5 コウタロウの変化
俺は、この村ではどちらかというと小さい方だ。
前世ではスポーツ万能で、頭は悪かったが、身体には自信があった。
身長も百九十センチ近くあった。
健康優良児を地で行くタイプだったのに、生まれ変わってからは、身体が成長しきれない。
それは、この村の食糧事情にあると思っている。
ゴンタの家は食いもんが豊富だ。
あいつの家には投網がある。投網を使って川魚を捕っているのだ。
あいつはタンパク質を十分身体に入れている。だから、ゴンタは体がデカい。
それを見れば、俺の持論も間違ってはいないはずだ。
村の平均身長がやけに低いのも、それのせいだと思う。
大人の女性は百四十センチ程で、男性は百五十センチ前後だ。
昔の日本もそれくらいだと聞いたことがある。
タンパク質の取り方が少なすぎたんだろう。
今日の俺は絶好調だ。
朝の目覚めはすっきり爽快だ。
昨日怪我した足も全く痛まないし、あかぎれまで綺麗になっている。
何なら、お肌の調子だって最高だ……多分。
この家には鏡なんていう小洒落たものはないから、確かめようもないけど。
何時もの朝は、腹が減って気だるく目覚める。
今日も腹が減って目覚めた。
土間では、母ちゃんが朝餉の支度をしていた。
「早いね、この鍋を囲炉裏に掛けておいておくれ」
「うん」
鍋からは、いつもの味噌の香りが漂っている。腹がキュウルルッと鳴る。
父ちゃんも起きだしてきて、家族で食卓を囲む。
弟はまだお乳しか飲めないから見学だ。
ガツガツと朝餉を食べ、山へ行く支度に取りかかる。
父ちゃんは野良仕事へ出かけた。
母ちゃんも、この後洗濯や水くみなんかで忙しい。
弟……名前はまだない――はエンツコという入れ物に入れられている。
座ったまま動けないように入れておく、ベビーベッドみたいなものだ。
アケビの蔓で編んだ籠で、中にはぼろきれや、古くなった綿なんかが詰めてある。
昨日と同じく、わらじに紐を通し、足首に巻き付けて脱げないようにする。
今日は天気がいい。春の陽気が玄関の外からほんわかと漂ってくる。
「上着は……要らないか……」
そのままでもじっとりと汗ばむ俺の身体は、腹の辺りに熱を持っている。
「ん? 風邪を引いたか?」
だが寒気はないし、まあ、大丈夫だろう。今日こそ食いもんを一杯持ってこよう。
俺は一気に駆け出した。
顔の横を風が流れていくのが分かる。
右足を踏み込み、左足がそれに続くが、それすらまどろっこしくなる。
このまま空を飛んでいきそうな勢いだ。
サトウカエデの前にあっと言う間に着いてしまった。
「今日は朝飯を一杯食ったからな!」
昨日の洞を見ると、深皿に樹液が溢れている。
「勿体ない!」
皿の縁を舐め取り少しだけ樹液を飲み、後は竹筒に移した。
昨日背負子を落してしまったことを思い出し、もう一度あの尾根へ行こうと思った。
身体の調子がいいんだ。これなら行ける……はず。
家には子ども用の背負子はあれしかない。あれがないと困るのは俺だ。
父ちゃんにはまだバレていない。今のうちに取ってこないと、そのうち背負子のことを聞かれてしまうだろう。
昨日の獣道の分岐点まで来た。坂を見上げ岩に手を掛け身体を持ち上げていく。
昨日とは打って変わって、するすると上れる。すぐにてっぺんに着きそのまま山の反対側をゆっくり降り始めた。
足を掛ける場所はちゃんと気を付ける。
岩と岩の間を見て、「何となく行ける気がする……」
ぽんと飛び降り、シュタッと着地。
「へえ、すごくね、俺」
そのままポンポンと飛び降り、背負子のあるところまで来た。
周りにはどんぐりが飛び散っている。岩の間に挟まったのはどうしようもないが、出来るだけ拾い集め、ずた袋に入れる。
「三分の一に減っちまった……な」
軽い背負子は空気のようだ。スタスタと岩をよじ登り、尾根を伝い歩く。
この方が隣の山へ入るのは近い。
不思議と、恐怖心は全く湧かなかった。
※
背負子一杯の山菜や春キノコを背負い。しゅったたたーっと走り降りてきた。
「ん? まだ昼前か……」
だが、腹が捩れるような空腹感がある。
急いで家へ入って水を飲み、母ちゃんが作っておいた雑穀の握り飯にかぶりついた。
皿には父ちゃん用の握り飯と、母ちゃん用の握り飯が残っていた。
つばを飲み込みグッと我慢して、もう一度山へ入る。
一時間もしないで、雪兎がいた巣穴の前に来た。
「まだいるかな?」
巣穴の中をそっと覗くと、奥の方で数匹のウサギが息を凝らしている。
俺はパチンコを腰から引き抜き、バシュッと打った。
中から雪兎が飛び出してくる。俺はそれを手づかみで捕らえた。
雪兎の動きがまるでスローモーションのようにゆっくりに見えたから。
「なんか……俺、変わった?」
腰にぶら下げた竹筒をじっと見る。
この世界は以前とは違う世界だ。このサトウカエデの樹液には、栄養がすっごく入っているに違いない。
当初、生まれ変わりに気が付いたとき――俺はもしかして魔法の世界に来れた? と喜んだが、その後すぐにがっかりした。
この世界には魔法なんてなかったのだから。
でも、今手に持つこの液体は、マナポーション的な、すごいアイテムなのかも知れない。
俺はこれから毎日樹液を取りに来る決意をした。




