さいころ勝負
えーっと。
「チップを台において、数字の合計(合)か、偶数(丁)か奇数(半)を当てるんだ。サイコロの出目を当てるのもあるが、今はやめとけ」
困っていると、ロイエが説明してくれる。
「勝負についてもパスは一度できるが、次は必ず勝負する必要がある」
「じゃ、じゃあ、丁(偶数)で」
皿から一枚とって台に置く。
「合(合計)の方はいいので?」
シュアはうなづく。
カップが開かれる。
『2、2』
丁だ。
勝ちってこと?
テーブルの真ん中にあるチップの山から一枚、さっきシュアが賭けた一枚とともに返ってくる。
「幸先ええの」
嬉しそうなローズの言葉にうなづきを返す。
「続けますか?」
「はい。合計を当てるとどうなるんです?」
「半丁は2倍、合は4倍。ちなみに出目をあてれば8倍だ」
とロイエ。
シュアはうなづき台に向き直る。
「半」
『2、5』
当たり。
「丁」
『3、3』
当たり。
あっという間に三連続成功。
隣のローズが興奮している。
「続けますか?」
「はい」
チップ二枚を前に。かけ金を倍にする。
「やるのお」
なんだか知らないけどローズが感心している。
そのあとは勝ったり負けたりを繰り返し、5勝2敗。
やり取りだけがスムーズになっていく。
合の数も心の中でやっていたが、全部はずれ。やはり的中率は低い。
「続けますか?」
変わらぬ口調で男が問う。
「はい」
チップの柱一本、計10枚を台に乗せる。
王都の食事一食分だ。正直こんなことをやめて豪遊したい。
おおと周囲から声が上がった気がした。いちいち確認はしない。
今回の外出の目的は『好きなこと』だ。賭け事なんて前世でも経験ない。でもなるだけその醍醐味を味わってくる。それがフレイに報いることになることだとシュアは考えた。
だからチマチマやっていたのでは何にもならない。
周囲が静まる。というかローズが水を打ったように静かになる。
男は賽をカップに放る。
「半」
それに調子を合わせるように、シュアが発する。
伏せられたカップが、一瞬の間をおいて開かれる。
『2、4の丁』
あっという間に10枚取られた。
ローズがあーと声を漏らす。
だが、特に痛い感じはない。人のお金だからだろうか。
まあべつに感じる必要なんてないのだが。でもせっかくだしヒリヒリしてみたい。ヒリヒリの端っこくらいは感じてみたい。
シュアは皿から2本のチップの柱をテーブルに置く。
「ロイエ」
そちらを見ずに、シュアは呼ぶ。
「なんだ?」
「悪いけど、持ってる私のお金、全部チップに変えてきてもらえる」
「わかった」
ロイエが金を持って入口のカウンターに行く。ディーラーはそのやり取りを意に介さず、カップをテーブルに伏せる。
「さあ」
ただし男の声が勢いづいてくる。
「一つ聞いていいですか?」
「はい」
「合を賭けたいんですが」
「よござんす」
なんか、スイッチ入った?
「半に20。残りの25枚を合計6に賭けます」
「合6は丁ですがよいですか?」
確認を取られるが、それでいいとうなづく。
「いざ」
カップが開かれる。
「『6、6』の丁」
はずれ。
「あああ、おぉぉぉぉ、シュア」
一瞬ですべてのチップが持っていかれた。
我がことのようにローズが泣き崩れそうになっている。
そこへロイエが追加チップ150枚を持ってやってくる。
「おお、見ろ!! 加勢だっ!!」
ローズが声をあげるが加勢ではないだろう。どちらかといえば飛んで火にいるみたいなやつだ。
そんな中でシュアは自分に問うている。
今のマイナスは堪えたか? いや、まだヒリヒリ来ない。どちらかといえばエキサイトするローズの方が気になる。
「20枚を出目2、2に」
なんとなくノリで出目をかけてみた。
奇跡は一瞬でおとずれる。
「『2、2』の丁!!」
8倍。
「うおおおお!! きたああああ!!」
ローズの歓声とロイエの声が混ざる。
賭け金20枚×8倍で160枚。
合計310枚。
ようやくそこへきて、シュアの胸が熱く湧き立ってくる。
手痛い失敗より、成功体験が大事なのかもと頭の片隅でメモを取る。
手元には1本50枚のチップの柱が6本。
シュアはその2本を向こうに押し出し、さらに10枚を加える。
110枚。これまでの儲け分すべてだ。
「半に全部」
「あいよ」
男が威勢よく答える。
カップが開かれる。
『4、5』
半!!
おぉぉぉぉぉ!!
歓声?
誰? ローズ、ロイエ?
でも二人はシュアを巻き込んでピョンピョン飛んだり、肩をパンパン叩いたりしている。
それでふと我に返る。叫んでいるのは自分だった。
220枚。合計で420枚だ。
よくわかんないけど、これはみんなから見てもすごいことらしい。
だが、ディーラーの男はいたって平然と布巾で台を掃ったりしている。
たしかに親のテーブルにはまだまだたくさんのチップがある。
シュアは賭けるチップの柱を4本にする。そこへさらに20枚。今儲けたすべてだ。
「出目3、3に」
「「ほおおおお!」」
二人も興奮している。
サイコロのカップが、テーブルに伏せられる。
そのとき、
「丁に100」
「私も、丁に300だ」
二人の男が賭けに参加する。
気づくと、周囲に紳士淑女たちがいる。
十人程度だが、いつの間にかシュアのゲームに人が集まっていた。
「他の方は?」
誰もいないようだ。まだ静観という感じだろうか。
カップが開かれる。
「『3、3』の6、丁!!」
どっと歓声が沸く。下の競馬場に聞こえるほどだ。
ローズもロイエも、シュアの近くで何か言っているが聞こえない。
1760枚。手元と合わせて1960枚。
換金すると10ディ銅貨196枚。
重そうだ。銀貨に換算してもらえばいいか。
シュアは間髪入れず、11本のチップ柱に10枚を加え、賭ける。
560枚。
「半!」
そこからの記憶は定かではない。
たしかに耳も聞こえるし、物も見えている。
でも一枚透明な膜をかけられているような、浮遊感にも似た感覚が続いている。
「半!!」「半!」「丁!」「半!!」
それなりに手痛い負けと、それを跳ね返す勝ちがあった。
手持ちは増えている。取り巻きも増えていく。
ディーラーの山はあまり減っていない。シュアとの負け分を周囲から回収しているのだ。
シュアはそれらを冷静に見ている。そう自身では思っている。
実感では、頭の奥辺りに静かな自分だけの空間がある感じだ。それが冷静な自分なのか、狂気を帯びた自分なのかは判別できない。
ただ他人から見れば、彼女は常に先頭切ってチップ500枚を賭け、丁半の宣言をする化け物子供と化している。
もうローズやロイエは抱き着いてこない。
彼女たちも観衆の一人となり、テーブルのやり取りに見入っている。
……ゴロ。
「?」
その十数度の勝負の中で、シュアはその音を聞いた。
なんだ?
周囲は人だかりだ。台の最前線にいるのは、ローズとロイエを除けば、勝負する人がひしめいている。あとは野次馬。
雑踏とは違うが、がやがやとしたうるささには変わらない。
だからそんな音、シュア以外には誰も気にしていないだろう。自分以外に聞こえたのかどうかすら怪しいかすかな音だ。
「半!」
かまわず賭ける。
すると、
……ゴロ、ゴロ。
再び音だ。
カップが開けられる。
『4、6』の丁。
はずれ。
親のチップがあっという間に山に元に戻る。
しかしシュアはためらいなく、すぐさま手元にある500枚のチップを向こうに押し出す。
「丁」
その声に続いて方々から「丁」「丁」「丁」の嵐。
カップに賽が投じられる。
……ゴロ。
カップが開く。
『3、2』の半。
また。
ちらりとロイエを見る。だが彼女はテーブルにくぎ付けだ。
シュアはチップを倍にする。
1000枚。
おおと、声が上がる。
「半」
それに周囲が反応する。しかしシュアは集中を切らさない。
あの音だけを聞き分ける。
……ゴロゴロゴロ。
やはり。
鳴っているのは、サイコロの閉ざされたカップの中だ。
「1、2の半!!」
おおおおおおおお!!
歓声が沸いているが、シュアの頭は凪のような静けさだ。
つまり、出目が操作されている?




