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透明な転生少女  作者: 森の手
第一章

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誘拐

 知らない誰かに小脇に抱えられるのは、本日二度目だ。

 ただこの人物はネフェほど筋力に恵まれていない。


 身長は150センチに届くかというところ。年齢は10代前半から多めに見積もっても半ば。身体から幼さが伝わってくる。

 それでもシュアの身体を軽く抱え、走る馬車から楽々飛び降りてみせた。かなり訓練された身のこなしであることが分かる。

 少女はどこにでも見かけるようなキナリ色の旅装をしている。

 顔は逆さに抱えられているから分からない。


 柵で身を隠す彼女の元に一台の幌馬車が横付けされる。

 少女はシュアを抱えながら柵をひょいと飛び越え、その馬車の後ろに乗り込む。

 馬車にはたくさん木箱が天井まで積まれてある。真ん中にかろうじて通路があり、そこへ押し込まれた。

 それが合図だったように動き出した。再びもと来た街の方へ。

 今度はがたがたと振動がもろに伝わってきた。


 シュアは恐る恐る、横目で女を見た。

 しかしその顔は、目深にかぶったフードとマスクに覆われ分からない。髪の色や目も見ることができない徹底ぶりだ。

 首元や手には宝石のついたアクセサリーが光る。旅装には不釣り合いに目立つが、おそらくは魔石だろう。

 

「どうだ?」


 御者台の方から男の声が飛んでくる。大柄な体躯を想像する。


「大丈夫。敵意さえ向けなければ」


 シュアの背後で少女が落ち着いた声で答える。

 どんな人生を歩んできたのかと思う。

 身にまとう雰囲気は大人だ。男とのやり取りも対等なことを感じさせる。


「そうか」


「少し、急いで」


「揺れるから舌かむなよ」


 男はシュアに言ったらしい。少し遅れてそれに気づく。

 同時に速度が上がったのが分かった。

 がっこん、と車体が跳ねる。石畳の道路を外れたようだ。

 揺れが激しくなる。荒波を小舟が乗りこえるようだ。

 そうしている間に再び馬車が軽く飛ぶ。

 積み荷が宙へ浮き、シュアの頭上へ降ってくる。

 思わず顔をかばうが、落ちてこない。見ると、それは空中でとどまっていた。


「荷が崩れた。もう少し何とかならない?」


 どこからともなく少女の声。独りでに木箱が元に戻っていく。その軽さからして、空箱のようである。


「わるい、コブに気づかなかった」


「気を付けて」


 少女はすぐそばにいる。でも姿は見えない。透明なのだ。さっきもこうして馬車に潜んで誘拐したのだろう。


 だがどうして今姿を消すんだ?


 そんなとき、手首を掴まれた。そのまま強制的に左手が持ち上げられる。


「悪いけど、ちょっと切る」


 透明少女がそう言ったすぐ後、手の甲に焼けるような痛みが走る。

 数センチほど浅く刃物で切られた。切り口からぷっくりと血の球が顔をのぞかせる。


 少女はシュアの手の様子をまじまじと観察しているようだ。それからハンカチを渡される。それは透明ではない。

 シュアが血を拭きとると、傷は消えていた。治っている。つかまれていた手が離され、ハンカチは回収された。


「髪ももらう」


 今度は頭に小さな痛み。

 髪が一本抜かれた。


「あとは何もしない。静かにしてて。そしたら無事に帰してあげる」


 そのままシュアは正面を向かされた。少女も一切しゃべらなくなった。もはや近くにいるのかすらわからない。

 少し自由になったが、周囲を確かめる暇はなかった。上下左右に揺れる馬車に踏ん張って耐えているので、それどころではない。


 何度か飛んだり跳ねたりを繰り返し、だんだんと草のにおいが強くなる。

 それから馬車が茂みを強引に突っ切るようなガサガサとした音が時折。


 狭い道なのか?


 少し暗くなる。肌寒さを感じる。


 森?


「揺れるぞ、気をつけろ」


 男の声。

 言われたのもつかの間、穴にでも落っこちるみたいに一気に馬車が下降し、再び浮き上がった。岩場でも走っているのか?

 荷崩れはしない。少女が守ってくれたのだろう。

 速度は遅くなった。さらに車体の片側だけが大きく傾いたりする。

 とうとうシュアは立ち上がり、木箱が落ちないよう押さえながら馬車から放り出されないように備える。


 十数分くらいか。

 唐突に馬車は止まった。


「ここで大人しくしていて」


 透明な少女が言い、地面に降りたらしい音が聞こえる。


「準備は?」


「よくすぐ追ってこないってわかったな」


 御車台にいた男が答える。


「向こうだって状況確認くらいするでしょ。やばくなったらすぐ助けるから」


「ああ、頼む」


 そのまま二人の会話はなくなり、辺りはシュア一人を残し静まりかえった。


 これは、あれだ。

 私は餌だ。


 耳をすませば木々のざわめき。どこかで枝の折れる音。大きな鳥の数度の鳴き声で、小鳥のお喋りが鎮まる。

 いたって穏やかな山の中だ。だが辺りは緊迫感が増しつつある。


 様子を察するに、ネフェとロイエがいまから来るらしい。二人はそれを迎え撃つつもりでいる。

 だがどうやって馬車のあとを辿れるというのだろう。

 すでにシュアがいないということには気づいているはずだ。

 ロイエはネフェに朝食を渡した後、すぐ馬車に戻っただろう。何か話をしたかもしれないが、それほど時間はかけなかったと思う。寝ると言っていたし。

 でも戻ってみるとシュアはいない。慌てて馬車を止める。周囲を探す、どこにもいない。

 この時点でロストしたと見ていい。


 だが誘拐者の二人に余裕はない。ここまで来るのだって相当急ぎ足だった。

 つまりネフェとロイエは、シュアの居場所を特定できる術を持っていると、そう思っているのだ。

 おそらく魔法だ。

 それならあの少女は姿を消していた意味も分かる。いつ襲われてもいいように備えていた。

 そして準備ができ次第来る。たぶん。


 シュアの背中に誰かが手を置いた。

 振り返るとロイエがしゃべるなというように唇に人差し指を当て、シュアと顔を近づけている。


「どこだここは」


 ロイエがささやく。

 だが、彼女の顔は、

 いや、今それはいい。


「逃げて。姿を消した女がいて」


 一瞬間があって、ロイエは続ける。


「すまない。怖い思いをさせたな。ここは私たちの馬車の中だ」


 言われて周囲を見ると、確かに床はマットだし、料理を作ったあともある。

 だが気になったのはそこではない。


「ロイエさん、その顔」


 彼女の左頬が腫れている。


 殴られた?


「師匠が今奴らと戦ってる。てかもう終わってるだろ。ってことで戻るぞ」


 顔のことには触れず、彼女はそう答える。

 シュアももうそれについてはどうでもいい。


 戻る? またあそこへ?


「いやです」


「もう戻ったぞ」


 二人はいつの間にか外に立っている。

 馬車はない。二人が踏むおびただしい木の残骸がそうなのだろう。


***


 ネフェとロイエが『現れた』場所は、荷物満載の馬車の中だった。

 魔力で身を護る彼女たちが現れると、空箱はひとりでに脇へ崩れ、幌に受け止められる。

 そこにシュアはいた。

 背を向け、恐怖のためか像のように身を固め座っている。ロイエに背中を触れられ、振り返るがその顔に安堵はない。


「逃げて。姿を消した女がいて」


 その瞬間、ネフェの前でロイエとシュアが消えた。


 今逃げろと言ったのか? 私に?

 いや、それはいい。やはり透明だったか。


 旅の間、周囲の警戒はしていた。現時点で最高の感知魔法でである。確かに遠目からの監視の目は常にあった。

 しかしシュアはあっさりさらわれた。

 魔力さえ消せる国宝級の魔法石が使われている可能性が高いと踏んでいたが。

 それを踏まえすでにロイエと話はしてあった。


 ロイエの瞬間移動は体験している者には一瞬だが、実際にはそれなりに時間が経過する。

 使い手によって異なるが、彼女なら十分程度で戻ってくるだろう。

 それまでには片付く。


 ネフェは全身の魔力を衝撃波に変えて拡散。周囲の木箱もろとも馬車を崩壊させる。

 そこは開けた森である。畑にでもするのか、開墾途中といった感じだ。

 視線の先に男が一人。

 ネフェより少し背は高い。長身細身の筋肉質。身長ほどの大剣を右手にだらりと下げ、すでに臨戦態勢のようだ。

 顔は布で隠し、黒い麻の服の上から革の鎧を着こんでいる。

 両手の指に魔法石の指輪が二つずつ。剣は魔鉱石だろう。光り方からして最上級の物か。

 革のベルトの後ろには、ショートソードか何かの魔道具か。


 立ち姿は、ゆるりと立っているが、恐ろしく隙がない。なんとなく若い男と察する。だがそれに似つかわしくない練度が見て取れる。

 すでにすべてに応じられる備えがある。だからこそ、奇襲する機会がありながらああして待ち構えていたのだろう。

 ネフェの記憶に該当する流派の構えにはないものだ。


「武者修行なら相手を選べよ」


 返事はない。あるいは透明女が狙っているのか。


「女王直属騎士、ネフェ・ラファでいいか」


 低い、肚からの自然な声。

 つまり王宮の者とわかっていて仕掛けてきたということか。


「ああ。お前は?」


「アスト。武器を取れ」


「私はこのままでいい。お前たちは『反女王派』か?」


「女王解放戦線と呼べ」


 王宮の者とわかって喧嘩を売るなんて、こんな者くらいしかいないと思っていたが、本当にそうだった。


 女王不要論は根強い。

 五十年前の帝国との戦争で、リュウグウとフルーロード領が支配された。

 向かってくる者は殺され、住民は奴隷にされた。帝国に連れ去られた者も多い。

 そんな折、それまで指揮を執っていた女王が突然議会に政治をゆだね、自らは姿をくらます出来事が起こる。


 表向きには暗殺に備え身を隠したということになっているが、実際はすでに帝国の刺客に襲われ、王女一人を除いて皆命を落としていた。

 ただその唯一の王女が勇者としてアハラ神国に旅立ち、やがて援軍を引き連れ戻ってくるのだが、それまでの十年間、民衆の戦争のはけ口が、自分たちを置いて逃げた女王、および王宮に向けられることになった。


 王国の勝利とともに真相が明かされ、民衆の誤解は解け、勇者ユニの功績は称えられた。

 だが貴族たちの不満は残った。

 王国に神国の介入を許したからだ。

 勇者は神国を統べる精霊王の息子の一人と子供を作っていた。

 精霊王との盟約で、その一子が次期女王となることが決まっていた。

 以降女王の中に神国人の血が入ることになった。


 そのようなことで、女王に対する不満の声が、貴族たちの間で底流している。


「目的はなんだ?」


 一歩、男が踏みこみ、消える。

 すでにネフェの間合いにいた。


「勝負」


「顔くらい見せろ変態野郎」


 男が両手持ちの大剣を引き上げた残像とほぼ同時、分厚い刀身がネフェの頭部に振り下ろされていた。

 だが彼女は全身を魔力の巌と化し、不動のままその刃を迎える。




 そのあとのアストの記憶はない。

 気づいたときには後方に吹き飛ばされ、二本の木をへし折り、三本目に叩きつけられ止まった。


 魔力でガードしていた上から腹を殴られた。


 意識はある。

 戦意も衰えていない。

 立ち上がろうとする。だが立てない。下半身に感覚がない。


「おぉえええええ!!」


 胃の物を盛大にぶちまける。


 落ち着け。剣はまだ持っている。


 言い聞かせながら剣を支えに上半身を起こす。骨も折れていない。たぶん。

 敵は追ってきていないようだ。アストは木の背後に回り、もたれて足を伸ばし座る。

 すぐに魔法で打たれた腹の回復を始める。


「生きてる?」


 すぐそばで少女が姿を現し、彼女もまた回復に回る。

 少女にとっても、この男がこんなあっさり倒されるだなんて想像だにしないことだった。


「帰る? 知りたいことはだいたい知れたよ」


「それは良かった」


 アストは自分の胸に当てられている少女の手をやさしく払い立ち上がる。

 腹の感覚は戻っていないが立てるくらいには回復した。

 これ以上回復を続けると痛みが出るだろう。


「俺はまだやる。ディファ、お前はもう逃げろ」


「死ぬと思うけど」


 少女の声は先ほどと違って鋭い。年上から言われているかのように感じる。

 本気で心配されている。

 その声と表情は、アストの心にうっすらと傷をつける。


「棒立ちのあいつに油断しただけだ。まだ魔法も試してない。女王騎士がたった一人、こんなチャンスもうこないかもしれねえ」


「死んだら元も子もないけど」


 とは言うが、少女は自分の言葉ではアストを止められないことが分かる。死ぬぎりぎりまでやるだろう。


「わかった。がんばって」


***


 気づいたときにはネフェは男を殴っていた。

 本来なら、固めた魔力であの剣を跳ね返し、男に圧倒的な絶望を与えた上で、空いた身体に一撃を叩きこむ。はずだった。


 結果を見れば似たような状況ではある。しかしネフェの攻撃は回避行動だった。


 あのとき男は、自分の魔力を斬った。


 王宮の中でそんな芸当ができる者はいない。

 魔力を通す魔鉱の剣での斬撃は確かに有効だ。だがそれでも物性変化に優れる彼女の魔力の壁を斬れる者はいない。


 盛大に吹っ飛んだ先は沈黙している。

 生きているだろう。おそらく意識もある。

 何せ急所も何も狙っていないのだから。

 回復したら勝手にやってくるだろう。


 男の姿が現れたのは、それから数分後だった。

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