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透明な転生少女  作者: 森の手
第二章

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女子寮生たち

「私たちは同じ気持ちでここに立っています」


 先頭の長い金髪の少女が、フレイをまっすぐ見ながらそう言った。

 その後ろにいる少女たちの遠慮のない視線がぐさぐさとシュアの全身に突き刺さる。


「ほう、思いを一つに。珍しいな」


 とは言うが、ある程度予想していたことではある。貴族の実力ある令嬢たちなのだ。そうこなければ。


「申し上げます。私たちを差し置いて、ミモザ様の騎士候補がなぜそこの子になったのでしょう」


「シュア」


「はい」


 シュアの返事に怯えがないのは気のせいか?

 いや、そう聞こえたのはフレイだけではないようだ。入り口前の少女たち数人が苛立ちを見せた。


「ということだ。これはお前のことだと思うが、どうする?」


 いきなりそう振られたが、シュアもその類のアドリブにはここ半月で慣れた。


「シュア・マドと申します。これからお世話になります。よろしくお願いいたします」


 と、一応お姉さま方に挨拶。


 ざわりとドアの外で少女たちが、魔獣の内蔵のように蠢く。


「シュアさん、ご丁寧な挨拶をどうも。私たちは、あなたが本当に王女の騎士になれるのかと思っています」


 フレイは迷ったが、結局シュアに任せてみることにする。

 これからを考えればこんなことは些末なことであるし、この衝突は必然でもある。

 シュアもフレイの気配で、それを察したようだ。


「私も、今そのことを聞かされたばかりです。ただ私としては、騎士になれるチャンスをいただけるなら、喜んでお受けします」


 いいねえいいねえ。

 フレイが笑う。

 だがシュアよ。どうなるかわかってるよな。今お前は受けると言ったんだぞ。

 こみあげる笑いを噛み潰しながらフレイが口を開く。


「確かにシュアは平民で、ここに来るまで孤児院にいた。魔力も平民並みだ。そんな者をいきなりこの王宮女子寮に、さらに王女の騎士に。その気持ちはわかる。痛いほど」


 展開が変だと思い始めたシュアと目が合った。


「そこでこうしてはどうか? これから空いた時間、皆にはシュアと一緒に鍛錬を積んでもらう。シュアにもみんなと時を同じくする時間を設けようとも思う。お互いそれで実力を見極めてみる、というのは」


「それをして我々にも騎士候補に選ばれる機会はありますか?」


「ああもちろんだ」


 きゃっと、黄色い声が漏れる。さきほどのおどろおどろしい殺気を放っていた集団と同じとは思えない。

 先頭の子が何か喋ろうとしたのをフレイが遮る。


「騒ぐのはまだ早い。はっきり言う。王女の騎士に選ばれる者の実力を体感してみるといい。そして三年以下は、なぜ自分が選抜外のこの時期、王宮女子寮に入れたか、それを十分考えるといい」


 シュアの目が大きく開かれる。

 そんなこと言って大丈夫なの? という顔をしているが、フレイは気にしない。

 半面、寮生たちの殺気がまた一段落上がった。

 先頭の子が口を開く。


「わかりました。シュアさん、私はサテリン。騎士候補の力、どれほどのものか。しっかりと勉強させていただきます。どうぞよろしくお願いします」


 シュアはちらりとフレイを見る。

 フレイは彼女の背中を叩く。


「どんどん揉んでやってくれ。魔力は平民だが、知性も体力にも問題はない」


 タブランからそういう報告は受けていた。信じられないことだが、大人顔負けの知性とのことらしい。体力は、まあギリギリか?


「いいんですか?」


 サテリンの青黒く据わった瞳の奥で、静かな炎がくすぶっている。本気でヤっていいか? と尋ねている。無論、彼女の後ろの四年生たちもそんな目だ。

 一方でシュアは小さく首を横に振って拒否を示している。


「こいつを誰だと思ってる? 存分に遊んでもらえ」


 女子寮、いや王宮の上位者をしての言葉。シュアに対する個人的な思いなんてものは凌駕された。

 同時に目に見える線引きと言っていい。

 シュアを越えれば、自分は評価を得られる。


「わかりました。これまで女学院で学んできた四年間のすべてをかけ、シュアさんについていきます」


 今やおかしな方向に空気が変えられた。はじめより、ずっと深い緊迫感に包まれている。シュア一人を除いて。

 フレイは笑みとともに頷く。


「じゃあ夕飯のあと希望者は訓練に参加してくれ。ちょうど今日から相手が欲しかったんだ。もちろん抜けるのは自由だ」


 シュアには分かる。全員来る。


「私たちも行こうか。シュア、魔力は静かに保てよ。そして私からの魔力に関する助言はこれで最後だ」


 自然とシュアの背筋が伸びる。一種の自立を促されている。


***


 寮生たちと一緒にぞろぞろと食堂に向かう。十数人くらいか。

 シュアとフレイは先輩たちのあとに続く。


 テーブルにはすでに食事の用意がされてある。当番の生徒たちが用意していたらしい。

 上座のテーブルには、男のように赤髪を短く刈り上げた、戦士然とした中年女性。

 シュアが入っても見向きもしない。すでにその辺り情報は共有しているのだろう。

 見る時間が長かったか、フレイに肘で軽く小突かれる。


「これが私の若さの秘訣さ」


 一瞬あと、言葉の意味に気づいて思わず顔が赤らむ。


「ほら行くぞ」


 男装の女性を見ることができず、横の席に並んでいる四人の女性を見る。全員が20代前半~半ばくらいだ。


 フレイは男装の女性と瞬時に視線を交わし、長テーブルをはさんで軽くハグする。

 男装の方はさりげなくフレイに口づけをしたのをシュアは見逃さない。

 周囲に変化はない。おそらく何人かは見ていただろう。

 

「どうだった?」


 短髪の女性がフレイに問う。

 シュアの存在にざわつく女生徒たちを顎でしゃくってみせながら。


「ああ、血の気が多いのはいいことだ。シュア」


 突然呼ばれ、フレイを見る。


「紹介がだいぶ遅れてしまった。彼女はここの副寮長グラナ。その隣から並んでいる四人は教官たち。教官見習いは生徒たちのテーブルについてる。あとで紹介しよう」


「初めまして。シュア・マドです。よろしくお願いいたします」


「フレイ、言ってなかったのか?」


 グラナがフレイを見る。


「何をだ?」


「ここではファミリネームは不要なんだ」


 なんでだろうとは思ったが、思い当たることはある。ロイエやフレイにしたって苗字を名乗られた覚えはない。

 初めてグラナとまともに目があう。

 シュアに対してなんの感情も込めていないことが分かる。


「ここはほぼ全員が貴族だ。五大貴族と始まりの11貴族、その分家、家臣は当然、王女たちの異母姉妹も何人かいる。

 まず寮生たちはそれを意識してもらいたくない。そういうのは全部社交界でやってもらうことになっているからだ。

 同時にお前は平民の孤児だ。名前を出そうものならどうなるか、私にも分からないところがある」


 あれ? さっき盛大に言ってしまったような。そしてフレイは何も言わなかった。


「まあ幸い、ここ数年でおかしな差別や劣等意識はだいぶ薄れた。例えば、お前と同じような平民出が二期続けて王女の騎士を務めることがあったのもその一つだ」


 たぶんロイエとネフェのことだろう。


 なんとなく味方を得たような気持ちになる。


「わかりました。これからはシュアとだけ申します」


 その眼差しに、あどけない子供のものとは思えないような強かさが加わったことを見て、グラナはうなづくかわりに瞬きを一つする。


「では私から手短に紹介しよう。ここで教官をしている四人。オトムナ、アウリア、エウス、ヴェヴェだ」


 近くでよく見ると、まだ10代後半くらいの人もいるようだ。

 シュアを一向に見ない者もいれば、目で会釈をした者もいる。一番若そうなヴェヴェとはかろうじて意思の疎通ができそうだ。

 ひょろりとした長身の子で、黒髪を三つ編みにして両肩に下がっている。

 気弱そうだが教官なのだ。住む世界が違う人という認識でいいだろう。


「シュアには、サテリンの班に席を設けてある」


 先ほどドアの前で啖呵を切った年長者である。

 失礼しますと言って、恐る恐る席に腰掛ける。


「あなたフルーロード生まれなんでしょ」


 サテリンがそう話かけてきた。

 ちなみに教官見習いの人は、初めにシュアがここに来たときに会った親切な人だった。


「はい」


 孤児ですと言おうか迷ったが、個人情報のことを言われたばかりなのでやめておく。


「やっぱり。天啓を受けた孤児とはあなたのことでしょ」


 ばれていた。

 反応に困っていると、サテリンはいきなり頭を下げた。


「それについては一族を代表して感謝申し上げます。この国に衛生観念が浸透したのは、あなたが始まりなのですから」


 周囲を見ると、異論はあるという顔しているが、誰も口出ししようとする者はいない。


「ただ、それと直属騎士の件は別。私はあなたを侮りません。それだけはお伝えしておきます」


 周囲のテーブルにいる下級生たちも、当然やり取りを聞いている。

 シュアの目の動きや感情。態度、マナー、言葉。

 レーザービームのような視線が飛び交う。

 囁きが各所から生まれる。


「では祈りの言葉を唱えましょう。食事のことで何かわからないことがあれば私に聞いてください」


 案外面倒見がいいのだろうか。同郷のよしみ?

 周囲のぶしつけな視線は鳴りを潜め、食事はつつがなく終了した。


 片付け当番を残し他は引き上げ、いったんフレイの部屋に戻ってシュアは稽古の準備に入る。

 もちろん部屋がノックされたのは言うまでもないことだ。

 サテリンを先頭に、女子たち全員が控えている。


「よろしくお願いいたします」

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