落として手刀された手をさすった。
「な、なんて暴力的な子なんだ! 君には関係ないだろう! この子と話をしているんだ!」
「お前とする話なんか一つもない。一番関係ないのはお前なんだよ! クソオヤジ!」
セイラは男を睨みつけて強い口調で言った。
「なっ…!?」
男が驚くのも無理はない。
こんなお人形のような美少女が、この口調なのだから。
だが、男は、想像の斜め上の反応をしたのだった。
「す、素晴らしいっ! その汚いものを見る様な視線! 蔑んだ口調! 理想的だ!!」
え、ええ〜〜!?
「ウチに来てもらえるならこのクソオヤジはなんでもするから、だから…!」
もう自分でクソオヤジって言っちゃってるし。
なんか跪いちゃってるし。
さすがのセイラもかなり引いている。
というか、これはもう…!
ミコトは何のためらいもなく、ランドセルに付けてある防犯ブザーのピンを引っ張った。
ビービービー!
辺りにけたたましい音が鳴り響く。
断言してもいい。
小学生女子に防犯ブザーを鳴らされて動じない男性はいない!
自称クソオヤジはチッと舌打ちした後、ミコトを睨みつけた。
「この、クソブスがっ!」
男は落とした名刺もそのままに駆け足でその場から去って行った。
本日二度目のブスか…。
ミコトは、はぁーっと深い溜息をついた。
民家が数軒しかない通学路だったが、50代くらいの女性が2人、家から出てきてミコトとセイラに声をかけた。
「大丈夫? 何かあったの?」
防犯ブザーが誤作動やイタズラで鳴ることはよくある。
ミコトはそんな感じで説明しようとすると、隣でセイラはシクシクと泣き出した。
「うっ、変態のオジサンに追いかけられて、ひっく、肩とか掴まれて、ぐすっ、ウチにおいでデュフフって、うぇっ、怖かったよ〜」
え、ええ〜〜っ!?(本日二度目)
いや、でも、全部あってるな?
デュフフ以外。
「何てこと! すぐ警察に通報しましょう!」
このままだと大事になってしまう。
「ちょっと、セイラ…!」
「これでいいの」
セイラは涙なんて一滴も出ていないアッシュグリーンの瞳で真っ直ぐミコトを見た。
「ミコちゃんに酷いこと言う奴は許さない。一生刑務所にいればいいの」
「セイラ…」
ミコトはセイラをギュッと抱きしめた。
本当はブスと言われてとても傷ついていた。
セイラに近づきたくて、いつもそばにいるミコトを邪魔に思う人は、大体ミコトをブス呼ばわりしてくる。
ミコトは自分を可愛いと思ったことはないが、こうも言われるとかなりのブスなのではと思う時がある。
思えば、セイラが相手を責める時、相手は必ずミコトに悪口を言った人だった。
セイラは口調が生意気と言われようが、気にせず、ミコトを守ろうとしているのだ。
強くなりたい。
セイラを理不尽なことから守れるくらい、強くなりたい。




