魔力
魔力?
これが?
「どうやら今日は魔力を使ってきたみたいだね。その力を身体の中で動かしてみな」
「はい」
そう、力だ。異質な感じしかしないが、自分の中に知らない力がある。
アメーバ状の何かがあって、それが自分の中を移動できる感じ。
そしてその力を手に集めれば、どこまでも強く握れそうなほど力が漲る。
力を耳に集める。この感じだ。
いろいろな音を拾える。と同時に、聞こえている音の一つにピントを合わせると、その音を自分の中で大きくすることもできるようだ。
ただ消耗が激しいらしい。一秒も持たず集中が切れる。
「やめ」
その声でハッとシュアは正気に返る。またさっきの疲労感がぶり返してきた。
「明日から訓練に入る。今日はもう体を休めろ。しっかり寝ればそこそこ回復するはずだから、今感じた以上の力が出せるはずだ」
え、もっと力が出せる?
これがマックスで、最強だと思っていた。
フレイは、シュアが抱えていた布袋に目を落とす。
「それは行くとき渡した金か? なんだ、あんまり使わなかったのか? ん? 少し増えてないか?」
「あ、はい。賭け事で勝ってしまって、どうしましょう?」
「ああ、そんなとこ行ったのか。調子いいとすぐ全部突っ込んでスッちまう。お前は何回か勝ってやめたのか。いい判断だ」
「ローズ様は私の物にしていいと言われたのですが」
言いながらフレイに袋ごと渡す。
中を見る。
「げ、おま、これ銀貨じゃないか!!」
「ああ、はい」
驚かれた。
いかさまのことはあとで知られるだろうから、あえて触れないでおく。
「ええと、大金なんでしょうか?」
「兵士の給料一年分くらいだな。あいつらなにしたんだ?」
「フレイ様にお預けしていいでしょうか?」
そうさり気なく話を変える。
そういえば、この世界では銀行はどうなっているのだろう。まさか長持に有り金すべて入れておくわけでもあるまい。
「そうだな、明日にでも銀行に預けにいくか」
なるほど。あるらしい。銀行。
「とりあえず魔力は、今のところは私がいないときは使うな。
これは変な癖をつけないためだ。そのためにちゃんとお前専用の訓練メニューを組んである」
強い口ぶりだった。
「はい。わかりました。それで、今日はどうしましょうか?」
休めと言われたがまだ昼過ぎだ。今寝ても夜に目覚めるだろう。
「寝ないのか?」
「さっきまでは眠かったですが、今は覚めてます」
「なら、ベッドで横になってろ。子供が夜勤明けの兵士みたいなこと言うな」
ということで、強制的にベッドにつかされた。
でも床についた瞬間、すとんと眠りに落ちた。
想像以上に疲れていたんだなと意識が途切れる直前にそう思った。
***
翌朝、だいたいいつも起きる時間にシュアは目が覚めた。
夜中に一度起きたが、真っ暗だったので再び眠った。
そのとき予感はあったが、身体の内部を感じるとエネルギーが満ちているのが分かる。
昨夜はコップ一杯程度のアメーバ状の魔力だったが、今はお腹いっぱいに収まるほどに感じられる。
今日からこれをエネルギー源として使えるわけだ。少しわくわくする。
試しにこれを全部腕に集めて……、
いや、いかん。それはフレイに止められたんだ。
フレイのベッドに彼女はいない。
ただ彼女も起きたばかりであることは確かだ。叩き起こされていないから。
着替えて一階の洗面所へ向かうと、彼女はいた。
「おはようございます」
「おはよう、まだ使うんじゃないよ」
一目見てフレイにそう言われる。
やはり見てわかるらしい。すかさず釘を刺される。
「ご飯食べて、早速訓練だ」
「はい」
元気よくそう返す。
そのまま二人で、誰もいない食堂で朝食を食べ、部屋で訓練に入る。
「ここに住む他の方たちはどうしているのですか?」
気になっていた。
明らかに変だ。
この世界の多くの人たちも大体早朝に起きる。シュアももちろんそうだ。
しかし寮内で今まで誰一人すれ違っていない。
起きると隣の部屋の生活音や、廊下を静かに歩く音、女の子たちのささやき声は聞こえてくる。
いつもそれで目覚める。ただあまり音を立てないようにしているらしく、気が咎めてドアを開けてあいさつするみたいなことはしないが。
もう少しすればメイドたちがやってくるのも分かっている。
「一つゲームをしているからだな」
「ゲーム?」
「お前と鉢合わせしたら評価を大きく下げられる。だから向こうは必死だ。試しに今度顔を出してみるといい」
なぜにそんなことを。というか聞いたからには絶対やらない。
「お前の中の魔力はまだ感じられているな?」
「はい」
水の塊みたいに感じられる。
早く使ってみたくて仕方がない。身体が子供だからだろう、爆発したいくらいウキウキしている。
「今どこにある?」
「お腹に」
「それをまず全身に行き渡らせてみろ」
「はい」
言われたままやってみる。
お腹から全身に。
できない。
うまく伸ばせない。
その代わり、ニュートラルな大きさのまま、体中に自由に移動させることならできる。
全身は無理でも、足一本くらいなら魔力で満たせないか?
だが、それも無理なようだ。脚に合わせて魔力の形はなんとなく変えられたが、基本水の塊の形状を大きく変えることはできなそうだ。
「できないです。塊を移動させるくらいです」
正直に言う。
「ん、移動はできるのか。上出来だ」
褒められた。
「ならその塊を分離できるか?」
分離? ……だと?
おそるおそるやってみる。
たぶん、できた。つきたての餅を手で扱き切るような感じだ。シュアの腹の中で、ニュッと左右に分けられている。
「できました」
「半分を腹に残して、もう半分を右脚の方に」
次なる注文が飛ぶ。
できた。
これくらいならまだ余裕がある。
「できました」
「上出来だ。お前は魔力の体内移動が得意なのかもな。だが分離できるが、魔力が広げられないのはなぜだ?」
そう言われても。
「形が変わるからではないでしょうか?」
なんとなくそんな感じだ。体積やら面積が変わるのが、なんだかしっくりきていない。感覚で追えなくなる。
「ああなるほどな。初期の形のままなら分離はできるということか。ならそれはいくつに増やせる?」
「たぶん、三つくらいで限界です」
でも三つとなると、途端に動かせなくなる。ピアノの両手弾き初心者みたいなものだろうか。
「わかった。一つに戻して。ちなみに片脚だけその魔力で強化できるか? イメージして」
脚に魔力をやることはできる。しかし強化のイメージがつかめない。
「強化ってどうやるんです? 魔力をその部位にやれば、感覚が鋭くなったり力が強くなるのはわかるんですけど」
身体の中のアメーバーが一気に固まった気がする。
「人によって感覚が違うが、爆発させるとか、固くするとか、流れを早くするとかそれで魔力を変化させるんだ」
できるようなできないような。
ただなんとなく、聴力や視力なら強化できそうな予感がある。
「脚は、できません」
それに、脚に負担がかかる気がする。
「無理しなくていい。とりあえずまた腹の近くで二つに分けて」
言われた通りにする。
「今度は一つをずっと上に」
「……」
胸元までは行くが、手や頭にまでうまく巡らせられない。もちろんそこまでやれとは言われていないが。
感覚的には足の方がやりやすい感じがある。だがそれは、脳に近い分上半身の方が細かく知覚でき、苦手が分かりやすくなっているだけというような気もする。
「魔力を一つに戻して、それを目に入れて私を見るんだ」
これはできた。
少し魔力を伸ばして裏側から両目を覆い、フレイを見る。
「私が何をしているかわかるか?」
問われてシュアはうなづく。
フレイの身体が、ごく薄い半透明の膜で覆われている。
よくマンガやアニメで出てくる表現だ。メラメラというよりは、水の膜のような穏やかな形である。
「目を強化すると相手の魔力が見られるようになる。自分の手を見てみろ」
「ありません」
シュアの身体は魔力で覆われていない。
「それが内魔流だ。私にもお前の魔力の有無はわからない。もちろんその流れも」
なるほど。
「ある程度お前の力は分かった。今日は魔力の上下操作、分離操作、拡散操作を三セット。感覚を確かめながら行う。そのあとは昼ご飯。言っておくが魔力がなくなってもポーションは使わんからな」
時間をかけながら、じっくり体内の魔力操作を行う。
フレイはシュアの様子を見ながら、もう少し肩の力抜けとか、魔力をより上にあげるとき目に力が入るとか、そんな注意をしてくれる。
意識してだが、かなりスムーズに魔力が動かせるようになってくる。
昼休憩。
ドッと肩に疲れがのしかかっているのが分かる。ただ、体幹の中は、子供が跳ね回っているように元気な感じがある。さんざん魔力で昇降運動を続けたからだろう。活性化された感じ。
食堂には誰もいない。メイドたちの姿もない。二人で調理場から昼食を持ってきて部屋で食べる。
「魔力に身体が慣れてくると、普通にご飯を食べてもそれなりに回復できるようにはなる」
その感じは分かる。なんとなく兆しがある。
今のところたらふく食べてもいっこうに身体はくたくただが、それでも昨日の疲労感ほどではない。
だがすでに午前中で魔力をほとんど使った感じだ。
「午後は休みにする。ただ休むんではなくて、お前なりに効率よく魔力を早く回復する術を見つけろ」
それを聞いて直感的に寝ることだと思った。
というかまだ五歳なのだ。
寝る子は育つのだ。
寝る一択。




