女王オーラ
ナブラ宮殿、女王の間。
広い室内にはひじ掛け付きの玉座が一脚。
そこにはシルクのローブを着た金髪の女が座っている。
20代半ば。髪は長く、前髪は自然に切りそろえられてある。
王宮市街、首都ランディアではよく見かける女性の髪型だ。彼女がその流行りの発端である。
宝石の類はほとんどつけていない。首に光る魔法石のついたネックレスのみ。
彼女の背後には三人の情報官が大陸中から寄せられる情報に耳を澄ましている。
まず姿を見せたのはフレイ、そのあとをカルヴァ、ユウコ、ロレ、アーテスと続く。
フレイは女王の前に跪き、他の者は同様の姿勢で横に並ぶ。
筆頭騎士であるカルヴァだけが玉座横に侍る。
「全員楽に」
女王の言葉で跪いた者たちが立ち上がる。
オーラはフレイに視軸を移す。
「もういいのか」
「はい。ご配慮感謝します」
直属騎士全員の一時貸し出しへの礼を伝える。
「首尾は?」
「おかげで無事、全員殺せました」
「ほう」
騎士たちは女王の顔が見られない。カルヴァさえも少し顔を背けがちにしている。
「内魔流とはそれほどのものか」
「まず初見では誰も止められないかと」
フレイの言葉に一騎当千の誰もが口を挟まない。
それほどかとオーラは思う。
「フレイから見て、ミモザの騎士にふさわしいと思うか?」
「何とも言えませんね」
「なぜだ」
「騎士というのはもちろん個々に王女をお守りするものですが、同時に五人は組織としても機能しなければなりません」
確かにシュアには魔力がない。いや、ないわけではないが、外には出せない。つまり魔石や魔具は当然、魔道具さえ扱うことができない。
当然雷光での通信ができないということだ。
そんな者がいてはチームとして一つにはなれないというのだろう。
「彼女の力は今後王宮に与するものではないと?」
女王はあえてそう尋ねる。フレイは動じない。
「恐れながら、シュアとハタテ、二名をミモザ王女の騎士にする、というのは」
女王と対峙する直属騎士たち、その四人が四人とも複雑な表情を浮かべる。
「ならばミモザとシュアを会わせてみろ」
自然と彼女たちの目は女王に注がれる。
だが、女王にはこれ以上続ける気がないことが分かった。
次が本題のようだ。
「ネフェを襲った者を特定する」
「行きます」
即座に手を挙げたのはロレだった。一番ネフェに戦いを挑んでいたのが彼女だ。
元々は神国領主の娘で、幼い頃ネフェと出会ったことが王宮女子寮を目指す経緯になった。
思うところがあるらしい。
「ロレ。女王様のお話中だ」
カルヴァがたしなめる。その辺の兵士なら、土下座で謝りそうなほどの気迫だった。
「いい。方法だが、ドレにやってもらう。直属騎士の誰かに同行してもらおうと思ったが」
「行きます」
再びロレ。
「できれば私も行きたいです」
アーテスが名乗りを上げる。
ドレを使うのなら、それはネフェの精神に入るということだろう。おそらくその躊躇があって、女王もすぐには動けなかった。
「いや、私が行く。特定作業には時間がかかる。アーテス、お前には別の仕事がある」
カルヴァがそれを止める。
「別の仕事ってなんですか?」
「お前は今日からシュア・マドの指導に入れ」
***
女王の元へ向かったフレイと入れ替わりでシュアの元にやってきたのは、教官見習いのハタテだ。
相変わらずホテルの従業員みたいな我関せずという佇まいである。
感情が読み取れないが、悪い感じもしない。
なぜか顔を見てちょっとホッとしたのが分かる。
「これから女子寮に戻ります」
会話はない。話せば答えてくれるだろうが、今の距離感がシュアにはちょうどよかった。
「本日から二階の部屋をお使いください。こちらです」
案内されるままついていくと、初めに泊った部屋の前である。
「フレイ様が迎えに上がるまで中でお待ちください。荷物は移してあります」
入ってみると、ベッドにリュックと衣服が乗っている。
机の上に書類がいくつか。施設長や仲間からの手紙も入っていた。
突然のことで信じられないがシュアの幸せを願っている、というようなことが書かれてある。
さらに革の袋に入った大量の銀貨。
カジノでもうけたやつだ。
見るからにずっしりしている。持ってみるが、半端な気持ちでは持てない。
荷物や書類を片付けているところにノックがあった。
「フレイだ。いいか?」
ドアを開けると、立っていたのはフレイとアーテスだ。
アーテスの目が泳いだ。
レポートの件だろう。
買い物を楽しんでいたくらいで、何も恥ずかしがることはなかったと思うが。
いや、そういうことではない。女性だし。女王騎士だし。
「女王騎士に私生活なぞない。次の瞬間には女王のために命を投げ出せる。お前も殺すつもりで全力で監視してこい」
そうフレイに言われ、全力で監視した。
当たり前だがただ見ていればいいというわけはない。
王宮内には常に人がいる。そして気配を消したシュアとは常にぶつかる危険がある。
見つかれば不審者扱いだ。
それに、やはり相手は女王騎士だ。
近くで何気なく観察の視線を向けただけでもピクリと反応され、薄雲が空を隠すみたいな警戒状態に入る。
野生の獣みたいだった。
だが監視を続けると、どうも中距離にいるとき、よく気取られることが分かってきた。
近くに寄れば案外気づかれない。
何か違和感を感じとられるときもあるが、近くには多くの人がいる。彼女たち自身で違和感を鈍くしているところがある。
ちょうど今朝、全員の中に紛れても気づかれなかったように。
ただおそらく次からは気づかれるだろう。『これがシュアの視線の気配だ』ということを覚えられただろうから。
課題は予想外に成功し、それはそれでうれしいが、要は監視である。好かれるわけがない。警戒される。
「ということでアーテス。彼女がシュアだ」
「シュアと申します。よろしくお願いします」
「アーテスです」
一切に隙のない声。
いつでも敵を排除する、その判断が常に目の奥にある。何か舞台に立つ俳優みたいな作りこまれた雰囲気も感じる。
シュアの背筋が自然に伸びた。
「私との訓練は終わりだ。今日からはアーテスの下について学んでもらう。もちろん、将来的にはミモザ様の騎士候補として」
フレイの声もなんだか他人行儀だ。そういう段階なのだろう。
もう五歳の子供というのは通じない世界に足を踏み入れたのかもしれない。
「はい」
「それじゃああとはよろしく」
そう言ってフレイはすんなりと去っていった。シュアはその背に頭を下げる。
「ではシュアさん、いえ、シュア」
「はい」
長身くせ毛の長髪。ソバージュという言葉はないだろうが、そんな髪型の女がシュアを見降ろしている。
近くないか?
踏みつぶそうとしてる?
だがさらにその顔がこちらまで降りてくる。
「私の、何を見たか、ちょーーっと詳しく話してもらえないかしら」




