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透明な転生少女  作者: 森の手
第一章

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国宝

 馬車は走り続け、夕方にノバウルという町に着いた。

 ネフェは徽章をトランシーバーのように使って、先の襲撃をどこかに報告しているようだった。

 御者台のシュアとたまに言葉を交わしながら街道を進み続けた。


 ネフェは口数こそ少ないが、話せば丁寧に答えてくれた。

 野生の獣としての本能を一切失わず、人間社会で生きる教養を身に着けたゴリラ。そんな印象だ。

 ともするとシュアの方が姉のような話しぶりになってしまいそうだから、抑えながら話を聞きだす。

 それによると彼女は今年三十歳で、元は平民の出ということだった。

 それが王宮に住み、今は女王直属騎士ということだから大出世だろう。


***


 宿の繋ぎ場に馬を任せ、起きてきたロイエが世話人に簡単な指図をする。

 ノバウルは湧水大河が分岐した小川沿いにある街で、それを利用しての共同浴場もあるそうだ。

 フルーロードに近いせいか、交易品を都市部に運ぶ業者や、反対に神国への輸出品を港に運ぶ者も多い。

 旅客用の施設も用意されていて、にぎわっている。



「私をさらった人たちに見つかったりしませんか?」


 目についた居酒屋の屋外のテーブルで夕食を取りながらシュアが尋ねる。

 ステーキをほお張りながらロイエが答える。


「来ても問題はない。もう奇襲もさせない。私が守る」


 まあ確かに。くれば瞬間移動すればいいだけの話だ。

 話は終わりというようにロイエはネフェを見る。


「肉続きだったので、魚にしとけばよかったですね」


「ああ。だが敵はあいつらだけとも限らない。そこだけ気を付けておけ。よし、魚を食おう」


 三皿分の焼き魚が頼まれた。


 街路に煌々と魔法の明かりが灯る。近くの雑貨屋でコップや歯ブラシや着替えといったシュアの身の回り品を買い、宿屋の風呂に入った。

 客はシュアたち以外誰もないようだ。風呂場も貸し切りだった。女性の数も少ないということもあるが、もしかしたら貸切ったのかもしれない。


 翌早朝に出発。買い出しをしたので、朝食も馬車の中で食べるようだ。

 繋ぎ場に行くと馬車が昨日と違っている。馬もだ。

 中の荷物はすでに移されてあった。


 今日は島を南北に流れる湧水大河まで行き、そこの大橋手前の街に泊まるらしい。

 相変わらずシュアはネフェの膝の上だ。三人分の朝食を作ったあと、ロイエは馬車の中で眠っている。昨日も寝ずに番をしていたとのこと。


「そういえば、ロイエさんのあっという間に移動する魔法はなんなんですか?


 それがあれば、こんな旅しなくてもいいし、もっとやりようがあっただろうから。


「あれは雷光という国宝だ。女王、王女の騎士にのみ使用が許される。雷光は離れた場所を行き来できる。ロイエはまだ十全に使いこなせてはいないがな」


 訥々とそう答える。

 思えばこんなにまともに一人の人としゃべるのはかなり久しぶりかも知れない。


「国宝ってなんです?」


 質問も躊躇がなくなっていた。どうもネフェとは気が合うようだ。一方的にシュアが気を許しているというだけかもしれないが。


「どうやって魔具ができるか知っているか?」


 首を横に振る。


「魔法使いと呼ばれる、生まれたときから魔法を宿して生まれてくる者がいるんだ。そしてそいつらには外見上魔力はない」


 えっと思ったが、ネフェは話を続ける。


「魔力を使うことはできないが、魔法を作ることができる」


「私もそうなんですか?」


「いや、お前はそれとも違うようだな」


 まあ、確かに。そうだとしたらまた違う対応になっていただろうし。

 ネフェは続ける。


「魔具は、その魔法使いが魔石や道具に魔法を閉じ込めた物だ」


 こういう奴だと言って、ネフェは左手の甲をシュアの顔の前に見せる。

 四本の指の甲側にそれぞれ宝石が一つついたフラットなリングがはめられている。色は、青、緑、青、赤。

 一つを取って赤い宝石の指輪を見せてもらう。石は凹凸がないようきれいに埋め込まれ、リングの裏からも見られるようになっている。


「この宝石にそれぞれ魔法使いの術式が込められている。単純に自分の魔力を火や水に変えるもの、単一の魔法術式だけを閉じ込められている物なんかもある」


 透明の女もこんなものをしていたなとシュアは思う。


「じゃあ透明になる魔法も?」


「ああ」


「つまり、その魔具の流通経路で、ある程度誰が持っているか特定できるってことですか?」


「そうとも言えるがそうでないとも言える。透明になる魔法を作れる魔法使いなんていないからだ」


「じゃあどうしてあるんです?」


「あの力はロイエの雷光と同じ十一貴族が持つ国宝だ。だがもちろん、国宝『虚空』が盗まれた話はない。だからおそらくは、株分けの魔具だろう」


「株分け?」


「魔法を作れる魔法石がある。その力を使えば、我々でも魔法を生み出すことができる。国宝はすべてそれができる。

 十一貴族は褒美や貢物で、国宝をいくつも株分けしているからな。そのうちの一つを手に入れたんだろう」


 などと、後半からはシュアにではなく独り言のようになっている。


「国宝というのは、魔命石と呼ばれるものだ」


「まみょうせき、ですか」


「魔法使いは魔法を作って魔石や魔法陣なんかに閉じ込めるが、魔命石は魔法使いの命そのものを石に閉じ込める」


「はあ」


「すると、魔法使いの術式そのものを使える石ができる。そして国宝というのは、十一貴族の命を封じた魔命石をそう呼ぶ」


 それは確かに国宝だ。即身仏とか聖遺物みたいなものだろう。


「盗まれたら大変ですね」


 それを今ロイエみたいな子供が持っているというのだから、かなりデンジャーな気がする。


「他の国宝ならそうかもな。雷光は自分が危険になったらそれ自体で王宮に戻ってこられる。まあそれはそれで別に問題も起きるんだが」


「まるで生きているみたいですね」


「ああ。魔命石は生きている。そして自ら使う者を選ぶ。


 本当に生きているらしい。


 その日も特に変わったことはなく、夕方より少し早く目的の街についた。

 この調子で街から街へ移動し、三日後に王都ということになる。


 翌日は湧水大河大橋を越えた。大橋というだけあって、橋脚を五本渡した巨大な建造物だ。ここを越えるとランディア領に入ることになる。


「大河は初めてか?」


 やはり今日もシュアはネフェの膝の上にいる。


「ほんとうにこれを前代巫女様が作られたのですか?」


 今渡っている橋の話ではない。大河それ自体のことを言っている。

 前代巫女リティカ・エンベリスは大量の水が無限に湧き続ける巨大な湖を作ったとされている。

 同時に土を生み出し、それを操作しながら灌漑工事をし、島の南北へ大河を通したということだ。


「ああ。湧水湖の底にはリティカ様自らが術式を吹き込まれた魔法石がある。それが王魔石だ」


 ネフェが当たりまえみたいにそう言うと真実味が増す。

 話では彼女は計六つの王魔石を生み出し、王国に豊穣をもたらした。嘘みたいな話だ。


「我々には計り知れない巨大な力だよ」


 ネフェの声には自然な畏敬がある。それだけで巫女の偉大さを感じられた。


「今朝王宮から連絡があったんだが、まだあの二人組は見つからないらしい」


 やはりあの透明で逃げたのだろうとシュアは想像する。


「だが我々と会うまでの行動は少しずつ分かってきた」


「何かあったのですか?」


「あいつらはいきなりノバウルに現れて貸馬を借り、荷馬車を買って大量の木箱を積んで街を出たそうだ。それ以前の目撃はない。名前も偽名、身分証もな」


「それまでの行動が分からないってことですか」


「国宝の株分けクラスの魔具を所持していた。おまけに行方も知らないという。それも合わせるとな」


 そこまで言ってネフェは口を閉ざす。

 何か知っているようだがシュアには不要と判断したのだろう。


「また襲ってきますか?」


「たぶんないな。男の方は死んでいてもおかしくない。それに向こうは目的を果たした。不覚にもな」


 強い悔恨の感情が伝わってくる。


「私が王家の血を引いた者かどうかの確認がその目的だったのですか?」


「それだけだったら話は単純だが、まあいい。おそらくだが、もう突っ込んでは来ないだろうというのが私とロイエの見立てだ」


 安心して旅ができるということか。


「だから、今すぐ王宮へお前を送ることにした」


 なんで?


「あれで目的を達成していた場合の向こうの出方が分からないからだ。我々が居ない王宮で面倒が起こることだってある」


「……馬車、飛ばすんですか?」


 街道は少しずつ混み始めていた。首都に行くほどに馬車の速度は下がっていく。


「いや、次の街へ行ったら一気に『飛ぶ』つもりだ。だが一つ問題があって、ロイエの奴がそれを許してくれるかだな」


 つまり、その作戦にはロイエの反対が予想されるらしい。


***


「私は反対ですよ」


「だが、お前な」


 その日の昼食の時だった。街道を逸れ、草の生い茂る堤防で大河を見ながらスープやサンドイッチを食べているとき、ネフェが旅程を省略すると切り出した。

 それに反応してロイエがそう言った。


「どうせ師匠がやるって言うんでしょ。今の『雷光』は私です。飛ぶんなら私がやります」


 つまり、ロイエが持つ国宝をネフェが使って王宮まで飛ぶというのが彼女の考えらしい。

 だがロイエはそれは自分の仕事だと言っている。


「お前がやると死んでしまう」


 諭すようにネフェが言う。強引に自分の考えを通そうとしないのは、ロイエの言うことも分かるからだろう。


「それでも、です」


 対するロイエもネフェの言うことを分かっている。

 シュアにもその気持ちはわかる。任された仕事を先輩に代わられるのはやはり屈辱だ。


「わかった。ただし行くのはお前とシュアだけだ」


「師匠」


「お前の力量は分かっている。それにお前の本来の目的はシュアの護衛だ。王宮に着いたはいいが、使い物にならなくなるのは困る」


「……わかりました」


 そう言い切った表情には迷いはない。言いたいことはあるが、自分の実力不足が招いたことだということは分かっているようだ。


 ということで、次の街に着いたとき、シュアは王宮に『飛ぶ』ことが決定した。

 息を詰めてやり取りを聞いていたが、そう言えば自分のことで争っていたのだ。

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