リレク、ドレ再び
シュアを見る周りの目が変わってきた。
平民出の五歳児がいきなり王女の騎士見習いに抜擢され、その数日でミモザの人工魔石の研究に貢献し、いくつか革新的な魔道具の構想を閃いた。
興味をもって調べた者なら、女王直属騎士に一目置かれていることも知ることになるだろう。
***
シュアの正式な異動は、オーラとの謁見を終えた後でということになった。
その日も雑用をこなし、研究室と売店/工房の間を走り回っていた。
研究の進捗はシュアには伏せられているが、毎日のミモザの顔を見ると上々といったところか。
ただ、彼女の場合残業ができないらしく、夕方になって泣く泣く研究所をあとにすることになる。
その日も、あともう一回やらせてくれ、と 訴えるミモザを実験室から引き離し、シュアとハタテは王宮に戻った。
シュアだけいつも通り城門前で降ろされ、女子寮へ向かう。
「お久しぶりねシュアさん」
いきなり背後の暗がりから声がかかる。
振り向くと、見覚えのある二人の少女。
リレクとドレ。
何の用だと問いたいが控える。
二人のことはロイエからある程度聞いた。
幼馴染でほとんど一緒にいること、それ以外の人とは慣れ合わないこと。そして二人に年齢の話は絶対にしないこと。
もし次に一人で襲われたら、魔力を消してフレイのところに逃げろとまで言われている。
「今いいか?」
言ってドレが一歩間合いを詰めようとしたのを見て、思わずシュアは身構える。
「なんだよ」
警戒が向こうに伝わる。
「シュアさん、私たちはシュアさんのご活躍を聞いて親交を温められればと思い、こうしてお待ちしておりました」
「はあ」
「以前のことでしたら、あれは神国流のおもてなしだったのです。驚かせてしまい申し訳ありませんでした」
神国流の奴隷へのもてなしであることはロイエから聞いている。自分の奴隷を初めに主人が清めるのが神国の文化らしい。
「なんの御用でしょうか?」
二人は顔を見合わせる。
「ふふ、なんの御用かですって」
「態度からして神童だな」
逃げられるか?
と考えた瞬間、ドレが待てというように手で制する。
「ゲームをしないか?」
「遊ぶ時間じゃないと思いますが」
「どんな手を使ってもいい。女子寮に着けばお前の勝ち。その前に捕まれば負け」
「周り何もないんですけど」
城門から女子寮まで、緩い芝生の丘陵と石畳の道だけだ。
隠れる場所もない。
「どんな手を使ってもいいって言ってんだ」
「一応聞きますけど、なんのために、です?」
「実力を知りたい。私たちは王女の騎士だ。この意味は分かるな?」
わからないがこれだけはわかる。シュアが王女の騎士になれば、彼女たちとの付き合いはずっと続く。
「おまけにお前が勝てば、私たちはなんでも言うことを一つ聞いてやる」
「私が捕まったら?」
「何もないよ。私たちの勝ち、それだけだ」
癪に障るが、こちらに負担はない。
「わかりました」
「10数える。その間に逃げな」
シュアは体を液体上の魔力で満たし、全速力で寮に走る。
「9、8、7……」
ドレがカウントを始める。
丘陵を越える。
だがゴールまでの距離は100メートルほど。遠い。
「4、3……」
魔力を気体状に変える。
ぐんと速度が跳ね上がり、空気の壁の中に体がめり込んでいく。正面口は避け、女子寮の側壁に向かう。
「2、1、ぜろっ!! いくぞぉ!!」
もう少しだ。
「なんで姿消さない! そいつが見たいんだ!!」
ドレの声は左側から聞こえてきた。
もう女子寮正門にいる。
とてつもない速さだ。
「私はここから動かない。おまえを見つける方法は知ってるが、それもしない。リレクもだ。これでどうだ! ほら、消えてみろ!!」
動かないなら突破できる。
そう思った瞬間、背後から声。
「ダメ。私たち相手に力を隠すなんて」
仕方がない。内部の魔力を固める。
「あら、本当に消えるのね」
リレクの声を背に受け、そのまま走って壁へ。飛び越える一瞬だけ魔力を使うが、間に合うか?
頭がふらついたのはそのときだ。体が重いことに気付く。
なんだ?
意識がほんの一瞬、途切れた。
固めている魔力が乱れる。ステルスが解除されるのをシュア自身も自覚した。
「そこにいたの? おりこうさん」
ハッとしたときには、すでにリレクが背後にいた。
だが、そんなこと気にしていられないほど体が変だ。力が入らない。倒れると思いながらも何の手立てもできない。
リレクが抱き留めてくれるが、すでにシュアの意識が途切れていた。
***
目が覚める。
真っ暗な部屋。
なんだろう、現実感がない。
「おはようシュア」
リレクの声だ。やけに耳に響く。
「ここは」
「夢の中だ。お前の」
ドレの声もする。
「ドレの魔法よ。あなたの負け。勝負は終わり。
べつに何かするってわけではないけど、せっかくだからその頭の中、ホンのちょっと見せてもらいましょうか」
いやです。
言ったかどうかわからないが、伝わった感覚はある。
だが次の瞬間には、自分が前世の実家の工場にいることを知る。
波打つ高い天井に蛍光灯。プレス機、旋盤、ラベル印刷機に梱包機。机には待機中のパソコン。
においはしない。夢だからだろう。
三十五年間。死ぬほど働いた場所だった。
「……なに、ここ」
リレクの呟きを聞いた。いつの間にか近くに二人がいた。ドレも目が泳いでいる。
動こうとしたとき、体が重いことに気付く。さっきとは違う重さだ。腰に砂でも入っているかのような。
「あなた、誰?」
リレクがシュアを見上げている。震える声でそう言った。
シュアは二人を見下ろしている。
自分の手足を見る。そこで前世の十和子の姿になっていることを知る。
だが身に着けているのはそのころの普段着ではなく、事務職時代のジャケットスカートだ。
「私は、シュアよ。リレク」
声も前世の声だ。
そう、これは自分の声だ。そして自分の身体の感覚。
いやな場所だ。だが育った場所だ。三十年以上働いて、殺された。
「で、お嬢さんたち私の何が見たいって? なんでも見せてあげるわ」
試しにそう言ってみる。
面白いくらい二人の子供の顔が恐怖にゆがむ。
「ドレ! 術を切って!」
「わかってる!!」
「え、ちょっと待って」
慌てて止める。それはちょっと話が違う。
いろいろ部屋を見たい。
何なら一人で住んでいたアパートとか。動画の続きとか見れたらうれしい。
なんて思っていると、視界は再び暗くなった。
気づくとシュアは自分の部屋のベッドに寝ていた。
起き上がって確認すると、シュアの体である。
サテリンの部屋を訪ねる。彼女が言うには、リレクとドレが寮生たちを無差別で眠らせた演習を行ったということになっているらしい。
シュアも巻き込まれた一人だ。
それであの場に人がいなかったのか。
抜き打ちの襲撃演習ということで許可は下りていた。フレイにも知らされていた。
要領のいいガキどもだ。
「その二人は?」
「用はすんだので後宮に帰ったわ」
「会えないかしら?」
「あの二人と?」
確認される。ロイエ同様、彼女も何か思うところがあるらしい。
「私よりフレイ様に言った方が早いと思う」
「個人的に会いたいの。できれば事を大きくせずに」
「シュア、何をする気?」
「話をするだけ」
何気なく言っただけなのに、その言葉は予想外にサテリンに強く響いたらしい。
「わかった。手配する。時間は向こうに合わせるのでいいのね」
「できれば今すぐ」
「わかった」
深刻な表情でサテリン部屋を出ていく。
窓に映った自分の顔を見る。精悍な顔をしていた。いや、工場長みたいな顔だ。




