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透明な転生少女  作者: 森の手
第一章

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11/24

王宮女子寮

 絶世の美女の卵みたいな少女と、かわいくて活発な少女と肩を並べ歩いている。

 シュアは少し浮ついていた。

 ロイエもとりあえず無事という安心感もあった。

 二人のロイエへの態度も通常通りだったのだろう。

 ただどうして子供がこんな深夜(と証明できる材料はシュアにはないのだが)に起きているのか。

 メイドたちもそれについて何も言わなかった。敬語だったし。


「あーあ、ロイエのぼろぼろの姿見たかったのに、拍子抜け」


「もう少し早く来られたら、腕の一本くらいへし折れましたのに」


 あれ?


 ドレがシュアを横目で見ている。


「で、このお客様、どうすんだっけ?」


「お部屋って言われましたけど、どこでしたっけ?」


「ああそれな。私も実はここ来るの久しぶりでよくわかんなくなっててな」


 なんて二人は無邪気に笑いあう。

 そして沈黙。

 シュアは胃の腑のあたりに不安を感じる。

 不意にドレの顔が目の前に現れる。


「ウソだよ。そうビビんなって」


「そうですわ、あなたはお客様。女王様からも大切におもてなしするよう言いつかっております」


 表面上空気は戻った。しかしシュアは開きかけていた心の扉をそっと閉める。

 油断した。疲れもあった。

 自分は彼らと同等の存在だとは見なされていない。

 たとえば白人が黒人奴隷の前で平気で着替えをしたとかいうのと同じだ。

 なるべく口を開かずついていくことにする。


 建物正面にある大階段を上がる。

 二階は住居区画らしい。

 しんと静まり返っている。

 二人は通路の奥に進む。

 天井には魔法の明かりが灯っている。

 それ以外は殺風景だ。各部屋の中に人がいることはわかる。

 先頭のリレクは左から三番の部屋で止まる。


「さあつきました」


 そう言って中に入っていく。シュアも続く。最後にドレが入る。


 なんで二人も入るんだろう。


 設備を説明する意味もあるのだろうが、絶対それだけではない。

 窓から日の出が見える。


 この世界の時間は、日の時間と夜の時間に分けられる。日が昇って沈むまでが日の時間というわけだ。それを十二分割して現在時刻を計る。

 季節によって日照時間が変るので、同じ『日の5時』でも、日本の時間間隔でいったら2~4時間くらい違いがある。

 それ以外は曜日や月なんかもだいたい日本と同じだ。

 今は『日の3時』くらいだろう。シュアの感覚では早朝5時くらいか。

 本当にロイエの瞬間移動で時間が過ぎていたようだ。


 部屋は豪華だ。

 ビジネスホテルをさらに窮屈にしたくらいだが、この時代にしては破格の待遇だ。

 柔らかそうなベッドがあり、クローゼットもある。


「あらもう日の時間なのね。シュアさんは、ご飯は?」


「はい、ありがとうございます。でも今は眠いです」


 と、眠そうに言ってみる。一人きりにしてもらえるかと思って。でも二人は聞いていないのが分かった。


「じゃあ眠るとしても身体をきれいにしなくちゃね」


 なんてリレクが言っている後ろで、ドレはすでにシュアが背負っていたリュックを降ろし、なんだか勝手に中をごそごそ漁っている。


「このタオルきれいか?」


 なんて言われ振り返ると、ドレが身体を拭くタオルを何枚か掲げている。


「え、ああ。はい。綺麗、ですけど」


「ちょっと濡らすぞ」


 なんて言っていると、乾いていたタオルがしんなりしてきた。水が床に滴り落ちる。


「おっとと」


 ドレはそう言いながら奥の窓を開け、外でタオルを絞る。


「じゃあ、シュアちゃんは、お着替えしましょうね」


 えっ、と言う間もなく、上半身が脱がされる。

 あっと思う間もなくズボンも脱がされ、下着姿に。


「なんだよ全部脱がせろよ」


 ドレがタオルを持って近づいてくる。


「ドレは子供ね。お楽しみは最後に取っておくものよ」


 肩が冷たい。タオルで拭かれている。


 これは、正しいことなのか?

 よくわからない。

 たしかに清潔にしてもらえている。

 いや、でも自分でできるだろう。


 その間にも両腕から手の間、脇の下。それが終わるとドレが再び窓の外でタオルを絞り、続きが再開される。


「貴族に身体を拭かせるなんて、どんな立派なおうちの子なんですかね」


 背中をドレが拭き、胸側をリレクが担当する。

 再びドレがタオルを洗う。

 左太ももから足へと降りて行き、足あげてと言われて、足の裏も抜かりなく拭かれる。

 タオルを洗い、ドレが投げたそれをリレクがキャッチする。

 彼女が右足を拭いてくれる。


「あら、お顔が赤いわよ」


 赤くもなる。というか、赤くなっていると感じていたのは胸側を拭かれていた遠い昔のことで、今は無感覚の域に達している。

 足の裏を指の間まで丁寧に拭かれ、リレクはドレにタオルを投げる。


「さあ、じゃあ最後、やりましょうか」


 下着に手をかけられる。


 え、これ、ホント何なの?


 だがうまく抵抗できない。倫理的にどうかと思うが、結構気持ちよかったりもする。

 何か、変な気持ちもある。それは感じる。

 だが手つきがプロである。拭かれる順番もかなり考えられている。清潔さも担保されている。


 ……信頼できる。


 ということで、シュアはあえて抵抗しなかった。


「それにしてもこの子、大人しいわね」


 『前』を拭かれながら、リレクがつぶやく。


「はい。ありがとうございます」


 そう言っておく。

 一瞬ムッとした気配を感じた。

 後ろのドレが立ち上がる。


 肩にタオルが乗せられる。


「ケツは自分でやれ」


 リレクに頭を撫でられる。


「服はベッドにあるから、寮内ではこれを着てね」


 そう言いながら二人は去って行った。ベッドには、ちょうどロイエを介抱していたメイドたちが着ていたようなワンピースが、いくつか畳まれておいてある。


 寮? まあいいや。

 本当に何だったんだろう。


 とにかく、身体はとてもきれいになった。


***


 ノックの音で目が覚める。

 窓の明るさから十時くらいだろうか。もう少し寝ていたいが、それでも最低限の睡眠はとれたように思う。

 シュアはすぐには応答せず、静かに寝間着のままベッドを降りる。

 カーテンをめくり、窓の外を見る。

 整備された広大な敷地である。森や湖、庭園、その先に孤児院にも似た、それよりはるかに大きな白い建物。さらに遠くに城壁が見えた。


 再びノック。


「はい、今」


 シュアは小走りでドアに向かう。

 一瞬あの小娘たちの顔が脳裏によぎったが、やつらはノックなんてしやしないだろう。妄想を打ち払う。

 金髪のポニーテイルの女の子が立っていた。年齢はロイエと同じくらいか。ただしずっと大人っぽい感じがする。

 制服姿で、スカートの下から伸びる足は、黒いストッキングのようなものに包まれている。

 服装はこれまで見た人たちと同じだが、どうも彼女だけが女性らしく気を使っている。


「おはようございます」


 静かに頭を下げられる。


「お、おはようございます」


 シュアも頭を下げる。


「お食事の準備ができました。いかがいたしましょうか」


「じゃあすぐいただきます」


 少し間がある。たぶんとっさにそう切り返されたことになにか思うところがあったらしい。


「では、ここでお待ちしていますので、ご準備をお願いいたします」


「ありがとうございます」


 ドアを閉め、ワンピースに着替える。

 鏡台はあるが、自分の姿は写らない。魔法製だろうか。

 ブラシで簡単に寝ぐせをとかして肩や胸に着いた髪の毛や糸くずを取り払い、ドアを開ける。


「お待たせしました。よろしくお願いします」


 彼女は大人びた笑顔を浮かべる。


「ではご案内いたします」


 そう言って先を歩いていく。

 通路には誰もいなかったが、空気が活気づいている。光に照らされた埃が舞う。

 食べ物の匂い。ここに住んでいる人たちの匂い。布団のにおい。

 忙しい早朝の空気だ。


「あの、聞いてもいいですか?」


 一歩ほど下がって並んで歩きながら、シュアが尋ねる。


「なんですか?」


「ロイエさんのことなんですが」


「彼女は任務に復帰しております。あとで会いにいくとのことです」


 よかった。会えるらしい。

 シュアは質問を続ける。


「ここはどこです?」


「王宮の女子寮です。もっとも女子寮しかありませんが」


 そういう噂はシュアも聞いていた。

 巫女の子どもは必ず女なのだ。だから、王宮内にいるのは身の回りの世話は当然、警備や護衛も全員女性である。


「昨日、ドレさんとリレクさんという方にここまで案内していただいたのですが」


 ピクリと彼女の背中が動きを止めたように反応した。


「あのお二人は王女の騎士です」


「そんな方だったのですか。身体まで拭かせてしまって」


 その言葉でガバっとメイドはシュアを振り返る。


「どういう意味です?」


 言葉は丁寧だが、目に力が入っている。


「いえ、そのままの意味で、お二人に身体を拭いてもらいました」


「なにか変なことは?」


「いえ、とくに、なにも」


 彼女は我に返るように、詰めてしまった距離を離す。


「私からあの二人には、いえ、上の方に言っておきます」


 やはり変なことだったか。

 そして今の反応からして、彼女もまたあの二人には何か思うところがあるようだ。

 昨日上ってきた大階段を下りると広い正面玄関に出る。

 人の姿はない。朝の忙しい時間は過ぎたのだろう。

 案内の彼女は玄関からまっすぐ奥にある大きな扉に向かう。

 左奥にカウンターと厨房。食堂だ。

 人はいない。


「お好きなところへおかけください。今朝食をお持ちします」


 カウンターの手前にも長いテーブルがある。たぶん上座のような扱いだろう。

 上座に近い席につく。


「どうぞ」


 木の配膳代には魚のスープとパン、フルーツ、チーズ。豪華だ。


「食べながら聞いてください。今日のご予定をお伝えします」


 彼女の言葉にシュアはうなづく。だが我慢できずすぐスープを飲む。

 最高にうまい。


「今日はこれから魔術学院でシュアさんの身体のことを調べます」


「それは私の魔力がないことと関係ありますか?」


「そうです。魔術学院の学長や教授なども立ち会うことになります」


 なんだかすごいことをさらっと言われた。一市井の人の身分では一生お目にかかれないような人たちだろう。だがパンがうまい。力強くて香ばしい麦の香りが鼻に抜ける。そっちに意識を奪われる。


「検査自体は簡単なものです」


 心配性なんてことも伝わってる?


「私の身体って、そんなに珍しいのですか?」


「そうですね。あまり例がないと思います」


「それで、結果次第では、どうなるんですか?」


「それについては私は何も聞かされていません。ですが、五月の女王様との謁見まで、ここで最低限の作法や生活などを身につける、ということになると思います」


 なるほど。


「じゃまするよ」


 なんて話をしていると、入口のドアが開き、金髪の少女が入ってきた。


「ロイエさん。身体は大丈夫ですか」


 シュアは思わず立ち上がる。

 やはり制服のジャケットに白シャツ、彼女はスカートではなく、スラっとしたパンツだ。


「ああ、情けないところを見せた」


「いえ、こちらこそ送っていただきありがとうございました」


 ロイエの後ろに、白のワンピースと薄ピンクのカーディガン姿の金髪の少女が立っている。

 妹? と思えるほど顔立ちがロイエと似ている。身長は制服少女の方が顔一つ分ほど低い。

 ただ、どことなく超然としていて、顔立ちに育ちの良さみたいなものがある。

 傍らにいたシュアの案内人は深々と頭を下げている。

 なんだかわからないが、シュアもパンを持ったまま頭を下げようとする。


「よい。食事を続けよ」


「シュア。こちら、ローズ第一王女殿下だ」


 王女様らしい。

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