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透明な転生少女  作者: 森の手
第一章

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テルミシャルラ・リパ

 突然三人が『飛んだ』部屋。

 学校教室ほどの広さに黒檀の机が一つだけ。後ろの壁は端まで本棚だ。

 その席に一人の小柄な老人の姿。

 女、いや、男だろう。

 この瞬間移動にはもちろん経験がある。『雷光』だ。


 ロイエは一歩前に立ち、ローズとシュアを守る構えを見せる。

 老人は背筋を伸ばして椅子に座ってはいるが、それでも子供ほどのサイズである。机がより大きく見える。

 一目で高価と分かる刺繍つきの赤いローブを着ている。

 その表情には感情が読み取れない。新参者を遠くから見る猫のように、じっとこちらを観察しているだけだ。


「ようこそ、第一王女様とおつきの方々」


 声の調子は楽しげだが、真顔である。常識が通じなさそうな印象を抱かせる。

 

「シャルラ様、いくら学長と言えども勝手に私の雷光を使われるのはやめていただきたい」


 声にはかすかな怒気。


「すまんね、ここから皆様が見えたもので」


 なんて、悪びれもせずそう言う。


「おおローズ様、大きくなられまして。ミモザ様の学院入学式以来ですかな」


「私はそなたの話し方が嫌いじゃ」


 ローズはあからさまである。あえて言葉にするなら、うざいという感じだろうか。


「それは申し訳ございません。ですがお二人が見えられるとは伺っておりませんが、いかがしましたか?」


「ふん、お前は相変わらずちっこいの」


「もう老境ですからね。昔はこの三倍あったのですよ」


「うそつけ!」


 ニコニコと相好を崩さない老人。孫との会話を楽しんでいるかにも見える。まったくかみ合っていないが。


「それで、どのようなご要件で?」


 ローズとロイエを交互に見ながら老人は尋ねる。

 三人と言わないのは、シュアはここに用があることを知っているからだろう。


「見学じゃ」


「はてなんのでしょう。ミモザ様の実験見学でしょうか? でしたら昨日が見物でしたのに」


「とぼけるな。ここにいるシュアを呼んだのはお前たちだろ」


「いいえ、私は女王様のご命令に従っているにすぎません」


 フンと、ローズは鼻息を鳴らす。


「まあいい、待たせてもらおうか」


「ははは、この件に関しては部外者は立ち入り禁止です。学校へお戻りくだされ。さあ、ロイエ殿」


 答えようとしたロイエが何かを察し、ちらりと後ろを見る。

 ざわりとローズを取り巻く空気が変わる。


「ほう。王女を部外者と申すか。お前のような部外者が?」


「あのぉ、ローズ様」


 ロイエが小さく囁く。しかしその視線はローズではなく、後ろの方にある。


「なんだ。私はいかぬ。ロイエよ。命令じゃ。今すぐこいつを湧き水湖まで飛ばしてやれ」


 リパを睨みつけながらローズが命令する。


「いや、そうじゃなくて、ちょっと後ろを」


「早くこの無礼者を飛ばせ! その後は学長を交代させて、この学校の敷居を二度と――」


 パンパン


 と後ろから誰かが手を鳴らす。


「ハイハイ、そこまで」


 部屋の出入り口、赤い服を着たモデル体型の中年女性が立っている。

 ロイエが直立不動のまま、深々と頭を下げた。


「……フレイか」


 激しかけていたローズも彼女の姿を見ると、そう言ったきり黙ってしまう。

 女性はつかつかとこちらへ歩み寄り、シュアの前で屈んで顔の高さを揃える。


「あなたがシュアさんだね」


 こういう女性になりたい。そう思った。

 シュアはうなづく。


「私はフレイ。あなたが昨日泊った女子寮の寮長をしている。本来なら、私がここまで連れて行く手はずだったんだが、目ざとい山賊どもが掻っ攫って行ったと聞いてね。馬車を駆ってきたわけだが」


 起き上がったフレイはロイエの肩にポンと手を乗せ、それからローズの頭に手を置く。


「リパ。ローズ様のことは私が許可しよう。同席を許してくれないか?」


「そういうことでしたら私は構いません」


 老人が答える。

 フレイはローズが頭から手をどける。


「遅れた私が言うのもなんだけど、そろそろ始めようか」


 学長の小柄な身体が浮き上がり、四人の目の前に立つ。

 いつの間にか長い杖を持っている。


「タブランもそろそろ起き出す頃合いですし、研究室に参りましょう」


***


「フレイ様は先代七代目女王の直属騎士を務められたお方だ」


 通路を歩きながら、ロイエがシュアに小声でそう教えてくれる。


「そうだよシュア。オーラ様がお生まれになる前からここに巣くってる生き字引だ」


 ロイエが首根っこつかまれたみたいに固まっている。

 先ほどまで傍若無人のふるまいを見せていたローズも大人しい。

 逆らわんほうがいいとシュアが理解するには十分だった。


 ―――だけどこの女性、あまりにも。


 しかしシュアにはひとつ、看過できない疑問が湧き上がっていた。


 でもこれ言ったら怒られないか?

 だが聞きたい。怒られても殺されることはないだろうし。


「……あの」


 心の声が漏れたように、気づけばシュアはそう口に出している。


「ん? なんだい?」


 フレイの優しい声に勇気を得る。


「フレイ様はどうしてそんなにお若いのでしょうか?」


 若い。たぶん40代後半から50代くらいだろう。だが30代前半くらいに見える。

 同年代(?)のシュアからしたら、これは驚きの所業だ。

 髪も肌も若いのだ。


 しかしここは異世界。美容や科学が発展した現代日本ではない。

 もちろん魔法ということもある。その可能性は大だ。

 だがもしそうなら、今まで出会った人もみんな若々しくったっていいはずだ。少なくともよぼよぼの老人なんていやしないだろう。


 でもそうではなかった。

 つまり、ただの魔法ではない。

 国宝とまではいかないが、レアな魔法が使われているのかもしれない。

 だから早いうちにその秘密を知っておいた方がいい。

 これから大人に成長する間に、そのブツに出会えるかも知れないから。見つけた瞬間にゲットできる機会が増える。情報命。


 食い入るように自分の目をじっと見つめる少女の目に、フレイは一瞬気圧される。それで決める。

 本当のことを言った方がいいだろう。

 なんだか知らんがこいつは本気だ。


「みんな、悪いが先行っててくれ。シュアに緊急授業をする」


 フレイの声に皆は口を挟まなかった。やり取りが耳に入っていたか、ただならぬ雰囲気を察したのか。


「ほう特別授業! 私もぜひ相席したいですが、タブランが気になるのでお先しましょうか」


「うむ、すまない」



 通路に足を止め、見つめあうフレイとシュア。


「あんた、一体その歳でどんな人生歩んできたんだい?」


 想定外の反応がきた。


「櫛も入れてないぼさぼさの髪に、その服だって用意されたものをすっぽりかぶったってだけだろ」


 たしかに洒落っ気もへったくれもない。

 子供だからおしゃれなんてしなくていいと思っていたのも事実。

 そんな考えが恥ずかしさとともに、シュアの脳裏をよぎっていく。


「まあいい。それはいい。気持ちはわかった。ただ、『これ』は市井では無理だよ。その辺の貴族でもね。私でもここ以外の環境になれば一気にばばあだから」


「じゃ、じゃあ、どうすれば」


「知り合いに必要な人でもいるの?」


「違います。その、私の経験からの質問です」


 またおかしなことをと思うが、だがどうもその言葉には無視できない切実さを感じる。老いに対する自分の危機感と共鳴するものだ。


「そうか。詳しくは聞かないよ。つまり、私のようにあんたはなりたいってことだね」


「はい」


「なら王宮に来るしかない。使用人や小間使いじゃない。ここの騎士になることだね」


「そこでしか、フレイさんのようにはなれないのでしょうか?」


「なんだ諦めたのか?」


 弱気を気取られる。


「私は、孤児です」


 今ここにいることは奇跡なのだ。

 誰しも生きていれば一度くらいある、そんな僥倖。でも期間が過ぎれば、自然に元の場所に戻ってしまう。


「だからなんだ。あんたを連れてきたネフェやロイエもみなしごだよ。そしてあいつらも最初から強かったわけじゃない」


「え?」


 なんで王宮はそんな人を入れるのかという疑問の方が先に立つ。


「精一杯やってみろ。それでここにいられるようになったら教えてやる」


「……精一杯」


 口に出すが、むなしさがこみ上げる。だって気持ちでどうこうなれるものではないだろう。

 確かにネフェには王宮で働きたいと伝えたが、それは雑用を想定していた。


 分かりやすく肩を落とす少女に無理もないとフレイは思う。

 こいつは思った以上に自分の力量を知っているのかもしれない。


「あんたはこの王宮に、ある価値をもたらすかも知れないと思われている。少なくとも私はそう思っている」


「え」


 力なくシュアが反応する。おべっかかどうかを考えているようだ。


「そしてそれが我々の思惑通りなら、どんな奴だろうとも王宮はお前を取る。というか、その時点で断っても王宮に生涯縛られ続けることになる。正直、そちらの覚悟を持つ方が先だよ」


 少女に表面上反応はない。

 思考を巡らせている。

 早熟というか、こいつは大人だ。良くも悪くも。

 フレイは続ける。


「だが、その価値がないと分かったとき、シュア、あんたは元の生活に逆戻りだ」


「ならどうすれば価値を示せますか?」


 シュアの問いに、思わずにやりと笑みが浮かぶ。


「そのための一か月なんだよ」




 会話は終わった。


 つまり女王との謁見まで、自分の有用性をアピールできる何かをつかめるか試されている。


 シュアはそう判断した。

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