2 天祖原の昔語り
今日は、春を言祝ぐ祭事の日だ。
村の子らはこぞって村長の小屋へ入ってくる。
外では、なごり雪がちらほら舞い落ちている。
けれど子らには、それすらも春の兆しに思え、心が浮き立つのだ。
待ちに待った春の訪れ。
子らは、春の匂いを胸いっぱいに吸い込んでいる。
どこか、土の混じった匂いを含んだ空気は――
これから外で一杯遊べる、という期待感でワクワクさせた。
子らは、小さいのも含めて三十人はいる。
年長の子は、幼き兄弟の手を引き、あるいはおぶり、
そのまま粛々と村長の戸口をくぐっていく。
玄関といってもむしろで覆いをしているだけの簡素なものだ。
この辺りの農家の標準的な造りだった。
子らは、ここで暫く村長の話を聞き、
その後は滅多に食べれない干し餅を、ひとつずつもらって帰途に就く。
村長の土間は、子らの家より広く取られていた。
十畳ほどの土間は三和土(土を固めて作ったもの)で普段は作業場としてつかわれる場所だ。
その、冷たい土間には、むしろが敷き詰められていた。
子らは緊張しながら、むしろの上に膝を折って座った。
土間の壁には、農具がいくつもぶら下がり、
さすがに三十人も入れば、土間は窮屈だった。
端に座らされた子は農具に触れないように、こわごわ肩を縮めている。
村長の家は、他の農家と同じく一間きりだが、
土間の奥は小上がりになっていて板の間が続いている。
その板の間の中央には囲炉裏が切られていた。
囲炉裏からは、美味しそうな雑炊の匂いが立ちこめ、
空っぽのお腹が、ぐう、となった。
囲炉裏からは、ぱちぱちと火の爆ぜる音が聞こえ、
部屋の中は煙にいぶされ、空気はどこか重く、静けさが際立っていた。
いろり端に座っていた村長がゆっくりと立ち上がり、
子らの前に座り直した。
子らは、ゴクリとつばを飲み込み、これから始まる昔話に耳をそばだてる。
子らにとって、このようなお話を聞けるのは年に一度のことだった。
「わしらの天祖国の話じゃ。よう聞くのじゃぞ……」
その昔、天祖原という国あり。
国を統べるは、神と交わりし人神なり。
人神は、我が子らを深く愛で、民もまた神を畏れ敬いき。
天祖原は豊かに栄え、田は実り、川は澄み、
民は地に満ち満ちて、歌と祈りの絶えぬ国であった。
されど、栄えの影には、静かなる兆し潜みき。
或る年の暑き日、空気は重く、風は止み、
鳥らは一斉に声を失いぬ。
その折、地に、暗き穴ひとつ現れたり。
初めは掌ほどの小さき口なりき。
されど、覗けば底知れず、冷たき息を吐き出せり。
人神これを忌み、禍の兆しと悟られた。
「この穴、放つべからず。速やかに滅せよ」と命じらる。
民らは火を持ち、縄を持ち、勇みて穴に挑めども、
暗き口は火を呑み、縄を裂き、日ごとに育ちていきたり。
やがて穴は丘を呑み、森を呑み、
ついには天祖原そのものを呑みき。
国の光は一夜にして失われたり。
子らは、静かに聞き入ってはいたが、話のほとんどが分かっていなかった。
その先に待つ、干し餅と雑炊が早く出ないかと待ち遠しく思っていたのだ。
やがて村長は立ち上がり、いろり端へ戻り同じように座り込んだ。
その後、村長の家内が子らに雑炊を分け与え、
干し餅を、ひとつずつ手渡した。
子らは、やっと村長の家を出ることができた。
外の空気はひんやりとして気持ちがいい。
深く息を吸い込み、子らはめいめい駆け出していった。




