実験頓挫
ヒシャ教授は魔石効率化研究の責任者をミモザに任命した。
初めコタンが指名されたが、彼は自分の研究があり、ミモザが任されることになった。
今第一回目ミモザ班の研究会議が開かれている。
「シュアさんも正式にメンバー研究員に加えてもらいたい」
「同意見でした」
コタンの申し出にミモザが即答する。シュアにとっては初耳だ。それで勝手に決まった。
「私、学校も出ていませんし、魔力も使えない子供ですし」
「王宮女子寮生ならこれくらいの飛び級は普通だ。現にハタテもそうだ」
もちろんハタテもメンバーに入っている。
というより、シュアは知らぬ間にヒシャ研究室員になっていたと、このとき知った。
机でハタテが学院へ提出する実験計画書を書いている。
「どんな装置を考えている?」
「ランタンです」
「単純すぎない?」
「魔鉱を練りこんだ管を作ってみたいんです。それから魔力増幅というのはどうでしょう」
「増幅は僕らでは扱いきれない。今は粗白の魔力を伸ばすことだけ考えよう」
「黙って聞いていればお前ら、アホなのか?」
突然横から、若い男の言葉が飛んできた。
神国人の男が立っている。
「魔石の魔力は自然に減ることはあっても増えることはない」
「ヨン、だがな」
「魔力は増やせない。粗白は粗白。だから粗白って呼ばれてるんだよ。長持ちさせることはできない」
「ならなんで学長は実験に許可を出したんだろう」
ミモザが誰に言うともなくつぶやく。
ヨンと呼ばれた男は何か言いかけたが、それは喉元にとどまったようだ。
「部外者に考えさせるな」
行ってしまった。
ハタテのペンの音だけが聞こえている。
***
「シュア、これだけは覚えておいてください。王家の皆さまは長く生きられません」
研究を終えたミモザを後宮まで送り、二人になった時ハタテに言われた。
「何歳くらいまで、あの、生きられるのですか?」
「三十代、長くても四十歳前後。王家の術式を引き継げなかった御姉妹の方が早くに亡くなられます」
魔力を奪われ続けているからそうなるらしい。
「だから、多少無理を言われてもミモザ様のお考えを尊重してあげてください」
「ミモザ様が間違っていても?」
「王家に迷惑がかからなければそのように」
「……わかりました」
翌日からシュアは、馬車でミモザたちと魔術学院に向かうようになった。
昨日はヨンと呼ばれる男の登場で、初日にして研究の無謀さを示されてしまったが、ミモザは方針を変えないようだ。
「とりあえず本当にダメなのかやってみよう」
そう言って、研究を始める。
張り切っている。
道具なんかもすでに手配されていた。
そのまま一週間が過ぎる。
だが思い描いたような成果が出ない。
皿に魔石と魔法石を置いて光らせるのとさほど変わらない。手がかからない分、何もしない方が圧倒的にコスパがいい。
実験は止まってしまう。
そんなところに顔を出したのは、ヒシャ教授である。
それまで彼はたまにミモザの作業を覗きに来ていたが、口をはさむことはなかった。
「私も思いついたのがあってな。ちょっと実験に手を貸してもらえないか」
そう言ってゴトリと机の上に置く。四角形の鉄の箱だ。シュアには意味が分からない。
今は管の細さのことで悩んでいるのに。
ただ、そこに使われた魔鉱の質は相当良い物だとわかる。
シュアもかなり目が肥えてきていた。
持ってみると異常に軽い。しかし相当丈夫だ。
ひっくり返すと指が入るくらいの穴が空いている。
中に恐ろしくきれいな魔石が二つ。
「ハタテ君」
「はい」
「まずは君が左の魔石を発動させて」
箱を渡し、中を見たハタテが驚いている。
「これは、国宝株分けですか?」
「よくわかったね。普通に魔力を入れるだけでいいよ。勝手に魔法が発動するから」
教授は指示を出す。言われた通り行うと、穴は白い魔法の壁で塞がれた。
「これは『影牢』ですか? 隣のは『魔王』?」
「魔法効果は反転させてある。まず半分まで魔石粉を入れる。次に真ん中に種となる粗白。また魔石粉で埋める」
異様な空気を感じ取ったか、他の研究員も集まってきた。
「魔力を出すのはミモザ君、君がやるんだ。いつもみたいに思い切り爆発させて」
「はい」
周りの顔色が変わる。
遠巻きに見ていた研究員たちが避難を始める。
ハタテがとっさに箱を取り上げる。
「危険です。ミモザ様の魔力は魔法を活性化させます。あんなにたくさんの魔石粉をさらに増幅魔法を使って一緒に活性化させるとどうなるか―――」
「いや、それには及ばない」
教授は平然としている。
「たぶん」
と、小さい声でそう言ったのをシュアは聞いた。
「いいから、ミモザ君、やってみて」
軽い。
それに答え、ミモザはハタテから箱を取って、穴に魔力を注ぎ始める。
静寂。
カタ
箱が動く。
ガタガタガタガタ
震え始めた。
教授を見るが腕を組んでみている。ミモザもそのまま魔力を込めている。
ボン
飛び上がり、天井にめり込む。
「誰か長い棒持ってきて」
ヒシャ教授がつぶやくようにそう言った。
「みんな集まってくれ」
天井から取り出した箱を見た教授が人を集める。
蓋になっていたみたいで、開けられている。そこには手のひらに乗るサイズの輝く魔石がある。
不格好な透明な石だ。中まで透けて見える。こんなのは初めて見た。しかしその中心、核と思われる魔石の粒は、とても純度が高い白色だ。
「四等級だ」
ヒシャが言う。
「ミモザ君、想像以上だ。粗白から淡白を作り出した」
***
魔石を再圧縮させ、より等級の高い魔石に促す。
ヒシャ教授が思いついた実験は、そんなことだったらしい。
いくつかの国宝株分けと魔鉱、ミモザの活性化魔力をもってしてできることだ。
人工魔石。
実験室の空気は凍り付いたように不気味なほど静まり返っている。
「教授、これからどうされます?」
コタンがヒシャに小声で尋ねる。
「いや、うん、データをまとめる。学長くらいには報告しておくか。皆も手伝ってくれ。まだ気を抜くな。淡々と作業だ」
言ってヒシャは、ミモザが座る椅子の上に座ってしまう。
「おっとすまん。けがはないかミモザ君、思いがけず成功してしまったから、君の仕事が増えるかもしれない。よろしく頼めるか」
「望むところです。私も何等級まで作れるのか早く知りたいです」
「ミモザ様の魔力の使用は、王宮に制限をもうけさせてください」
すかさずハタテが口を出す。
口調は王女を守る騎士そのものだ。
「わかった。皆、くれぐれも取り乱さず、落ち着いて作業にかかれ」
ハタテの申し出で、今日のところはミモザの実験参加は中止、静かに研究室内は慌ただしくなっていく。
***
どうもすごい発見だったらしい。
連日研究室には多くの関係者がやってくるようになった。
その日を境にシュアの日常も変わった。
材料調達係に回された。馬鹿みたいに魔石や魔石粉が消費され始めたからだ。
不満はない。むしろうれしい。
一人で学院を歩き回ることで土地勘も養える。
昼休みはミモザやハタテ、他の研究員と一緒に食堂で昼食をとり、魔道具の助言を受けている。
シュアもまた仕事の傍ら、魔道具製作の試験を仰せつかった。
「ハタテは何をつくったの?」
「私は冷え性だから、服の素材に魔鉱を練りこんで、熱の魔法で内部から温かい服をつくった。
けど保温力が弱くて、湯冷めしない寝間着にするってくらい」
二人はそれなりに打ち解け、公務以外では普通にしゃべるようになっていた。
「それすごい」
発想もそうだが、自分の不便を埋めようとしたということにシュアは感心を示す。
「シュアは? 何か考えてることあるの?」
一応製作費も渡されている。だがミモザのように画期的なアイデアだけでもいいらしい。
そもそも魔道具自体が使えないんだ。
だからこんな自分でも恩恵を得られるものがいい。
「アイデアはあるんだけど、それができるのかはわからなくて」
「言ってみて」
「同じものを作る魔道具、体を大きくしたり、小さくしたり。自動で服を洗濯する、空を飛べる、声を記録する、本の内容を読み取って、白紙の本にそれを写す。あと魔石の停止スイッチもつくりたい」
「ちょっと待って」
慌てるハタテ。
聞いていた諸先輩がたもシュアと距離を詰めてきた。
「シュア、それもう一回、いや、ちょっと研究室いこう。メモを取るから」
結論をいえば、同じ物を作る=3Dプリンターは不可能だが土魔法で発想の応用が利きそうだ。
身体の大きさを変える=スモールライト、ビックライトはできない。国宝級。
洗濯機はできそうだが、水をかき回すという単純な装置にとどまりそうだ。ただしタイマーは、自動では難しいが、魔鉱を使えばできるだろう。
空を飛ぶ魔法は、あるらしい。魔王ロアが作り出せるということだ。かなりレアな魔法のようだ。王国にもその魔法石はない。彼が作って渡すのは、浮遊だけだ。
声の記録=ボイスレコーダーは、何とかなりそうだと保留中。
スキャナーとプリンターは、これも別な研究室が食いつきそうだからと保留にされた。
実現は今すぐには不可能なものが多かったが、アイデアが評価され、魔道具作りは免除された。




