魔王ロア
魔王ロアには思想的な考えはない。
誰の指図も受けないということくらいか。
先の帝国の来襲に対して、魔王島は帝国軍を一時受け入れはした。
やがて帝国が島を支配する意思を持っていることが分かると彼らを追い出し、以来一歩も中へ入れることはなかった。
王国とは適度な距離を保っている。
***
魔王はいつもはお忍びでやってくる。冒険者の真似事とか、酒場等でチンピラに絡まれ力を見せつけるとか、そんなことで高い魔力が王宮等の検知に引っかかる。そしてサイレンが鳴らされる。
しかし今回は少し勝手が違う。
直接王宮に向かって飛んできたらしい。
王宮では女王始め王宮騎士や王衛兵たちも戦闘準備にかかっているだろう。
そうこうしている間に、フレイの元へロイエが現れた。
「フレイ様、宮殿へ」
何か起こったらしい。
リパと目を交わし。王宮へ飛ぶ。
ナブラ宮殿、女王の間。
すでに女王オーラは玉座についている。直属筆頭騎士であるカルヴァがすぐそばに立つ。
女王の姿は『影牢』の白い結界の中にある。様子を窺うことはできない。
他の女王騎士たちの姿もすでにあった。ロレ、ユウコ、アーテス。もちろん別任務中のネフェの姿はない。
玉座前では一人の若い男が女王と対峙している。
魔王ロア、その人である。
獣の眼差しの奥に理性の光。
艶やかな黒髪が背中まで伸ばされている。背が高く筋肉質、魔人特有の浅黒い肌。
歳の頃は30代前半。しかし実際は200歳を超えている。
魔王は汚れた土色のマントに身を包んでいる。それが逆に事の性急さを示しているように見える。
剣はさすがに衛兵に取り上げられたのだろう。
「魔王がネフェ様を連れてきたようです」
王宮騎士がフレイにそう囁く。
「ネフェ様は瀕死の重傷、意識もありません」
今は医務室で処置を受けているとのこと。
「話はおおむね理解した。ネフェが助けられた」
女王オーラが礼を述べる。結界の中から聞こえてくる声は硬質だ。
「俺が来た時には、お前んとこの騎士は死ぬ寸前だった。一応応急処置をしてみたが、あれは呪術の類だな。何もできなかった」
しばらく結界の中は沈黙する。
周囲にも重い沈黙が降りる。200年以上生きている魔王の手に負えない魔法。
「誰がやった?」
「俺が見たのはあいつが出したとんでもない量の土砂だ。山になって今もあそこにあるよ」
ネフェが土の術式を『外に出し』た。
周辺は相当な被害がでているだろう。
「じゃあ俺は行くぞ。ここにいつまでも男がいると縁起が悪いんだろ」
「お前ほどの者でも縁起を担ぐのか。なら最後に一つだけ聞かせてくれ。なぜあの場にちょうど良く居合わせた?」
魔王の所在については常にリーフィンドに監視されている。
島に来る場合は港や各所領に話を通す必要がある。
内密に入ることはできる。もちろん密入国となり、問題である。
そして今回彼はそうやって入ったようだ。
ただ、女王はそのことを咎める意思はない。純粋に目的を知りたいようだ。
「……女に会いに」
二人の会話に耳を澄ませていた騎士や使用人、小間使い、情報部、つまりその場にいたあらゆる女たちが、思わず生唾を飲み込む。
今回最強騎士ネフェを救ったことでさらに株を上げただろう。
危険を冒して魔王が会いに行った女ってだれっ!!?
歴代巫女の何人かも彼に執心だったと聞く。
「三代様がよろしくと言っているぞ」
女王がそう口を開く。
女王は歴代巫女の声を聞くことができる、という言い伝えはある。
だが今のは冗談の部類だろう。
魔王はどう思ったか分からない。
何も言わず去って行った。
魔王との話が終わるころには、女王の間にはほぼすべての幹部が集まっていた。
女王の目下には今、鎧姿の王宮騎士団が整列している。
先頭の騎士二名が兜を脱ぎ、跪く。年配の女性が総団長、隣の若い女性が警備を務めた六番隊隊長だ。
「警備ご苦労。引き続きよろしく頼む」
「はっ」
総団長が答え、二人は立ち上がって隊を引き連れ去っていく。
「皆、前へきてくれないか。あとは外してくれ」
執事や侍従たちが部屋を去り、壇上の者たちが玉座の下に集まる。
気心知れた者たちだけとなっても、誰もが感情を押しとどめている。
肝心の部屋の主が結界を解かず、皆に姿を見せないからだ。
「今は誰にも顔を見られたくない。このままで話をさせてくれ」
「どうか女王、我々にお気遣いなく」
カルヴァが答える。
「救護隊の報告では、ネフェは身体の傷は治った。生きてもいる。意識だけが戻らない」
王宮救護隊には最上位の回復や、解毒ができる国宝が貸与されている。
それでも癒せない力というのは、強力というより、魔王の言う通り歪な力である可能性が高い。
「ロイエ」
「はい」
呼ばれて即座にロイエが一歩前に出る。
「前日の報告では、女王解放戦線を名乗った賊に襲われたそうだな」
事実確認をする女王のその声に、直属騎士すら寒気を覚えた。
「はい。我々の探知に反応されない魔法を持ち、さらに師匠の魔力の壁をも斬る力を持った手練れでした」
空気が緊張を帯びる。その情報は共有していた。だが話半分に聞いていた者もいたらしい。
女王がその気配を感じ、無言の叱責が全体に伝わった。
「それは、どんな力だと思う?」
「はっ、国宝の株分けだと思います」
「具体的にはなんだ?」
「『虚空』と『魔王』によるものかと」
「その本体は今どこに?」
「いずれも王宮の管理下にあります」
「それ以前は?」
「各貴族が管理していました」
今や場内は完全に静まり返っている。少しずつ女王が何を言おうとしているのかわかり始めてきた。
「では、『虚空』と『魔王』を管理していた貴族は?」
問われれば即答えていたロイエが声を詰まらせた。
「は、はい。『虚空』はルミナクス家、『魔王』はリーフィンド家です」
「そうだな。ご苦労」
「はっ」
空気がざわめく。
部屋にいるフレイはルミナクスの者だ。
だが問題はそこではない。女王オーラ自身がリーフィンド家の出である。
「王宮で国宝を新たに株分けしたという報告はない。昔株分けされた魔法石が使われたのだろう」
「その行方を辿れば犯人が見えてくる、ということでしょうか」
フレイが尋ねる。
「リーフィンドに関してはいくつ株分けされたかもわからない始末だ。ただこれはどこの家も似たり寄ったりだろう。
特に『魔王』の株分けは、多くは領地を分け与えた家臣や婚姻の折に送られた。
ルミナクスの『虚空』は下手に量産して配りすぎれば自分たちの首を絞めかねないが、それでも三十ほど株分けが確認できた」
『虚空』を量産し透明の強襲部隊が作られたことがある。奪われたリュウグウ領を攻めたのだ。
だが帝国は『虚空』の対策をしていた。
作戦は失敗に終わるどころか『魔王』含め、いくつかの株分けも敵に奪われることになる。
「その線から敵を特定することはできなかった」
「議会の貴族を見張るべきでは」
まっすぐ手を挙げて答えたのは金髪の美しい女性、女王直属騎士の一人、ロレだ。
神国人特有の耳長、色白。黒の制服の下には艶のあるエメラルドのドレス。
優雅な容姿に似合わず、生真面目な表情でそう答える。
「襲撃者は議会貴族から支援を受けている可能性が高い。あるいは五卿院貴族そのものということか」
「そういう話を聞いたことはあるもので」
「女王解放戦線という言葉だが」
女王の一言で全員の顔つきが変わった。
「ロレの言う通り、そういうモノは以前からある。今回襲ってきた解放戦線がその意味で使ったのかはわからないが。
そもそも私の何を開放するのか? 女王を王国から解放し、私が本来いるべき神国に戻す、そういう意味らしい。もちろん原因は遥か昔、勇者ユニ様が神国へ援助を求めたことだろう」
沈黙が皆の同意を伝えている。
帝国との戦争中、突如王宮政治が議会制に切り替わった。だが人々は戸惑う前に、続く王家が危険回避のため姿を隠したという議会の説明にあっけにとられた。
王宮が襲撃にあい女王含め四人の王女も敵の手にかかっていたという事実がわかったのはその十年後のことである。
唯一ユニが襲撃から生き残り、援軍を求め神国へ旅立った。
十年後帰神国軍とともに還した彼女は、戦争に勝利をもたらした。同時に王家への誤解は解け、王宮は再建される。
だがその女王と後継者不在の十年間、国の在り方をめぐり、さまざまな議論が行われた。
王家復興後もそれは変わらない。
いやそれ以上に議会、民衆の混乱は激しいものになった。
神国勢力が王宮に入り、さらには次期女王の血の半分は神国人だからである。
この事実は多くの国民の心を傷つけた。
もはや女王は王国の王ではない。
戦後六十年が経とうとしているが、今でも勇者ユニの名を口にするとき、人々の顔には、親や祖父母から引き継いだ曇りが窺えるほどに。
「つまり、これらの王宮への攻撃は、女王様あるいは王宮を神国へ移せという警告だと?」
カルヴァが問う。珍しく感情が外に出ている。
「私が直接言われているのを聞いたことがあるだろう」
オーラがつぶやく。確かに心当たりのある者は多かった。
「まずは当たり前に聞き流していた私たちの態度を反省すべきかもしれない」
貴族、議会、さらには神国にも反女王派がいる。少なくともそういう話が当たり前にできるほどに王宮の重要性が損なわれている。
「敵はそこを突いてきたということだ」
オーラの言葉に返答する者はいない。
女王自身にも続く言葉はない。
それは王宮が孤立していることを浮き彫りしていた。
第一章終わりです。ここまで読んでいただき、大変ありがとうございます!
総合ランキングの方にも少しだけ顔を出せたみたいで、ありがたいかぎりです!
二章からようやく修行編入ります!
ローズ、ロイエの山賊コンビ、かき回します(?)
なんかロで始まる名前多いなと気づきました。本当に今さらですが。




