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透明な転生少女  作者: 森の手
第二章

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19/24

いかさま

 だけど今回は勝った。

 なんで?


 テーブルを見ると、さっき続けて負けたシュアを見て、結構な人が反対側に賭けている。

 これならディーラーの痛手は少ない。

 シュアはロイエに顔を近づけ、囁く。


「私が合図したら、あのカップ手元に持ってこられる?」


 ぎらりと彼女の瞳が鋭く光ったような気がした。


「雷光ではできない。だがお前が合図送ってくれるなら動くぞ」


「じゃあ私、テーブルに手を置くから、人差し指をあげた瞬間、やってもらえる?」


 そう言って今の勝ち分と、さらに自分の山からざっくり半分を前に押し出す。

 周囲が息をのむ。


「丁で」


 コールとともに周囲があわただしく動く。市場みたいな活気だ。

 我先に勝ち馬に乗ろうと、これまで勝負に加わらなかった者たちも堰を切ったように賭け始めた。

 ディーラーの男はいたって静かにカップの中に賽を入れ、テーブルに伏せる。


 シュアは耳をすませる。

 だが、サイコロが動かない。気のせい? いや、動いてない。


「よろしいですか?」


 男が尋ねる。


「パス!」


 とっさにシュアが叫ぶ。確か一回できたはずだ。


「他には?」


 潮の流れがうねるように、場が迷いを見せる。

 他の何人かもパスに続く。

 誰が誰だか分かるように、他のスタッフが鋭い目を走らせる。

 だがカップの中のサイコロに動きはない。

 開かれる。

 半。

 おおと声が上がる。多くの者が直前で負けをかわしたシュアに感嘆の声を上げる。

 その間に、ディーラーが負けた者たちからチップを回収する。

 再び賽はカップに投じられる。


「丁」


 シュアが発し、他の者たちが続く。

 皆丁が出ることが分かっているような、躊躇のない賭け方だ。

 だがシュアにとって、これはもう勝負ではない。


 またサイコロが動かなければ?


 もちろんスルーして、次を待てばいい。

 だが、なぜ男は前の勝負で動かさなかったのだろう。


 動かさなくても私の負けになっていたから?

 あるいはもういかさまは辞めた?


 結果を見れば向こうはだいぶ儲けた。これ以上はリスクと考えたということは十分にある。

 あるいは参加者がこんなにいるのでは、向こうも下手なことはできないと思っているのかもしれない。


 なら動こう。


 シュアが意味深な視線をディーラーに送る。男は気づいて目を合わせる。


「掛け金増やしていいですか?」


「よござんす」


 シュアは手元に200枚残し、すべてを賭ける。

 会場のボルテージが最高潮に上がる。

 さらに参加者が増える。

 これでシュアが勝てば、親のチップの山も六、七割は持っていかれそうだ。


 シュアは耳をすませる。森の中で獣の足音でも聞き分けるように。

 音が聞こえてからでは遅い。

 サイコロの動き始め、その刹那を捉える。


 全身を耳にして、意識を集める。


 フ


 かすかな気配。

 シュアは迷いなく人差し指をあげる。

 あっという間にディーラーが持っていたカップがテーブルから消え、


 ゴロ。


 そして、観衆の目の前で二つのサイコロがひとりでに動き、『1、2』に変っていた。


 静まり返る場内。

 真っ先に動いたのはローズだった。


「ロイエ!」


「はっ!!」


 一瞬で男の背後に現れたロイエが腕の関節をキメ、台に押し付ける。


「全員動くな! 女王騎士だ。誰でもいい。出入り口を塞いでスタッフを逃がすな!!」


 ロイエが素早く檄を飛ばし、全員の動きを止める。辺りは水を打ったように静まり返る。

 ローズが台の上のサイコロに手を伸ばす。


「ふむ、遠隔で動かしていたようじゃが、魔力で操作している様子はなかったぞ。どうやって動かしたんじゃ?」


 もちろん男は答えない。


「台の下に人が隠れてたりして」


 シュアは思いつきでそう言ってみる。

 すると、ロイエが男とともに消えた。

 少しすると、彼女だけが現れる。


「男は警備に渡してきた」


 彼女はそう言い、身をかがめて台の下を調べる。

 間もなく周囲からざわめきとともに、小柄な女性が出てきた。


「シュア。お前の言った通りだ」


 彼女が台の下でなにかして、出目を操作していたようだ。

 間もなく巡回兵がやってきた。ロイエが手配したらしい。

 状況説明と聴取のため、賭博場は一端閉鎖になった。


「儲け分の清算じゃ!!」


 そんな中ただ一人、ローズが支配人に食って掛かっていた。


「はい。それはもう。私としてもこんなことになってしまい大変申し訳なく思います」


 と、自分は関係ないという態度をとる支配人。


「さっきのいかさま分もシュアの勝ちじゃからな」


「はい。もちろんでございす」


 結局8460枚、それを銀貨と銅貨でもらい受け、シュアたちは会場を後にした。


***


 疲れた。

 どっと。


 店側が不正を認めたことで、怒号と罵声、今にも暴力沙汰になりそうな気配を見せはじめた賭博場から出て、馬車が動き出したとき、身も心もかなり疲労していることが分かった。


 一方でローズやロイエは一仕事終えた山賊みたいに目がギラギラで、シュアの活躍や、弁解の言葉さえ失ったディーラーのことを思い出しては話に花を咲かせている。


「よし、ではご飯にしよう!!」


 テンションMAXなローズの号令とは裏腹に、シュアはハイと答えるのが精一杯だった。


 競馬場を出てすぐ、馬車は大衆食堂のような場所に止まる。ちょうど昼時で、中はかなり賑わっていた。

 そんな中、三人は恭しく二階の個室に案内された。

 ローズやロイエはメニューも見ずに慣れた様子で注文をしていく。シュアも何にするか聞かれるが、頭はぼーっとしている。


 しばらくして料理が運ばれてきた。揚げた魚にパンにサラダ、魚介のスープに飲み物は水。飾り気のない大衆向けの料理だ。

 ただ並んだ料理は五人分くらいある。

 ローズは美味そうに香草焼きした鶏肉にかぶりつく。

 大衆と交わるというようなことを言っていたが、本当にそんな日常を送っているらしい。


 そんな光景を見ていると、ふとありがたいような気持ちが込み上げる。


「今日は、なんだか私のことに付き合っていただき、ありがとうございました」


「うむ、苦しゅうない」


「楽しかった」


 ガツガツと食べながら話半分に二人は答える。

 シュアもとりあえず目の前に広げられた料理に手を付ける。


***


「これからどうするのですか?」


 三人ですべて平らげてほどなく、それとなく尋ねる。

 正直、もう家に帰ってゆっくりして寝たい。

 そんなことを思っていると、ロイエがじっとシュアを見ながら切り出す。


「私とローズ様は衛兵所へ行く。お前は今日はもう帰った方がいいな」


 人の目から見ても疲れているということだろうか。

 シュアもそれに抗うつもりはない。


「はい。私もできればそうしたいです。それとこのお金、どうしましょう?」


 枚数ははじめより少し重くなった程度だが、価値はまったく違う。


「ああ、それはお前がしまっとけ。金はあった方がいいだろう」


「うむ」


 ローズもうなづく。

 やはり王族からしたらこれくらいは驚くほどではないのだろう。あとでフレイにでも聞こう。


「だが、どうしてあのときお前はいかさまに気づいたんだ?」


「カップの中でサイコロの動く音が聞こえてきたんです」


「それは、すごいの」


「はい。確かに」


 二人ともなんだか感心している。


「テーブルの中にいた奴もそれで気づいたのか」


 そう問われ、はてと思う。


「いえ、あれは思いつきです。テーブルの下の人には気づきませんでした」


「不思議だのう」


「特定の音に集中してたからかもな」


 カクテルパーティ効果とか、そんな言葉があったような気がする。

 なんてやり取りをして店での話は終わりになった。

 ここの払いくらいはしたい気分だが、結局何も言わないでおく。子供が王族の前ででしゃばるのは逆に失礼だろう。

 今度何かで埋め合わせすればいい。

 店を出た三人は馬車に乗り、シュアは女子寮に送られた。


「今日は面白かったぞ。想像以上じゃ。またの」


 ローズの言葉にシュアがうなづき、馬車を見送る。

 賭博場を出たときと比べ、だいぶ疲労感は薄れていた。ただ身体のどこかの部分の緊張がまったくほぐれていない。

 寝ても寝ても眠いみたいな感覚だ。前世の頃はよくあった。

 玄関でフレイが待っている。


「ああ、いい顔してるね」


 ただいまを言う間もなくそう言われる。

 そのままフレイは目の前の闇に手を突っ込み、陶器の瓶を取り出す。


「飲んでくれ」


 腰をかがめ、瓶をシュアの顔に近づける。

 やはり魔力回復の激苦液体らしい。


「ほれ」


 躊躇していると、急かされる。

 手の平で器を作って差し出す。一滴だけ垂らされる。


「飲むんだ」


 言われた通りにする。舌先に触れただけで、しびれるような渋みに襲われるのだ。


「!!?」


 だが覚悟していたことは起こらない。というか、たった一滴だが、うまい?

 その一滴が身体の中で力に変わっていくのが分かる。

 どんなに食べても回復しなかった疲労感が、癒されていく気配がある。


「もっといるか?」


「は、はい」


 思わずそう返事をし、再び手で器を作る。

 数滴液体が落とされる。

 大事に飲む。

 それだけで先ほどの疲れが吹き飛んだ。


 なんだ、これは?


 なんて思っていると頭の上に手を置かれる。


「そいつが魔力だよ」

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