3 新しい世界
俺は村長の家をいち早く飛び出し、山へ駆け出していく。
他の子らは家にそのまま帰るようだが、俺にはやることがある。
丁度、昼飯代わりの干し餅も持っている。
山へ入って獣や山菜を採ってこようと思っているのだ。
冬が明けたばかりだが、誰よりも早く山菜を見つけて採らなければ、村の大きい子たちに先取りされる恐れがあるからだ。
俺の家も、村の子らと同じく冬の間はひもじかった。
今年は母ちゃんが子を産んで、滋養をつけなければならない。
冬の間に生れたのは俺の弟だ。
生まれたての弟は可愛いが、母ちゃんのお乳が足りないのか、弱々しい。
だから、俺が食い物を探してこようと思う。
本当は土産にもらった干し餅を、自分だけ食べるのは気が引ける。
でも、これっぽっちでは家族の腹は膨れない。
「父ちゃんは春の植え付けの準備で忙しいしな」
冬の間に、蓄えは食い尽くしてしまった。
残っているのは僅かばかりの豆と干し大根。漬物と味噌くらいだ。
ここは温暖な土地だから、春風が吹く頃には野山が息づいてくる。
急がなければ、植え付けが遅れてしまうのだ。
だがまず、昨日のうちに仕掛けておいた”鳥もち”の確認が先だ。
「お、かかってる!」
小さな鳥だが、母ちゃんに飲んでもらう味噌汁に入れれば、
きっとお乳が出るはずだ。
素早く首を絞め、ずた袋に放り込み、地面を探し回った。
山にはまだ雪が残っているが、よく目をこらせば、
雪の間から”バッケ”が黄緑色を覗かせている。
バッケとは、「ふきのとう」のことだ。
苦みがあるがビタミンは豊富だ。
春の山菜には、冬に損なった身体の栄養を素早く補う力がある。
なぜそんなことを知っているかというと、俺には前世の記憶があるからだ。
数時間地面を探し回り三キロほどの山菜が見つかった。
バッケの他には、こごみやノビルなんかも、小さいのが見つかった。
これくらいあれば味噌汁の具として一週間くらいは持つ。
雪原の上にポツンポツンと足跡を見付けた。
「雪兎……の足跡か?」
足跡を辿ると木の洞に続いている。
ウサギを捕まえることができれば、最高だけど、道具を持っていない俺は諦めるしかない。
他に何か食いもんはないかと見まわす。
足下にどんぐりが落ちていた。雪が解けて地面に落ちていたのが顔を出したのだ。
嬉しくなって一心に拾いまくった。
拾いすぎて十キロほどになった。
「持てるかな?」
ずた袋に入りきれない。仕方がないので木の洞を見つけて隠しておく。
明日また取りに来ればいい。
木の洞の中を確認すると赤っぽい何かが蠢いていた。
「何だ?」
目をこらすとウゴウゴと蠢く虫の幼虫だった。五センチはある、ぷっくりと膨らんだ幼虫だ。
どうやら木の樹液がしみ出すのを餌にしているようだ。
「食えるな……」
異世界に転生して七年、俺はすっかり逞しくなった。
虫だろうが何だろうが、腹の足しになるものは迷わず口に入れる。
前世では、飢えとは無縁だった。
自分で調達しなくても食い物はどこでも買えた。
だが、我が家の食卓はあまりにも貧しい。
木を見上げる。「サトウカエデか……」
俺は幼虫をむんずとつかみ、ずた袋に次々と入れ、木の洞に潜って樹液をじかに舐め取る。
「うひっ、あま~い!」
滅多に味わえない甘味、ほんのりとした甘みだが、これでも十分だ。
樹液はもう染み出てこないようだ。
「ここに受け皿を置いておけば良いんだが……」
取り敢えず、どんぐりを隠し、湿った落ち葉で洞を隠す。
明日、またここへ来て樹液を受ける皿を置いておこう。
半分のどんぐりと山菜を入れたずた袋はずっしりと重い。
ややふらつきながらも、山を下りた。
※
家に着いて、急いで土間の水瓶の水を飲む。
のどがカラカラに乾いていた。
冷たい水が喉を降りていき、ブルリと震えた。
土間には煮炊きするための竈や水場があるが、ここは作業場としても使われている。
冬の間ここで、父ちゃんが、藁を叩いて柔らかくする作業をする。
柔らかくなった藁を使って、家族みんなで縄をよる。
たくさん作って行商人に売る。
少しのお金にしかならないが、それでも貴重な現金収入だ。
土間は、湿った土と薪の入り交じった匂いがする。
六畳ほどの広さがある土間に、盥を置き水を張る。
盥に、さっき取ってきた芋虫を入れる。
芋虫からはぷにぷにした旨そうな感触が伝わった。
サッと洗い、すぐに鍋に入れて蓋をしておく。百匹はいそうだ。
椅子の代わりの丸太に座り、石の土台にドングリをのせ、握りこぶしほどの石でたたき割る。殻を取る作業だ。
ドンドン、パキン。ガンガン、パキン、バキッ。
単調な作業を延々と続ける。
外は夕闇が迫っていた。
母ちゃんが庭仕事から帰ってきた。弟を負ぶっている。
「おや、ずいぶん遅かったじゃないか。久し振りにみんなと遊んできたのかい?」
弟を降ろしながら、肩をトントンと叩いている。
――疲れているみたいだな、母ちゃん。
「ううん、山へ行ってきた。どんぐり、一杯落ちてた」
「ほう、そうかい。どれ、母ちゃんが変わるからそこ、どきな。疲れてんだろう?」
「いいよ、母ちゃん。それより芋虫見つけた。おいしそうな奴」
「ヘェ、すごいじゃないか、今夜はごちそうだ」
その夜のごちそうという貧しい食事は、
芋虫のから煎りバッケ味噌仕立て
山菜のお浸し味噌風味。
そして、小鳥の肉と豆と干した菜っぱの塩雑炊だった。
量だけはたっぷりある。
畑仕事を終わった父ちゃんも今日の食事に満足している。
「よく見つけたな。芋虫は滋養強壮になる。母ちゃん、乳が出るぞ」
「そうだね、ありがとうねコウタロウ」
そう、俺の名前はコウタロウという。
今世でもらった名だ。
貧しいけど、ほっこりするこの生活は、俺にとっては罰などでは無いと思う。
前世でもそれは楽しく過ごしたけど、今世も悪くはない、と思うんだ。
明日は皿を持って行くのを忘れないようにしなければな。
サトウカエデの樹液をみんなにも舐めさせてあげたい。
どんぐりを持ってこなければならないし、ウサギの巣穴も見つけた。
パチンコも忘れないように持って行こう。
パチンコはこの世界にも普通にあった。
ゴムの代わり――いや、これが元々なのかもしれない。
鹿のアキレス腱を乾かして撚った紐を使う。
Y字の枝にそれを縛りつけるだけだが、意外と丈夫だ。
引けばぎしりとしなり、離せば石がまっすぐ飛んでいく。
家の梁の上に作った、俺の小さな寝場所には藁が積んである。
藁の布団に潜り込み、その日は夢も見ないでぐっすり眠った。




