第08章 世界に公開
この物語は、我々の世界とよく似た、別の世界の話である。
<< 宇宙農耕モデルと文明進化の二極性に関する一考察 >>
タツヤとハルがまとめ上げた宇宙文明論の小論文は、
ある学術誌を通じて世界に公開された。
題名こそ学術的で穏当なものだったが、
その内容は常識を覆すには十分すぎるほどの衝撃を孕んでいた。
研究者仲間は驚き、学界は騒然とし、一般メディアは案の定、
刺激的な部分だけを切り取り、人々に「不安と怒り」
を最速で届ける役割を果たした。
メディアが報じた要点
彼らが取り上げたのは論文の本質ではない。
編集部が選んだのは、恐怖と炎上を誘う文脈だった。
細菌と人間は同じ。生命はすべて本能で生きている。
宇宙には無数の他種族が存在し、我々と同じように頂点を目指している。
宇宙には、姿なき管理者が存在する可能性がある。
太陽系を出れば、生命としての試練が待ち受ける。
この銀河には、文明を喰らう悪魔が潜む。
人間はたまたま育った種にすぎず、蒔かれ、刈られる存在だ。
未来はディストピアになるかもしれない。
これらの文言は、単純化され、煽られ、歪められ、
SNSに投下された瞬間から地球全体の炎上燃料となった。
世論の反応
人々のコメントは、論文の科学的内容とは無関係のものばかりだった。
「神を冒涜する異端者だ」
「戯れ言を言うイカれた学者」
「世界に不安を撒き散らす反逆者」
「人間の尊厳を踏みにじる独裁思想だ」
「生命の本質が同じ? 細菌と同列に扱うな」
「我々は動物ではない。知性と道徳を持った高度生命体だ」
「人類こそ優良種だ。他種族など導いてやればよい」
「種? それはお前だ。とびっきり悪い種だ。今すぐ刈り取られてしまえ」
怒り、恐怖、侮蔑、優越感 感情の濁流だけがネットを往復した。
論文を実際に読み、理解しようとする者は極わずかだった。
論文の核心を理解した少数派
だが、すべてが無知と暴力で塗りつぶされたわけではない。
冷静に読み解いた者は、論文の本質を見抜いていた。
・人類はまだ宇宙に出る準備ができていないという警告であることを。
・進化とは、倫理と本能の衝突を乗り越える試練であることを。
・銀河の外では、人類の価値観が通じない世界が続くという現実を。
彼らは静かに囁きあった。
「太陽系を離れる時、地球は本当に文明と呼べる状態なのだろうか?」
「我々はまだ子供なのではないか?」
「もし本当に銀河の農園が存在するなら、
人類は種として選ばれる側なのか、それとも選ばれない側なのか?」
そして、タツヤとハルは
世間の喧騒の中、彼らは静かだった。
論文を発表する前から、この反応が起きることを予想していた。
だがそれでも、書かねばならなかったのだ。
宇宙へ踏み出す前の、人類への最後の質問として。
だが、彼らは知らなかった、この論文が宇宙の禁忌に触れたことを。
監視者は、これを宇宙へ伝えた。
「地球は、気づいた。危険が迫る、応援を求む。」




