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透明な転生少女  作者: 森の手
第一章

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ローズ・リーフィンド・エンベリス

 食べろと言われても。

 王女の御前だ。

 手が震え始めた。


 もし何か粗相があれば、自分なんか簡単に消されてしまう。


「あの、シュア・マドと申します」


 王女様に会えた喜びみたいなことを伝えたほうがいいのでは? と内なる声がささやいている。


「ローズじゃ。早くすわって食べよ」


「は、はい」


 それが自分に課せられた使命らしい。


「お前はこれから私たちと一緒に魔術学院に向かう」


「ふぇ?」


 思わずパンをくわえながら顔を上げる。


「ローズ様はこれから通われている大学に向かわれるんだが、お前のことをお話したら、ついでに乗せて行こうということになったんだ」


 どうしよう。とりあえず、口からパンを離す。

 でも齧り途中だ。放してだめだ、噛みちぎるんだ。そして飲み込むんだ。

 ごくん。


「そ、それは、大変ありがたいと申しますか」


「さっきからなんじゃこいつ、門番みたいな喋り方じゃ」


 ローズがにやにや笑う。

 何というか、それで近づきがたさみたいなものが少しだけ薄らいだ。


「まあそういうことだから、早く食って行くぞ」


「あの、王女様が見られているのにそうせっつかれては、シュアさんも食べずらいのでは」


 給仕の女性が進言する。


「それもそうか。そうか?」


 ローズに尋ねられるが、そんな問いに答えられるはずはない。


「いえ、す、すぐに食べます」


 言いながらパンとチーズを口に詰め込み、スープで流し込む。味もへったくれもない。


「まあなんと行儀の悪い。食べ方も門番そのものじゃ」


 ローズはまたカカカと笑う。

 まあ笑われているならいい。消されるよりはいい。

 そのまま豪華な朝食を強引に胃に流し込んで、立ち上がる。


「おいシュア、大丈夫か」


「問題ありません。行きましょう」


 前世でこんな無理をしたら、中の物がせり上がってきただろうが若い今は全く問題ない。二人を待たせるわけにはいかない。


「シュア様の本来の送迎係りの者には、私からこの旨お伝えしておきます」


 給仕の彼女がそう言って頭を下げ、シュアたち、いや、ローズ一行を見送る。


 玄関を出ると、入口に馬車が止まっていた。王家の馬車だ。

 女王の隣というわけにもいかないので、必然シュアはローズと対面する形になった。ロイエはローズの隣に腰を落ち着ける。

 馬車は動き出す。


 こうして並んで見ると、二人はよく似ていることが分かる。


「まあ直属騎士は顔が似ている奴が選ばれる。身長は何とでもなるからな」


 ロイエがシュアの視線の意味を察してそう答えてくれる。

 影武者という意味もあるのだろうとそこで気づく。


「あの、」


 おそるおそるシュアが口を開く。


「喋ってもよろしいのでしょうか」


 くくくと、王女の笑い声が聞こえた。


「お前は本当に面白いやつじゃな」


「でしょ。こんなちんちくりんなのに、何考えてんだかわからないのです」


 ロイエもそれに加わる。


「いい。許す。なんでも申せ」


「はい。あの、それではまずロイエさんに」


「ロイエでいい。私もシュアと呼ぶ。もう言ってるけど」


「はい。ではロイエ、あの、ネフェさんは?」


「ああ、師匠はあと二日ってとこかな」


「なんだ、ネフェを心配しておるのか?」


 とローズ。


「シュアは道中ずっと師匠とつきっきりでしたから」


「ほう、あの鬼神とな」


「まあ師匠も着いたら顔は出す。昨日はよく眠れたか?」


「はい」


 ドレとリレクの名前を出すと面倒になるので止めておいた。


「それだけか?」


 逆に尋ねられる。


「それだけといいますと?」


「ドレとリレクが何か仕掛けてきただろ?」


 顔に出たらしい。


「やっぱりか」


「いえ、ただ、身体を拭いてもらっただけです」


 ロイエは顎に手を当て、悪い顔をしている。


「あーあ、そういうことか」


「なんじゃ? わかるように話せロイエ」


「女の身体に興味があったんでしょう」


 と説明するが、どうも本当のことを言っていないようにシュアは思う。


「あいつらも女じゃないか」


「いや、まあそうなんですけどね」


 ローズの問いにロイエは言葉を濁す。そしてなぜか王女はシュアを見る。


「シュア、お前には分かるか?」


「まったく存じ上げません」


 分かりたくない。

 ただ言い方に引っかかるところがあったらしい。


「ロイエ」


「はい」


「本当にシュアは変なやつじゃな」


「ええ、あいつらには私からよく話しておきます。無駄でしょうが」


 会話はひと段落したようだ。

 ようやくシュアは馬車の窓から外を見た。

 林の道だろうか、奥は暗い。たまに馬車や、巡回の警備兵や騎兵が通りすぎる。


「ここは、王宮なのですか?」


「何を言っておる? 王宮以外のなんだというのだ」


 とローズ。意外に会話を拾ってくれる。


「ローズ様、シュアは私の魔法で飛んできたので、この道を通るのは初めてなんです」


「そうか。私でも雷光を使うことなんて滅多にないのに、お前は贅沢なやつじゃな」


 王女に贅沢と言われてしまった。まあこんな安全な場所にいるのだ。緊急移動なんてことはそうないのだろう。


「説明すると、お前がさっきいたとこは王宮女子寮。王宮や後宮はさらにその奥にある。いきなりそっちに飛ぶわけにいかないから、女子寮に飛んだんだ」


「ロイエは後宮で暮らしているんですか?」


「ああ」


「ならどうして、ドレさんやリレクさんは昨日寮にいたんです?」


 夜勤警備みたいなものかと思ったが、二人の感じでは違うようだった。


「お前がくることは前もって報告していたからな。それを聞いてわざわざ見に来たんだろう」


 それで深夜にいたずらしに来るとか、かなり『溜まって』そうだが、まあ気をつけるようにしよう。


「決めたぞロイエ」


 突然二人の話を黙って聞いていたローズが口を開いた。


「なんです?」


「私は今日は授業にはでん。シュアと一緒にいくぞ」


「そういう話は学校側にしてください」


 ぴしゃりとロイエが王女の宣言を跳ね除ける。


「ならばお前もこのままついてこい」


「わかりました」


 すんなりロイエがそう答える。まあ自分の責任ではなくなったと見ているからだろう。

 それに、ロイエ自身勉強にそんなに重要性を見いだせていないのだろうと邪推する。

 勉強は大事だぞロイエよ、と心の中で言っておく。


「それで私はこの後どうするんですか?」


 シュアが尋ねる。正直仲間がいてくれるのは助かる。


「検査だ。とくに魔力方面の」


「私には魔力はないらしいのですが」


「いや、水晶の感じでは、内側に反応があるらしい。そこんとこをはっきりさせたいんだろうな」


 内側に魔力があったらなんだというんだろう。


「シュアとわれが姉妹だということを明らかにするのじゃ」


 やはりそうなのか!


「いや、たぶんそれは違うと思いますが、ローズ様含め王女たちと同じ体質の者が一般に現れたのかそうでないのかを探る目的はあるかとは思います」


 ロイエが訂正する。


「まあそういうことだ。つまり、私にも大いに関係があるということじゃ」


 ローズは独りうなづいている。


「ところでシュアよ」


「はい」


「さっきからロイエと話してばかりじゃが、私には何かないのか?」


 そう言われ、助けを乞うようにロイエを見ると軽くうなづかれた。何か質問しろということらしい。


「じゃあ、ローズ様は、大学では何を学んでいるのです?」


「おお、いい質問じゃな。私はこの通り魔力も魔法もからっきしだからな。王たる資質を養っておる」


 なるほど。さらに突っ込んで聞いていいのか考えものである。

 だが、ローズは次の質問を待っている。


「ええと、それは、政治とか、そういうことでしょうか?」


「うむ。ゆくゆくはな。今は市井の者たちと触れ合うことを大切にしておる」


「一般の人たちと一緒に学んでいるんだ」


 なるほど。ちゃんと考えを持って行動しているらしい。


「では、他の王女様も学校には通われているのですか?」


「うむ、私のように広い器はないかもしれんが、本を読んだり、狩猟にでかけたり、戦い好きや、魔道具研究をしたりとバラバラじゃな」


 本当にバラバラだ。

 そしてその王女たちに一人ずつ、ロイエや、それからリレクやドレみたいな専属の騎士がついているということか。


「だが朝夕の食事は一緒じゃ。今度お前も招待しよう。まあ謁見が済んでからになろうが」


 シュアは深々と頭を下げる。


「お教えいただきありがとうございました」


「よいよい」


 プライドは高そうだが、屈託はない。


 馬車は一本道を走っている。等間隔に続く木々が延々と続く。

 ほどなく馬車は止まった。


「皆でちょっと降りようかの。まずシュアに、ここから学院を見てもらおう」


「ああ、それはいいですね」


 言うが早いかロイエが馬車を降りる。少しして、外から声がかかる。


「よろしいです」


「では行こうか」


「はいっ」


 目の前には見上げんばかりの巨大な門と、白亜の城壁が左右どこまでも広がっている。

 門には槍を持った軽装の門番が二人。やってくる馬車を簡単に調べたり、質問をしたりする。


「こっちだシュア」


 あまりの威容に圧倒されていると、ロイエにそう声をかけられる。


「は、はい」


 戦争になると、敵はこれに仕掛けていくわけか。

 というような考えが浮かぶ。


「なんでじゃ!!」


 叫んでいるのはローズのようだ。

 背の高い門番とやり取りしている。


「申し訳ないですが、上の方では聞いていないとのことなので」


 そう門番が応対している。

 その横で後ろにつかえていた馬車がどんどん中に入っていき、ローズのいらだちを一層募らせる。

 たぶんだが、王女が突然現れたものだから、こういうことになっているのだろう。


「だから、我々はシュアの付き添いじゃ。入れぬのか?」


 門番は困ったようにロイエに目をやる。彼女は何も言わない。たとえ門番の言葉に正当性があったとしても、王女を門前払いという選択はない。


「ならばどうぞ、お入りください」


 とうとう門番が寝返る。王宮と魔術学院をはかりにかけたのだろう。

 そのまま全員馬車に戻る。


「どうじゃ、初めて見る魔術学院は」


「はい。大きいです。とても」


 前世だった頃、これよりもっと大きな建物は見たことがある。

 だが今目にしたものは、それらとは違った迫力があった。敵を跳ね返す拒絶の力。その無言の意思を感じた。


 シュアの表情に何か自分の意を得たところがあったらしい、ローズは鼻を鳴らし、満足げに黙ってしまう。

 御者から質問が来る。


「どちらへ?」


「教練棟へ行ってくれ」


 ロイエが返す。

 馬車が再び歩みを止めたのは、門を抜けた数分後だった。意外に近場だったらしい。

 窓からはグラウンドが見える。


「着きましたよ」


 御者の言葉でロイエが外にでる。


「お二人とも、よろしいですよ」


「じゃあ行こうかのシュア」


「はい」


 言って二人は腰を上げる。

 だが次の瞬間には、三人は別の建物の中にいた。

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