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透明な転生少女  作者: 森の手
第一章

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女王からの手紙

 表玄関がバタバタしていることは分かっていた。

 誰か客が来て、職員が施設長を呼びに行った。

 たぶん身分が高い人だ。

 起きるにはまだ一時間早い。一緒に寝ている仲間たちに動きはない。じっと耳を澄ましていることにしたようだ。


 しばらくやり取りがあった後、一人の足音がこちらに近づいてきた。やがて自分たちの部屋に止まる。


「シュア、ちょっときて」


 施設長の声が聞こえた。顔を上げたときには去っていた。目覚めていることは知られているようだ。

 良い話か悪い話か。声色から判断できない。他の雑魚寝の子供たちは静観することにしたようだ。


 しかたなく起き上がる。

 なにか通報されたか。濡れ衣みたいなことはたまにあると聞く。

 そんなことを思いながら二段ベッドを降り、近くにあった靴を履いて来客室へ。

 背後の子供たちが動きだす気配を感じながら。


 応接室のソファには筋肉質の女がいる。狂人が活けた花みたいな髪型だ。

 前髪だけぱっつり切ってある。おそらく邪魔だからという理由なのだろうが、そこを起点に見ると、コートと相まって意外に上品な感じに見えなくもない。一瞬だけだが。


 足を開き、真ん中で手の指を組んで大木みたいにソファに腰を下ろしている。

 シュアは施設長の隣へ招かれる。


 浮浪者から町民、金持ち。船乗りや兵士、商売人、魔術師。それから神人と呼ばれる異国の者、あと領主とその子供。

 この世界へきて、色々な人を見てきた。だが目の前の女は、そのどれとも違う。

 獣だ。シュアの前世の記憶と照らし合わせるなら、サメとか虎とかゴリラとか。

 人でいうならヘビー級の世界チャンピオンだ。昔なら戦国武将といったところか。

 力の塊、触れられただけで千切れらそう。


「シュア」


 口を開いたのは、施設長だ。


「これを読んで」


 施設長はシュアに一枚のスクロールを渡す。

 まだ自分は誰にも字が読めるなんて話はしていないのだが。

 受け取ってはみたが、誰も代わりに読んであげようと言い出す者はいない。言われるまま広げて読んでみる。


 シュア・マド殿

 貴殿をナブラ宮殿に招待する。

 182年5月30日、日の7時、女王の間に来られたし。

 エンベリス王国八代目女王 オーラ・リーフィンド・エンベリス


「?」


 シュアが顔をあげたと同時に目の前の大女が立ち上がり、迫り来る壁みたいに近づいてくる。


「わかったか。時間が惜しい。行くぞ」


 持ち上げられた。施設長が止める素振りを見せたがまったく抵抗にならない。そのまま小脇に抱えられ、部屋を出た。

 廊下には聞き耳を立てる子供たちがいたが、女は一顧だにせず玄関を出て外へ。


 と、ロイエがパンを買って戻ってくる間にそんなやり取りがあった。


***


 今一行は再び来客室へ戻り、ネフェに代わってロイエが詳しい説明をしていた。


「失礼なことを承知で質問させていただけませんか」


 施設長が尋ねる。まずはロイエを見、彼女がうなづくと、ネフェを見る。


「ああ、いいが」


「まず、手紙には王宮とあり、王家の紋章もありますが、お二人にもその証拠を示していただけませんか?」


 全然信用されていないのがロイエにはわかった。

 上等な服は着ているが、王宮騎士の制服ではない。途中で手紙をかっさらってこちらに来たと思われているのか?


「さっき見せたと思ったが……」


 そう言ってネフェはそう言いながらコートの懐に手を伸ばす。


「これでいいか」


 取り出したのは銀のメダル。シュアも首を伸ばす。ちょうど五輪のそれと同じくらいの大きさだ。

 縁に六つの宝石のマーク、中央に宝石。全体に女性のシルエットが精巧に彫られてある。

 リティカ・エンベリスと六つの魔石を象った王家のマークだ。


「玄関で見せていただいたときは一瞬のことで確認が取れなかったもので。失礼しました」


 施設長が頭を下げる。


「他には?」


「この書状では5月30日に王宮に来るようにとありますが、今連れていかれるのはどういうわけですか?」


 今は4月10日である。

 王宮まで行く時間を考えても謁見まで結構あるだろう。


「もちろん我々の元で生活しながら準備をしてもらう。最低限の礼儀は覚えてもらう必要があるので」


 ほうというような間がある。

 いきなり子供を誘拐した者の言う最低限の礼儀とはどういうことだろうなというような物言わぬ間である。

 もちろんネフェは動じない。


「では、そのあとは?」


 よほど警戒されているなとロイエは思う。

 初めに徽章をちゃんと見せ、しかるべき説明をし、それから書状を渡しシュアに取り次いでもらえたら、おそらくこんなこじれることにはならなかったろう。

 何せ女王の勅令なのだ。それが当然というものだ。


 だったらなぜこの人選にしたのか?


 おそらく自分と師匠以外の従業員が皆生粋の貴族ということも関係しているのだろう。

 市民同士の方がシュアにとっても親しみやすいという判断だ。

 いずれにせよ、こんなことは今の女王の代にとっては初めてのことだ。市民との直接の触れ合いなど慣れていないのだ。


「終わったら再び我々がここへ責任をもって送り届ける」


「シュアへの付き添いは?」


「悪いが場所が場所だけに行くのは彼女一人だ」


「わかりました。では最後に、なんのためにシュアを連れて行くのです?」


 しかも王宮が、こんな極秘裏に? という意味も暗に込められている。


「それは言えない」


「女王様の命令であることは承知しております。ただ、施設から孤児を出すのに許可が必要ということも女王様が作った法です」


 ロイエがしゃべろうとするのをネフェの手が制する。


「正直、それは私にもわからない。ただ、女王がこの子の力を早急に欲している。我々はそれに応える義務がある」


 自分たちは仕事をしている。それが一切感情のこもらない彼女の声からわかった。


「わかりました。シュア、準備しなさい」


「はい」


 力を欲している? 私の?


 理解が及ばない。だって女王だ。

 あのイケオジ領主がなにか言った?

 自分の名前が広まるのはそれくらいしかないだろう。

 とそんなことを考えながらシュアは立ち上がる。だが、どんな準備をすればいいんだろう。

 施設長が二人に尋ねている。


「王宮までどれくらいかかるんですか?」


「馬車で飛ばして五日ってとこかな」


「足りないものは途中で揃えますので」


 ロイエが口をはさむ。


 こうして、シュアは馬車で孤児院を後にした。


***



 王宮が孤児院から女児を引き取った



 街ではそんな噂が広まった。


「その孤児が初めて口にした言葉は、三代様のお言葉だったそうだ」


「領主様も極秘で彼女に会いに来たらしい。そして彼女はヴァイン様に何か進言したようだ」


「それはたいそう重要な助言で、領主様も無下にできず、王宮や議会に伝えたらしい」


「それでフルーロードの王配としての位列が一つ上がったそうだ」


「しかもどうもその女児には魔力がないということだ」


 会話がそこまで行くと、噂をしている者たちは、押しなべて黙ってしまう。


 それと似た状態の人間がいることを彼らは知っている。

 女王とその子供たちである。


 そしてシュアは孤児だ。


 ……女王の隠し子? ……第六王女?

 もちろんその言葉は誰しもが飲み込んで発せられることはない。



 民衆がささやく憶測はそこまで進んでいた。


***


 女王の使者たちの行動は素早かった。

 連れ出し許可が下りると、シュアはすぐさま馬車に連れ込まれた。

 せめて朝食をという施設長の言葉にも、彼女らは首を振った。


「ありますから」


 ロイエがそう答え、馬車のドアは閉じられる。

 御者台のネフェが馬を走らせる。

 あっという間に見えなくなった。


 シュアが床に座る間もなくガタガタと音を立て、馬車は動き出した。不思議と振動はない。

 馬車の中に座席はない。

 床には薄いマットが敷かれ、進行方向側の壁に四つほどの木箱がある。中には生活道具や食糧が放り込まれてある。

 天井にはランプがぶら下がり、かすかに揺れている。

 シュアを馬車に連れ込んだ金髪の少女は木箱の一つを漁っている。


「待ってろ、今朝飯作るから」


 シュアの方に振り向くと、パンや燻製肉、野菜、小さな壺などを両手に抱えている。

 野菜は見るからに新鮮である。

 空の木箱を逆さにしてその上にまな板を置き、抱えた食材をスライスし始める。


 年齢的には一応自分よりお姉さんだが、顔立ちはまだ幼い。どう見ても十代前半だろうとシュアは観察する。

 雰囲気は優しくもなければ意地悪そうでもない。でも必要以上に親切な人ではなさそう。

 なんとなく自分たちと同じような生まれなのではないかと思われる。


「ロイエだ」


 彼女はそう言って、できたものを差し出す。

 はちきれんばかりにパンの間に重ねられた肉とチーズ。野菜。孤児院五人分くらいの質だ。


「シュアです。ありがとうございます」


 受け取りながらそう答える。


「寝ているとこ悪かったな。事情があって急いでいた」


 一応そう説明してくれるが、聞き手に分かってもらう配慮はあまりない話しぶりだった。


「あなたも王宮の人、なんですか?」


 自分の分を作っている彼女にそう尋ねる。


「ロイエでいい。まあそう気ぃ張るな。私もお前と似たようなところの出だ。一応王女直属の騎士をしている。見習いだが」


 SPというやつだろうか。たしかに、そこはかとなく目つきや肩回りに規律と暴力のにおいがする。


「今馬車を操ってんのはししょ、いや、ネフェさん。女王の第二騎士。私の指導教官でもある」


 ならなんでこんなところにいるんだろう。


「まあ長旅だ。お代わり欲しいなら言ってくれ。眠り足りないんなら寝てもいいぞ。私はしばらくしたら寝る。昨日寝てないんだ」


 そう言って、作ったサンドイッチを半分ほどもりもり頬張り、残りを口にくわえながら二つ目を作り始めた。


「もっと食うか?」


「いえ、いいです」


 少し乱れていた寝床を整え、ロイエは残りのパンを口に詰め込み、それから木のコップに手をかざす。

 見ていると、手から水が出てきた。

 魔法だ。

 それをごくごくと飲んで、そのあとサンドイッチの二つ目に取り掛かる。

 シュアにも水が用意された。

 コップを床に置き、サンドイッチと向き合う。


 ……ごくり。


 少し硬めのパン、しゃっきりした野菜、そして分厚い肉。

 具材が無造作にずっしりと何層も重ねられている。

 どれも冷蔵庫から取り出したような新鮮さだ。

 大口で一口。


「!!!!??」


 言葉にならないほどうまい。頭が爆発しそうだ。なんて豪華なクラブハウスサンドだ。

 これ一個おかずとして大事に食べれば、三日くらい毎日食事の時間を楽しみにしながら過ごせるだろう。

 しかもお代わりもあると言った。

 裕福なのだ。

 たしかによく見ると、そこに無造作にある道具は、魔道具というやつだろう。

 シュアは間近で見るのは初めてだ。紫色の魔石が輝いている。


 聞いた話では、魔道具というのは、魔法を閉じ込める石と魔力を放つ石で動くらしい。

 たとえばここにある木製の冷蔵庫なんかは、冷える魔法が封じられた石と、そのエネルギーとなる魔力を出す石の二つで成り立っていると思われる。

 木箱なので冷気はだだ漏れだが、別に持ち主は気にしてはいないらしい。保冷剤を放り込んで当面の冷蔵庫にしたという感じだろう。

 開けてもっとよく確認したかったが、なんとなくためらわれた。


 二人はしばらく食事に夢中になっていた。ロイエは三つ目を作成中。

 外からは蹄の音と車輪の走行音が聞こえる。振動はないに等しい。


「もっといるか?」


 食べ終えたのを見て、聞いてくる。


「お腹いっぱいです」


 シュアはさきほどと同じくそう答える。どちらかといえば胸がいっぱいだ。毎日質素な食事にいきなりステーキを出されたようなものだ。


「遠慮すんなよ。食わなきゃやってらんねえぞ」


 なにを?


 と問いたかったが、そういう社会を生きているのだろう。騎士なのだ。身体は資本だろう。


「ちょっと出る」


 言って、ロイエは作り立てのひときわでかいサンドイッチを持って馬車の外へ出た。

 ネフェの食事だったようだ。


 ドアが閉じられる。

 背後から伸びた誰かの手が、シュアの口を押さえたのはそのときだった。


「静かに」


 低い。かなり若い女の声。いや、幼さすらある。口に伝わってくる手のひらの感覚も、思わず安心してしまうくらい柔らかい。

 革手袋をしているので、革のにおいがするが。

 首に冷たい感触。


「見える?」


 ナイフだ。刀身が厚くて広い。それが顔の前にある。

 シュアがうなづくとそれは首に押し当てられる。少し動けばそれだけで切れるだろう。


「わかった?」


 シュアはまた小さくうなづく。


「口閉じて」


 すでに閉じていたが、閉じる力を強める。その唇を女の手袋の指が端から端までなぞっていく。そのあとすぐ手が離れ、後ろから腹を抱えられた。

 足が宙に浮く。

 驚いて声をあげようとしたが、口が開かない。接着剤でも塗られたようだ。

 ひっくり返され小脇に抱えられる。

 女はそのまま馬車のドアを開ける。

 外は草原だ。手前に木の柵が見える。

 シュアを抱えた女は、ためらいもなく馬車を飛び降りた。

 着地しても衝撃はほとんどない。女はすぐさま柵を背に身を潜める。


 あっという間にネフェたちの馬車は遠ざかっていった。

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