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透明な転生少女  作者: 森の手
第一章

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二人の刺客

 ネフェの視界の先に男が現れる。

 みなぎる魔力の桁が違う。

 おそらく魔力増幅の魔法石だ。鉱山用でも軍用品でもあそこまでの出力はない。

 女の透明化の魔法石といい、どこでも手に入るようなものではない。


「悪いがこれが切り札だ」


「ああ」


 短くそう答える。回復を待っていてくれた礼のようにも聞こえたが、やり過ごす。

 アストの下半身の魔力が一瞬膨れあがる。それは見る者によっては、物語に聞く巨大な魔獣や竜との対峙を思わせるだろう。

 だがネフェからすれば、魔力で行動が読めるだけだ。闘気にまで練成されていない未熟な力。力を扱いきれていない証拠だ。


 強烈な地面への踏み込みとともに、先ほどの突進よりさらに速く、滑落するようにネフェ目掛けて突っ込んでくる。

 アストは再び剣を振り下ろす。刀身がネフェの硬質化した魔力に触れても、その勢いは止まらない。


 これだ。やはり斬っている。


 ネフェの魔力の守りは層状である。鉄壁の外殻の下には、衝撃吸収の弾性のある魔力がある。

 たいていの魔鉱の剣なら傷つける程度。力量のある剣士なら先に剣の方がだめになる。

 だがあっさり斬り開かれた。今のところ斬撃への対抗策はない。

 魔鉱の力もあるが、魔力が特別らしい。斬ることに特化している。

 だったら衝撃吸収層の下にある魔力層を獣の皮のような物性に変えてはとも思うが、この剣勢だ。並みの防御は紙同然だろう。

 それにネフェが対策として一番強化したのは自身の目である。


 男の突きを手前まで引き付けて見極め、半身を入れ替えつつかわし左拳を放つ。

 今度は折れた肋骨が肺に突き刺さるような角度で。

 ズズズとぎこちなく、でも素早く男の魔力が動く。強化した右腕でネフェの左拳を受ける。

 同じ手は食わないようだ。相手も目の感度を上げている。魔力操作はお粗末だがガードは固い。

 後ろに吹っ飛んだだけで無傷である。

 アストは飛ばされなら左手をネフェに向ける。指輪の魔法石が光る。

 何もない場所から爆発が起こる。

 ネフェの魔力でも熱は防げない。

 魔力防壁の一部を水の壁に変え、その熱を受ける。


 だがその一瞬の目くらましで、目の前のアストが消え、すぐ近くに別な人物がいる。

 フードで顔を隠し、小柄だという以外わからない。

 おそらくはシュアが言っていた透明の女。一瞬見ただけでも華奢だということが分かる。

 右手をネフェに向けている。

 アストはいない。魔力反応も。彼女に代わって透明になっているとみていいだろう。


 シュアの手柄だ。

 ネフェは感知の魔法を発動し続けていた。

 透明の女性がいるという事前情報があったから奇襲に備え、生まれた魔力の変化を見逃さなかった。


 女が放とうとしている魔法も気になる。ただ、本命がアストであるなら、上空に生まれた熱の塊みたいな殺気の対処が優先だ。


 女が魔法を放つ。強い光だ。

 目くらましか爆発系と判断し、魔力の一部を水に変える。光には対処しない。

 爆発音。女が放った魔法だろう。だが音が小さい。

 高速の何かがネフェの頭をはじく。

 痛みはない。魔力でガードできた。知らない貫通するような魔法だ。

 だが見えないアストの気配を見失った。


 一瞬の恐怖。


 ネフェの顔に不意に笑みがこぼれる。


「フハっ」


***


 ネフェに自分の気配がとらえられていることは知っていた

 しかし、アストはそれでよいと判断した。無傷で勝つつもりはない。相打ちにできれば。


 そのとき、ディファが閃光の魔法ともに自作の魔道具を放つ。

 それがネフェの動きを止める。


 やれる。


 アストがそう確信した瞬間、ネフェの姿が消え、目の前にいた。

 筋肉を使った動きではない。これは魔力増幅の動きだ。ただ自分とはまるで違っている。

 魔力が溢れるなんて一切ない。石が落ちても波紋一つ立たない水面のような、精確無比に統御された魔力。

 目が合った。

 向こうは見えていないはずだが、限りなく邪悪な本性がのぞけている。

 恐怖が皮膚の上を走ったのを感じた。だがさらにその刹那、アストは反射的に魔石の全出力を開放する。

 魔力七倍。使えば反動で本人はしばらく身体の生理機能をつかさどる魔力をも使えなくなる。下手をすると死ぬ。魔石も壊れる。

 切り札中の切り札。

 天へと抜ける魔力。星々さえもつかまえられそうな自由感。ただ、まったく強くなった気がしない。


「フハハハハハ!!!」


 ネフェが悪魔の顔のまま笑っている。

 とっさに剣を振り下ろす。しかしタイミングが合わない。


***


 ネフェの右肩に強い痛み。まっすぐ剣が振り下ろされていた。

 一太刀。過去、こんなことをした者は王宮内にはいない。


 真剣勝負とはいいものだ。


 だが剣には力がない。肉を軽く切っただけだ。

 すでに彼女の左拳は、相手の胴をとらえている。

 撃ち抜く。

 右肩に食い込んでいた刃は消えていた。


 アストが再び森へ突っ込んでいく。いくつか木々が倒され、遠くで休んでいた鳥の群れが羽ばたいていく。


 ネフェの近くにいた女の姿は忽然と消えていた。思えば、飛んでいくアストの姿は見えていた。目くらましで透明を交換したのか。

 透明化は一人だけしかできないらしい。

 女は近くにいるかもしれないが、ネフェは肩の傷を治しながらアストの方へ走る。

 本能的に一瞬本気になってしまった。

 相当な準備をして挑んできた強敵だった。

 自然足取りは慎重になる。

 それが二人だけとも限らない。


 木々がなぎ倒された森の中に二人の姿は見当たらない。

 おそらく逃げられた。

 向こうはその用意もしてあったのだろう。

 ネフェは馬車の残骸がある場所へと戻る。

 ロイエの迎えを待つほかない。


***


 粉砕された馬車の近くにネフェはいた。

 だがなにか様子が変だとロイエは思う。

 敵がいない。事前の話では捕まえる予定だったが力余って粉々にしたのだろうか?


 異変はそれだけではない。

 ネフェのコートの右肩が破けている。

 刃物によるものだ。本来の騎士の制服ならそんなことはなかっただろうが、問題はそこではない。


 斬られた?


 目でとらえることも難しい一撃致命傷の攻撃の嵐を抜け、さらにあの生き物みたいに変化する物性の魔力の防御を破って?


「敵には逃げられた。それについてはすでに報告してある」


 え、逃げた?


 正直教えてほしい。師匠に傷を与え、その追跡から逃げおおせるやり口を。

 十一貴族が持つ国宝の魔力石をいくつか持っていたならできるかもしれない。それくらいしか思い浮かばない。


「任務に戻る。話はそれからだ」


「はい」


 ネフェは一度ロイエの前にいるシュアの無事を確認し、無意識にうなづいている。

 ロイエがそれを合図ととらえ魔法を発動する。

 三人は彼らの馬車の中にいた。

 そのままネフェは、シュアに誘拐されたときの状況を尋ねる。

 ロイエは魔法で鍋を温めお茶の用意をし始める。


 まだ混乱していたが、透明の少女のこと、自分の身体が少し傷つけられたり、髪の毛を一本抜かれたことなどを話した。

 なんとなくそういう細かい『ほうれんそう』は大事だと思ったから。社会人の経験として。

 二人はうなづきあっただけだ。


「シュア、お前の言葉に助けられた。あの状況でよく気づいたな」


 ネフェからそう言われ、頭を下げられた。透明人間がいることを伝えたことが役に立ったようだ。


「師匠、私もいいですか」


 シュアがかしこまっていると、ロイエがそう切り出す。


「すいませんでした。私がいながらシュアを危険にさらしました。この不始末の処分は……」


「お前が謝るのはシュアにだ。だがそれについては師匠である私にも非がある」


 そう言って二人そろってシュアに頭を下げる。


「いえ、こちらこそ。お二人に助けられました。ありがとうございました」


 シュアも頭を下げる。


「ロイエ、お前とどっちが年上だか分からんな」


 ネフェの言葉で空気が和む。


「身体は大丈夫かシュア」


 ロイエが尋ねる。


「それは大丈夫です。そういえば、口が開かなくなったのに、いつの間にか話せてます」


「物と物とをくっつける類の魔具だろう。時間が経てば離れる」


 知らず知らず魔法というやつをくらっていたというわけか。

 貴重な経験だがもう二度としたくない。


 ロイエが紅茶が入ったカップをシュアに差し出す。とんでもなく香りがいい。

 飲むと、ホッと胃のあたりが休まるのを感じた。喉がかなり渇いていたと気づいた。


「それにしても、師匠の魔力を斬る、ですか」


「そういう発想はこれまでなかったな」


「報告した方がいいですね」


 ネフェがうなづく。それから自分の紅茶を無言のまま休み休み飲み干し、立ち上がる。


「出発する。報告は私がしておくからロイエ、お前は身体を休めろ」


 シュアが口を開く。


「あの、すいません。ちょっと聞いておきたいんですが」


「ああなんだ」


「どうしてこんなことになっているんです?」


 一応待っていたが、話してくれないようなので自分から切り出すことにした。聞く権利はあるだろう。

 答えたのはネフェだ。

 

「ああそうだな。だがその前にロイエ」


「はい」


「私を殴れ」


「え?」


「さっきはついお前を殴ってしまったが、あれはやはり私の責任だ。それを転嫁したのでは、女王にも仲間たちにも顔向けできない」


 ああ、やっぱりロイエはネフェに殴られたのか。紅茶をすすりながらシュアが思う。


「わかりました」


 こうなったら従った方が面倒がないことはロイエにはわかっている。

 シュアを小脇に抱え、馬車の外に出る。

 ネフェもそれに続く。


「なんで私まで連れてかれるんですか?」


「これでさっきやられたからな。もう油断しない」


 当然のことのようにロイエは答える。

 馬車は、街道の脇に作られた非常停止場所みたいところに止められてあった。他に止まっている馬車はない。


「来い」


 ネフェが腕を組んで大きく足を開き、シュアを抱えたロイエを見据える。


 そのままロイエは無言でネフェの左頬を殴る。鈍い音。ハンドパンチではない。足を大きく開いたのは、身長差をなくすためだろう。

 血の滲んだ唾を吐いて、ネフェは無言でこちらに手を伸ばす。

 その手にロイエはシュアを渡し、自分は馬車に入る。

 ネフェはシュアを御者台まで運び、膝の上に乗せる。そのまま馬車は動き出す。



「王女の騎士の一人が死んだ」


 しばらく走るとそう切り出された。


「シュア、私たちの仕事のことはどこまで?」


 石畳の道路を走る馬車に揺られ、ネフェが尋ねる。


「ロイエさんから女王様とご家族の直属の騎士をしていると」


「そうだ。彼女、ラッグは第五王女ミモザ様直属騎士だった。ロイエより少し下だな。彼女が死んだ。そんな時、お前の噂が王宮に届いた」


「私?」


「魔力のない人間なんていない。いるとしたら王家の血を継ぐ方くらいだ」


 いやな予感がした。

 さらに私は孤児だ。つまり、王族の隠し子かもしれないと思われたというわけか。

 ……街で変な噂になってなきゃいいが。


 だが直属騎士の死と自分のことがどう関係するのだろうか。


「おまけになんだか大人並みに頭が回るという噂もある。敵がお前の身体を傷つけたのもそのためだ。傷がすぐ治るか見たんだ。女王も王女も、そういう体質だ」


「私、あの、」


 なんとなく生まれたときの記憶はある。だがあれは女王ではないだろう。見たことはないけど。


「五年前だろ。臨の儀は終わった。お前が生まれたときには、オーラ様は王宮におられた」


 物理的に不可能というわけか。


「りんのぎ? ってなんですか?」


「ああ、巫女として選ばれた王女が、女王になる前に行う儀式だ。五領に移り住んで、そこの領主との間に一人ずつ子供をもうける」


 何だそのへんな儀式は。とも思うが口には出さない。そういう文化(?)なのだろう。

 シュアが神妙にしているので、話を理解したと見られたらしい。ネフェもそれ以上続けない。


「じゃあどうして私は王宮に向かっているんです?」


 すでに女王の子ではないとはっきりしているのなら。こんなことをしなくたっていいだろう。


「ここに来るまで私にも分からなかったが、今シュアが連れ去られかけたことでオーラ様のお考えの一端は分かった」


「……それは」


「王宮に弓引く存在をあぶり出すためだろうな」


 もごもごと殴られた頬を動かしながら彼女は再び地面に血の唾を吐く。


 つまり、私はやはり餌というわけか。

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