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シャボン玉が壊せなかったもの

作者: tom_eny
掲載日:2025/10/22

シャボン玉が壊せなかったもの


I. 夢の遺志と背徳の契約


ハルトの人生は、祖父の遺した一枚の設計図で一変した。それは、**まるで触れれば弾けてしまうのではないかと危うい、**おとぎ話のお城――「夢見ヶ丘のシャボン玉城」の設計図だ。


ハルトにとって、それは単なる遺言ではない。幼い頃に祖父の書斎で起こした小さなシャボン玉の泡が弾けるような事故が、建設予定地の公的な承認を頓挫させた過去を抱えていた。「この城を建てることで、法と大義、どちらが勝つのか。そして、祖父の夢を壊した俺自身の人生を贖う」。それが、ハルトの秘めた誓いだった。


合法的な手続きは、資金と法規制の壁によって瞬く間に閉ざされた。ハルトは、一級建築士の友人、ケンジに協力を求めた。


「お前は命の恩人の夢を、このまま見殺しにするのか?」


ハルトの言葉は、ケンジの人生の根幹を抉った。ケンジは、長く、深く息を吐いた。恩義を優先する「人としての義」を選んだケンジは、キャリアを賭けた。


「いいか、ハルト。法は無視するが、安全性だけは完璧に保証する。現行の法規で要求される耐震性や防火性を上回る。人の命を危険に晒すことは、俺の建築士としての最後の矜持だ」


二人は夜な夜な、秘密の建設に励んだ。夜明け前、3Dプリンターが放つ青白いレーザー光が山肌を滑る。冷たい樹脂の独特の臭いが夜の湿った空気と混じった。ケンジの設計図の片隅には、「イタズラ装置」とだけ書かれた、機構が密かに組み込まれていた。


II. 活性化の「芽」と古い利権の反撃


城が完成。その光沢のある白い尖塔は、朝の光を浴びて真珠のように鈍く輝いた。SNSで瞬く間に拡散され、観光客が殺到し始めた。商店街では、揚げたてコロッケの香ばしい匂いが漂い、笑い声が久々に乾いた石畳に響き渡る。地域活性化の「芽」が、まるで春の陽だまりのように町を包み始めた。


だが、その芽を摘もうとする影があった。


地元の既得権益者たちは「公正な競争秩序の維持」を盾に行政に圧力をかけた。行政は、増え始めた税収を失うリスクを承知の上で、「法秩序の維持」を大義名分に行政代執行(強制解体)を決定する。それは、ハルトが知る醜い現実だった。


決定が下された日、山には重い霧が立ち込めた。ハルトは城の屋根に立ち、ただ無言で、遠くの街の灯りを眺めていた。彼は、来るべき戦いの沈黙を感じていた。


執行前日、ハルトは城を地元の子供たちに無料開放した。子供たちは、幼い頃のハルトが祖父と遊んだのと全く同じ、シャボン玉とスポンジボールで無邪気に戯れた。子供たちの笑顔を見たハルトは確信した。「もう、祖父の遺志は叶ったんだ」


III. 最終攻防:シャボン玉の勝利


翌朝。城の門前には、警察に護衛された市の職員と冷徹な解体重機が展開した。解体命令を読み上げる市の職員の乾いた声は、山に張り詰めた静寂の中で無機質に響く。重機のディーゼルエンジンが唸る低い振動が響く。


重機が門に迫った、その瞬間。


ハルトは城壁の上から、子供たちの後ろ姿を見た。彼は深く頷いた。


次の瞬間、ハルトと子供たちの**「いたずら防衛隊」**が作動した。


城から噴き出した大量の泡が、巨大な雪崩のように門前を飲み込む。レモンのような甘く人工的な香りが辺りを満たし、職員の顔に触れた泡は、太陽光を受けて**虹色にきらめき、すぐに消える。**オペレーターの視界はゼロに。


次に、門前の地面が開き、職員数名がスポンジボールが敷き詰められた落とし穴へ落下!落下した職員たちは、フカフカとしたスポンジの柔らかい衝撃に包まれる。落とし穴の底からは、もがくたびに**「キュッ、キュッ」**という間の抜けた音が響き渡る。


マスコミは、「冷徹な重機 vs. 子供たちのシャボン玉」というコミカルで皮肉な映像を全国に報道。「新しい希望の芽を、古い利権のために摘むな!」という世論が沸騰した。子供たちの純粋な夢と笑顔が、大人の醜い現実に打ち勝つという真実が、世に知らしめられたのだ。


市長は、政治的な敗北を認め、解体執行の無期限停止を決定した。


IV. 夢の結実と清々しい終幕


解体は回避された。ハルトは城の窓から子供たちの歓声を聞き、深い満足感を覚えた。


彼は、解体中止の直後、行政に究極の取引を申し出た。


「この城の所有権を市に無償で譲渡します。その代わり、城を絶対に解体しないこと、そして地域の子供たちのための公益施設として永続的に運用することを、公式に約束してください」


ハルトはケンジに語った。「俺が所有し続ければ、必ずまた利権の標的になる。城を救うための最後の**『大義の違法』**だ」。


ハルトの提案に、市の代表は一瞬、顔色を変えた。彼はハルトと目を合わせ、長い沈黙の後、ゆっくりと頷いた。


市は、解体費用と世論の非難を回避し、地域活性化の核を無償で手に入れるという条件を即座に受諾した。違法建築を巡る罰則や法的な詳細は、この崇高な寄付によって、静かに解消へと向かった。


ハルトは、重く冷たい金属の感触が残る鍵を、満ち足りた笑顔で市の代表に渡した。その瞬間、城の白い尖塔が、まるで幼い頃に壊した窓から差し込んだ、あの日の光のようにきらめいた。贖罪は完了したのだ。


ケンジは、「人道的な特例措置」のもと、城の安全性を正規の基準に改修する名誉ある任務を担った。城の正面には、彼が設置した**「この建物は、正規の基準を満たした公益施設です」と記された真鍮のプレートが、誇り高く輝いた。彼の技術は、『大義の違法』を可能にした唯一無二の建築士**として、業界内で密かに語り継がれるだろう。


城の門前には、かつての重機の代わりに、**「スポンジボールの落とし穴にご注意」**というコミカルな看板が立っている。


ハルトは、城の窓から子供たちの歓声が遥かに軽やかで、澄んだ音色に変わったことを確認した。彼は所有権を手放し、名誉城主の委託を丁重に辞退した。


そして、踵を返し、城に背を向けた。


この城は、法を破って建てられ、子供たちのいたずらで守られた。正規のプレートは、その違法性を静かに打ち消している。だが、人々は知っている。


本当に町を救ったのは、どちらの『正義』だったのだろうか?


ハルトは、次の夢を探すように、風の吹く山道を一人、降りていった。その道の先、シャボン玉の砦は、夕陽を受けて七色の光を放っていた。


夢は、この町に、永遠に残り続けたのだ。

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