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透明な転生少女  作者: 森の手
第二章

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アーテスの恋

 気づけば29。とっくに婚期は逃し、というか婚期を逃した瞬間、彼女には王宮への道が開けた。


 五大貴族の一つ、リーフィンド家出身の母親がクリシュナ家に嫁ぎ、アーテスは生まれた。何不自由なく育てられ、五歳のときには婚約者がいた。

 幼いながら膨大な魔力を持つ彼女は、結婚相手も引く手あまただった。

 しかし父親は貴族ではなく、最近名の上がってきた商人の長男を娘の相手に選んだ。


 もしそのまま彼と結婚していれば、今とはまったく違う人生を送れていただろう。


 この縁談をぶち壊したのはアーテス自身だった。

 彼女独特の魔力視のせいだ。


 忘れもしない。

 父と相手方の父子、四人で馬車に乗ったときだ。

 その瞬間、相手の心が映像として読めたのだ。

 ここに来るまで、さまざまな画策をした相手の父親、アーテスの父親を賊に襲わせ、それを救ったのも男の計らいだった。

 息子はそれを知っている。14だったが、すでに一通りの悪事に手を染めているようだった。


 強い拒否の気持ち。それをどう抱えていいかわからない。行き場のないエネルギーが体の中で爆発した。


 ああ、だめだ。


 そんな心の声を最後に聞いた。

 馬車が吹き飛んでいた。

 地に伏す四人。

 起き上がった長男。目の前には、さっきまで隣に座っていた婚約者の女の子。

 悪事がばれたとき、人がどういう目で自分を見るのか、彼は十分すぎるほど知っていた。


 そんな断罪の目で彼を直視する女の子。凶悪な魔力のうごめきを背後にたたえながら。


 婚姻は破談、世間的にはアーテスの魔力暴走が原因で向こうが身を引いた、ということになっている。


 王宮女子寮を勧めたのは母だった。

 娘にはここしか行く場所がないだろうと、そして、ここが彼女の納まる場所だろうと信じて、アーテスは送り出された。


 ちょうどそのころ王宮では、七代目巫女が臨の儀を終え王宮に戻った時期で、王女の直属騎士を選ぶ期間に入っていた。

 そんなことは知らず、ただ本人は普通に訓練をまっとうしているつもりだったが、いつの間にか騎士として選ばれていた。


 他に選ばれたのが女王直轄領の守護者、アーウィン家のカルヴァ、神国領主の娘、ロレ、ドライドンの女帝と呼ばれた少女、ユウコ、そして王魔石の魔力吸収を跳ね返した少女、ネフェ。


 錚々たる顔ぶれだった。仲もよいとは言えない。それでも一つのチームとして、やがて巫女の力に目覚めたオーラと臨の儀を越え、女王騎士として立った。


 自分をここへ送り出した母親は、こうなることを知っていたのだろうか。

 不本意ながらこの世界の水が、あまりにも自分と合っていたから。


 そして29になった。もう二十年以上王宮にいることになる。

 恋人はいない。夫も。

 同僚の中ではユウコが結婚した。他はわからない。特殊な職場だ。それぞれの家とも切れている者も多い。そんな彼女たちに、早く結婚しろと尻を叩く者はいない。

 恋人を作ることは禁止されていない。ただ職業柄、結婚・恋人持ち率は半々くらいだろうか。フレイとグラナのような関係を含めても。


 彼女は今、その率を上げようとしている。

 つまり、好きな人がいる。

 お相手は王宮の衛兵だ。


 半年前くらいから王宮敷地内の警備を任された兵士だ。

 若くはない。同い年か、少し下。

 二十代後半で中途で兵士になったようだ。そんな者のたいていは元兵士か元冒険者。順当に行けば、そこから三年くらいで王宮警備に回されてくる。


 きっかけは魔術学院で、ミモザが実験事故を起こした時だった。

 魔力石を暴発させる実験らしく、ラッグが影牢で守ってくれていたが、彼女以外の被害があまりにも大きすぎた。

 ただこの実験はそれなりに有用で、のちに武器や兵器開発に転用できるようになる。


 そのとき初めに駆け付けたのが、件の兵士だった。

 彼はミモザの無事を知ると、ラッグの身を案じ、隣にいたアーテスの手を取った。


「ケガをされていますね。今くすりを」


 爆発した魔石の破片でも指先に当たったかしたらしい。

 ミモザとラッグの安全を優先し、自分の守りがおろそかになってしまっていた。

 確かに左手の小指と薬指の甲側から血が滲んでいる。痛みもある。


「いえ、治せますので」


「いいから」


 そう言って男は腰のポシェットから瓶に入った透明な液体を出して傷口を洗い、薬草のペーストみたいなものを塗る。


「回復魔法は荒い傷口だと跡が残ったり、すぐ開いたりするんです」


 包帯を巻く。


「今人呼んできますから」


 行ってしまった。

 別に傷なんてすぐ治せるし、王宮に大変腕のいい回復術師がいる。跡なんて残らない。

 だが、そういうことが言えなかった。介抱を受けて、ちょっと気持ちよかった。手慣れた感じもよかった。


 まあいいだろう、気持ちを切り替えよう。


 だがその切り替えた気持ちは、十日くらい経っても切り替えられず、自分の常になった。


***


 例えばミモザの送り届で魔術学院に行くとき。

 また城下町の兵舎近くを通るとき。

 買い物中、わざと市場なんかへ行ってみる。

 アーテスは薬の男の姿を探すようになる。


 だいたい恋愛経験なんてものはない。言葉通り、そんなものはクリシュナ家に置いてきた。


 周りだって似たようなものだ。

 結婚といったら親が決めた相手。そんな世界に住む貴族たちが紆余曲折を経て王宮に来ている。

 出会いはないわけではない。例えばオーラの臨の儀の折だ。直属騎士たちは巫女とともに各領に移住する。そのとき異性との出会いはあった。

 そこがおそらく最大の婚期だろう。

 だが、その時期こそ直属騎士最大の華なのである。


 だからその時期、アーテスは恋愛の必要を感じなかった。必要に迫られることもなかった。

 誰にも相談できる者がいなかったし、参考にできる者もあまりいない。

 「これはっ!」という人もいなかった。

 ユウコは地元の幼馴染と結婚した。

 カルヴァはわからない。いるのかいないのか、いたのかすら謎である。

 ロレは、長命種である。それほどそういうことにはガツガツしていないようだ。動物というより植物という感じ。

 ネフェは、これはいたらしい。なんだか風の噂で聞こえてきた。

 かといって詳しく聞けるわけはなく、また聞いても全く参考にならないだろう。それは例えばドラゴンの生活様式が判明した、みたいなことだから。興味はあるが。


 ということで、恋愛はアーテスにおいて徒手空拳、絶壁を素手でよじ登るがごときものであった。

 シュアに見られたのは、その絶壁を上っているまさにそのときだった。

 つまり、自分を磨いていたのだ。

 まず向こうに振り向いてもらわねば話にならない。そう考えて。


***


「恋人、ですか?」


「は?」


 何を見たのか。

 問い詰めたシュアの口から出たのはそんな言葉だった。


 恋人? え、何? 何この子。そんなこと思ったの? 私に恋人がいるって?

 えそうなの?

 私、恋人いる風に見えてたの?


 いやいやいやいや、子供よ。でも、なんだかその言い方、核心を突いたようなはっきりした発音。

 何、市民ってそんなに進んでるの?


 そんな言葉の嵐がアーテスの頭の中で吹き荒れる。

 アーテスが何も言わないものだから、シュアも目をそらせず、恐る恐るじっと見上げている。


「ふ、服を選んでいたのよ。恋人なんて……」


 いない、とまでは言えなかった。

 でもだいぶ口走ってしまう。

 しゃべらされた。この私がっ!!


「でも、結局買えなかった」


 これは向こうも知っているんだろう。見られていたと思う。だから正直に言った。

 気に入った服はなかったけれど、普段まったく着ない明るい青のワンピースを着てみようと思ったのにサイズがなかったのだ。


『『なんだか変なことになってしまった』』


 思いは違うが、同じ言葉で二人はそう思っている。


 照れ隠しだろうか?


 よくわからないながらもシュアはそんなことを思う。自分の身に置き換えて。


 自分だって、似たようなものだ。恋人なんていなかったし、だいたい仕事漬け、小学生の頃からそう。

 自分に似合う服だって髪型だって、立ち居振る舞いだって、そんなものないと思っていた。


 もちろん好きになった人はいた。

 でも何もできなかった。

 本当になにもできなかった。


 いやいや、と思う。

 これは自分の話だ。

 アーテスの話に戻ろう。


 もっと話を聞いてほしいのか?

 だが経験上愚痴を引き出してよくなった経験はないぞ。

 いや、ここは異世界。現代日本とは違うのかもしれない。ほら、首を縦に振るのが否定になる国だってあるように。

 シュアは一歩踏み出す覚悟で小さく息をのむ。


「片思い、なんですか?」


 え、なんでこの子こんなに私の心の中にスルスル入ってこられるの?


「……そう」


 はねのけることはできる。子供なのだ。だけど、それをしたらもうこの話は無くなるだろう。

 教官と生徒、そんな関係のままズルズル(?)行くだろう。


「私、子供なんですけど、お話聞きますか?」


「ええ、まあ」


 なんでこの子の言葉にあらがえないんだろう。

 そんなことを思いながら、行きつ戻りつ、押しつ押されつして、自分でも制御できない生命体と化した胸に秘めた感情を、目下の少女に吐露していく。



 両親は大手の無理な条件で仕事を受け深夜労働、ときには借金をしてノルマをこなす。

 幼い頃からそんな姿を見て、自然に家族や自分を世間から守る術を身に着けた。

 そんな生活は、よくも悪くも前世のシュアを大人にさせた。大人の皮を被らざるを得なかった。

 仕事の契約にさりげなく口をはさみ、無駄をなくし、節約をし、面倒を起こさない。

 そんな彼女がまとう空気に、困った者たちが引き寄せられる。


 恋愛相談もよく受けた。

 それで彼女が有用なアドバイスをするわけではない。

 聞いてやればいいのだ。それが一番コスパがいい。そして自分の頭で整理する。

 人はそんな自分の顔を見ながら一通りしゃべり、安心したような顔をして帰っていく。


 ということで、その時もシュアは前世の要領でうんうんとアーテスの話を聞き、腹の中に収めた。


***


 どうもこの子供は何かが違う。


 アーテスは思う。


 楽になった。

 何を言われたわけでもない。

 というかただふんふん聞いているだけだ。


 あの馬車の爆発事故を起こした幼い自分。

 私は、またあれになるのが怖かったのかもしれない。


 そんなことを思う。


 仲良くなれば、いずれ魔力視で相手の考えを垣間見たりもするだろう。

 そのとき薬の男が悪人だったらまた自分を抑えられるか。

 自分だってどうなってしまうかわからない。


 だけどアーテス、私はもう29よ。


 そんなこと、乗り越えられる。



「シュア、ありがとう。なんだかいろいろ吹っ切れたわ」


「あ、はい」


 わかっているのかどうなのか、打てば響かない返事だ。


 まあただ、魔術・身体的能力はともかく、彼女ならミモザとうまくやっていける気がする。

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