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透明な転生少女  作者: 森の手
第二章

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好きなこと

 好きなことと急に言われましても。

 何だろう。


「なんだ、何もないのか?」


 黙っているとそう言われた。


 アニメ、貯金。節約。うまいもの巡りしたい。

 貯金で思い出したが、こんなことならもっとお金を使っておけばよかったななんて思ったりもした。


 いや、違う。

 今は身も心もくたくたのベロンベロン。煮込めば骨も溶けだすほどに疲れている。

 空腹だし、服の下は汗で何度もぬれたり乾いたりを繰り返した。あとトイレにも行きたい。

 それらをちゃんと整えたら、真っ当に答えられる。

 そう思うことにした。


「まあいいや、今日は遅いから明日考えよう」


 フレイも察したようだ。


 どんなにきつくてもご飯だけは食べる。それがシュアが前世から持ってきた鉄則である。

 幸い出される料理はとてもうまい。パンに野菜スープにチーズ、山鳥、木の実。王宮で出される料理という感じではないが、滋養がある。

 眠くなりそうな身体を引きずり浴場に向かい、フレイと一緒に入る。

 共同浴場には誰もいない。思えば寮で暮らしているのに、ほとんど寮生と会ったことがない。

 メイドは見かけるが、ただ彼女たちとも会話をしたことはない。


 避けられてる?


 そんな空気を感じる。

 目の前で頭皮マッサージしている裸の寮長に聞いてみたいが、湯舟で眠らないようにするだけで精いっぱいだった。

 着替え途中で力尽きた。


 目覚めたときは朝だった。


***


「で、昨日聞いたことだが。好きなことだ」


 朝食の席でのことだ。

 やはり食堂には誰もいない。

 朝の慌ただしい喧騒の空気だけは残っている。

 山もりのサラダにパンにスープ。

 一緒に食べながら、フレイが尋ねる。


「なんでもいい。夢中になれることだ」


 それを聞いてどうしようというのか。

 と、聞いてみたいが、なんだかはぐらかされそうな気がする。

 狙いを知られると、逆に思ったデータが取れなくなってしまうといったような、言葉にそんな気配がある。


「例えば、フレイ様ならどう答えますか?」


 代わりにそう聞いてみる。


「なるほど。……うん、だが、確かにそれはいい質問かも知れないな。お前のような奴らを育てて、成長を見るのが好きだな。逆にうまく行かないと、どうしてそうなのかを考える。

 例えば、同じ指導をしてまったく逆の結果になるなんてことはざらだ。それを解きほぐして、良くしていくことに喜びを感じる。だからこんなところにいる」


 そういう文脈で語ればいいのか。


「えっと、私は、人と何かやるのが好きなんだと思います。心が一緒になるというか、足並みそろえて、みたいな」


 なんとなく思い浮かんだことを言葉にしてみる。そういうのが核にあったから、社会でやってこられた。


「ああ、なるほど。それは良かった」


 とフレイは言った。なんだか一人で納得している。


「どういう意味ですか?」


「少しここで待機だ」


 フレイが紅茶を淹れてくれる。しばらくそれをすすっていると、食堂のドアが開く。


「シュア! 行くぞっ!」


 現れたのはローズだ。後ろにはロイエもいる。


 行くぞ?


「今日は二人に案内してもらえ。ちなみに、馬車だぞ」


 おお。

 それだけでうれしい。脚がパンパンで痛くて起き上がれなかった。


「さあ!! 行くぞっ」


「あ、シュアちょっと待て」


 フレイに呼び止められる。

 振り向くと、布の小袋を渡される。中に重たい物が入っていて、膨らんでいる。

 持つとやはりずっしりと重みがあり、銅貨が入っている。


「お小遣いか。よかったな。行くぞ」


 と、ローズ。お金だ。ディという単位だ。


「ありがとうございます」


「楽しんで来い。ローズ様、シュアをよろしくお願いします。ロイエも」


「うむ。ではシュア、今度こそ行こうかの」


 昨日がハードだったから、今日は労うということだろうか。

 いや、違うな。絶対違う。

 だがお金をもらうのも初めてだし、自分のための買い物というのもこの世界では初めてだ。

 シュアの心が躍る。

 三人が乗り込んだ馬車は王宮の門を抜け、大路を進む。


「昨日は何をしてたんだ?」


 そうロイエに尋ねられる。

 前と同じように、二人はシュアに向き合うように座っている。

 ただ何か、ロイエの顔は浮かない。ローズもなんだか口数が少ない。気がする。


「歩いて王都を一周しました」


 そのことには触れず、シュアは自然にふるまうことにする。


「なるほど」


 と、ローズ。反応が薄い。何か知っているかその意図に気付いたのだろう。シュアは続ける。


「それで終わりに私の魔力を測定しました。これは、何をしているんでしょうか?」


「フレイ様にはなんて言われているんだ?」


「好きなことをしろと」


「じゃあそれをすることだな。ローズ様も今日はお休みだ。お前に付き合うと言ってくれている」


「うむ。どこへ行きたい? 私が直々に案内してやろう」


 身体が疲れているのでマッサージ。

 とは思うだけにして、たぶんキーワードは『好きなこと』だ。漠然としているが。


「では、いただいたお金でできる楽しいことは何でしょうか」


 バシッとローズは自分の膝を叩く。


「シュアよう言った。私に任せよ」


 隣のロイエは嫌な顔をしている。


「賭博じゃ!!」


「それはローズ様の行きたいところでしょう」


 ロイエがやんわり突っ込む。


「ロイエよ。運には波があるんじゃ」


「この前そう言って一日で今月のおこずかい全部すったじゃないですか」


「だからじゃ。今ならいける。いや、今だからじゃ」


「賭けるお金はあるんですか?」


「ないぞ。だがシュアに助言してやることはできる。それがうまくいったら少し手数料をもらう」


「王族が庶民にたかってはいけません。そういうのを正すのも私の仕事と心得ております」


 きっぱり釘を刺されるローズ。


「そもそもじゃ。この私を賭け事に目覚めさせたのはネフェじゃ」


 と言ったとき、ローズはなぜかしまったという顔をした。


「そういえばネフェさんは帰ってきたのですか?」


 シュアが尋ねる。

 すると二人は完全に沈黙してしまう。


「ネフェは、襲撃を受けてな。聞かされてないのか?」


「どういうことです?」


「フレイも気を使ったか。一昨日、警報があったのは知っておろう」


「はい。たしか魔王が来たとか」


 そんなのがいるのかと思ったが。


「そう、それじゃ」


 ローズがそのときの出来事をシュアに説明する。

 ネフェが襲撃され傷を負ったこと、それを魔王が助け、運んできてくれたこと。


「それで今、ネフェさんは?」


「魔術学院の病院で眠っておる」


「師匠なら大丈夫だ。見舞いなんて行ったら張っ倒されるぞ。シュアは自分のやるべきことをやれ」


 たしかにそうだ。具体的に分からないが、なにかここでつかむ必要がある。


「わかりました。では、賭け事に行きましょう」


「なんでそうなる」


 とロイエ。


「うむ、よう言った! ネフェの弔い合戦じゃ!!」


「死んでませんから!!」


 それで馬車は賭博場に向かった。

 だが五歳児が入っていいのか? という疑問はある。

 ああだが、この二人は経験者なのか。禁止されているなら、行こうとはならないだろう。

 道中ローズが説明をしてくれる。


「馬や人のレースがメインじゃが、私はすぐ結果が出るサイコロが好きじゃ。出目を当てるやつじゃな」


 まあ、大体想像しているのと同じだろう。シュア自身は賭け事は未経験だが、ゲームでならやったことはある。


 そうこうしているうちに賭博場についた。

 石とコンクリートの建物で、競馬場を思わせる楕円形の広々とした造りだ。

 王家の馬車だからだろう。降りるとすでに支配人のような男がやってきていた。

 ニコニコと先に降りたロイエに頭を下げ、揉み手でシュアと一緒に出てきたローズに近づいてくる。


「これはこれは第一王女様。今回は何をお楽しみに」


「決まっておろう。サイコロじゃ」


「ああ、そうでございますか、ではご案内します。お荷物よろしいですか」


 とてもそつがない。きわめて素早く一行は建物に案内された。

 広い階段を上がり、いくつもある入場口の一つに入る。

 一緒に入っていく人は結構いる。意外に家族連れなどもいる。

 アミューズメント施設みたいな感覚なのだろうか。

 たださすがに子供だけの団体というのはないようだ。

 入口通路を抜けると、会場は人でごった返している。トラックでは今まさに競走馬のレースが行われていた。


 だがローズたちは右にある通路を進んでいく。そこには大階段があり、上りきると出入り口に屈強な二人の男がいる。武器は持っていない。

 彼らの横を通り部屋に入る。ガラス張りの広い部屋だ。上流階級を思わせる礼装の紳士淑女。

 ゲーム台で勝負を楽しんでいるグループもあれば、壁際のソファで伸びている者、二階から競馬の様子を見ている者などもいる。


「ご予算はいかほどで」


 案内人の男が尋ねる。


「今回の主役はこいつじゃ」


 そう言われローズはシュアを指さす。

 男の目がシュアに移るが、さすがというか、表情に変化はない。


「なるほど。おいくらチップに換えますか?」


 馬車で数えたが、軍資金は10ディ銅貨20枚。銀貨二枚の価値だ。大体10ディで、王都なら飲み物付きの食事一食分で少し余るくらい。他の村なら一日二日はいける。


 こんなにもらっていいのだろうか?

 これで今月はやっていけという意味だったのではないのか?


 そう考えるとだんだんそんな気がしてきた。だがもう取り返しはつかない。


「……じゃあ5枚で」


「ほう、いくのお」


 なんてローズが良いのか悪いのか分からない感想を漏らす。


「かしこまりました。換えてきます」


 もらったのは50枚の艶のある白いチップだ。

 軽くて硬い。象牙みたいな質感で、軽く固い素材だ。

 それが5枚ずつ重ねられ、白い皿に積まれてある。


「何をなされます?」


「サイコロで」


 とっさにシュアはそう答える。サイコロしか知らないし。


「ご案内します」


「いや、それには及ばぬ。あとは我々でやる。ご苦労であった」


 ローズが言って、奥へずんずん歩き始める。


「ここじゃ」


 ついたのは一番奥の台。

 男が一人。ローズを見ると深々と頭を下げる。


「ようこそ、お待ちしておりました」


「ほぉぉぉぉこやつ、私を待ってたと言うか。おおそうかそうか」


 なんてやり取りをし始めるローズ。彼女のお小遣いを溶かした件と関係しているのか。

 なんて思っていると、ローズに手をつかまれ、グイッと台の前に引っ張り出された。


「だが今回の相手は私ではない。こやつじゃ」


 テーブルの前で男と見つめ合う。

 生地の薄いシンプルな黒のスリーピースジャケット。

 さっきの案内人も着ていた。

 男はシュアと目を合わせ、一度フッと笑みを浮かべたが、すぐに無表情になり台の上に目を落とす。

 顎髭を生やし短い髪を後ろに撫でつけてある。三十代くらいに見えるがせいぜい二十代後半の若造だろう。

 肌のキメなどからシュアはそう判断する。


「では、ゲームをご説明いたします」


「それには及ばん、ここに来るまでで済ませておいた」


「さようですか。それでは始めても?」


「かまわんぞ」


 と、わけがわからないうちにどんどん話が進んでいく。

 男は二つの透明なサイコロをテーブルに転がす。


「ご確認を」


「手に取って見るんだ」


 ロイエに言われ、シュアはそうする。

 不正がないかチェックしろということだろう。

 透明な石を六面に削り、点で数字を表した、シュアの前世でみるのと同じようなものだ。

 おかしなところは何もない、と思う。

 もう一つの賽を確認し、実際に二つを転がしてみたりして感触を確かめる。

 台は起毛のある、音が出ないような造りになっている。

 なんでだろうと純粋に思うが、そういうものなのだろう。


「よろしいでしょうか?」


「はい」


 そう言うと、男――ディーラーはひょいとサイコロを右の指の腹に挟み、黒い木製のカップを持った左手とクロスさせる。

 カランと音がする。

 サイコロが中に入った。

 カップが台に伏せられる。


 ああ、これで数字の合計を当てるということか。

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