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転生悪役令嬢、麻雀で異世界を制す!Ⅱ 打倒勇者編  作者: 南蛇井


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これで終わりじゃない。ここからが本当の始まりだ

世界が見ていた。

無数のカメラが卓上を映し出し、数億の視線が、ただ二人の打ち手を追っている。

会場の空気は重く、息を吸う音さえも許されぬほどの静寂に包まれていた。

最終卓――そこに立つ男、勇者アレス。

彼は純白のスーツを纏い、まるで清浄なる理の化身のようだった。

その手が卓に触れる瞬間、空気が張り詰める。

まるで彼の存在そのものが「勝利の前提」であるかのように。

「……始めよう」

低く、静かに発せられた一言。

それだけで観客席がざわめき、誰もが背筋を伸ばした。

対するは、クラリッサ・ヴァルドレイン。

緊張に震える胸を押さえ、深く息を吸い込む。

その瞳には迷いも怯えもない。

「今日こそ――私の麻雀を見せる」

静かな宣言が、己への誓いとして響いた。

開局。

第一打から、アレスの支配が始まった。

捨て牌ひとつに、無駄がない。

彼は他者の呼吸、牌の音、視線の揺れ――あらゆる情報を読み取り、確率の海を渡るように打ち進める。

彼の動きは美しく、恐ろしく、そして――人間離れしていた。

相手が牌を切る前に、すでにその結果を予測しているかのよう。

まるで未来を覗き見る預言者のような精度。

観客席の一角で、誰かが呟いた。

「……これが、勇者アレスか」

他の選手のように熱も興奮もない。

彼の手から放たれるのは、計算された打牌――ただそれだけ。

それでも、誰もが理解していた。

この冷たさこそ、勝利の証なのだと。

アレスの指先がまた一枚の牌を静かに滑らせる。

その音が、まるで刃が空気を裂くように鋭く響いた。

クラリッサの手牌に、圧がかかる。

一打一打が「理の支配」を宣告するようで、息苦しさすら覚える。

アレスの眼差しには何も宿らない。

感情も、激情も、恐れすらも――存在しない。

そこにあるのはただ、冷たい論理と勝利という方程式だけだった。

開幕から数局――

クラリッサは圧倒されていた。

アレスの手は正確無比。

テンパイ速度も、打点期待値も、すべてが理論上の最適解。

クラリッサの手牌は伸びず、リーチをかける前に流局、あるいは放銃。

点棒はじわじわと削られ、会場の空気は凍りついていく。

観客席の誰もが息を呑んだ。

「もう……勝負は決まったのか?」

誰かがそう呟いた瞬間、クラリッサがふっと微笑んだ。

――まるで、ずっとこの瞬間を待っていたかのように。

「……なるほど。あなたの麻雀、まるで時計みたいね」

彼女の声には、恐れも焦りもない。

むしろ、楽しげですらあった。

アレスがわずかに眉を動かす。

「時計の針は狂わない。ゆえに、美しい」

「違うわ。貴方の“理”には――美しさがないのよ」

その言葉とともに、クラリッサは大胆な鳴きを入れた。

誰もが「ありえない」と思う牌選択。

完全に効率を無視した打牌。

――だが、それが彼女の真骨頂。

彼女が辿り着いた新たな流儀――**《悪役令嬢スタイル・改》**だった。

わざと読まれない牌を切る。

あえて無筋を通す。

一見すると破滅的な打ち回し。

しかしその裏には、緻密に「アレスの思考」を乱すための布石があった。

アレスの脳内で、確率の方程式がわずかに軋む。

(……何だ、これは? 確率的に、説明がつかない?)

彼の中の“理”が、初めて混乱を覚えた。

クラリッサの指先が、軽やかに牌を滑らせる。

その動きには優雅さと挑発が入り混じり、

まるで舞踏会で相手を翻弄する貴婦人のよう。

観客の誰かがぽつりと漏らした。

「……これは、麻雀じゃない。芸術だ……!」

クラリッサは静かに微笑み、アレスの冷たい瞳を見つめ返す。

「計算では届かない――人の揺らぎ。

 それが……私の打ち筋よ!」

彼女の声が響いた瞬間、卓上の空気が変わった。

冷たく閉じていた世界に、初めて“人の熱”が灯る。

アレスの完璧な支配が、少しずつ――

崩れ始めていった。

盤面を照らす光が、ふたりの影を長く伸ばしていた。

息をのむ観客の中、ただ牌を打つ音だけが響く――静寂の戦場。

勇者アレスの指先が止まる。

初めて、彼が言葉を発した。

「……無駄だ。確率を裏切る者は、いずれ破滅する」

その声音には確信と、ほんの僅かな苛立ちが混じっていた。

打牌のすべてを論理で支配する男――彼の理想が揺らいでいる。

クラリッサは顔を上げ、穏やかな笑みで返す。

「でもね、アレス。麻雀は“人”が打つものなの」

その瞬間、会場全体の空気が変わった。

アレスの“理”と、クラリッサの“情”。

ふたりの思想が、卓上で真正面からぶつかり合う。

アレスの一打は鋭く、まるで刃のよう。

すべての手筋が「最短で勝つ」ために設計されている。

対してクラリッサの打牌は柔らかく、しかし芯がある。

仲間たちとの記憶、喜びや悲しみ、そして笑顔――

“心の記憶”が、牌に宿っていた。

「貴様の打ち筋には、揺らぎが多すぎる」

「だからこそ、未来は無限に広がるのよ」

アレスの瞳が一瞬だけ揺れた。

その迷いを見逃さず、クラリッサは微笑む。

まるで“理”の牢獄に閉じ込められた彼を、解き放つように。

牌を打つ音が、まるで鼓動のように響き続ける。

観客たちは息を詰めながらも、気づき始めていた。

――これは、ただの勝負ではない。

――これは、“麻雀とは何か”を問う戦いだ。

冷たい方程式と、あたたかな情熱。

数値と心。

勝利のための理と、楽しむための情。

その狭間で、ふたりは今――

「麻雀」という名の哲学を打ち鳴らしていた。

南場、オーラス目前。

静まり返った会場の空気は、もはや凍りついていた。

アレスの打牌は一打一打が鋭く、正確無比。

積み上げられた理論の塔が、今まさに完成の時を迎えようとしている。

「理はすでに完成している」

彼は静かに宣言した。

「お前の引く牌すら、私の計算の内だ」

その言葉に、観客たちが息を呑む。

まるで未来そのものが、アレスの掌にあるかのようだった。

積み重ねられた確率の方程式。

人知を超えた演算。

その中では、クラリッサの勝機など――存在しない。

クラリッサの手が震えた。

額から流れ落ちる汗が、卓上の光を反射してきらめく。

だが、彼女は俯かない。

「……そう。あなたの理は確かに完璧ね」

彼女の声は静かだったが、その奥に確かな炎が宿っていた。

「でも――麻雀は、数字で測れるものじゃない」

アレスの無表情に、初めて小さな皺が走る。

クラリッサは深く息を吸い込み、震える指先をゆっくりと牌に伸ばす。

仲間たちの声が、記憶の奥から響く。

リオの「君は一人じゃない」

サラの「楽しむ心」

リンドブルムの「恐れず踏み込む勇気」

それらがひとつになり、彼女の胸で熱となった。

――まだ終わらない。

――ここからが、私の麻雀だ。

「だったら――その“理”ごと、壊してみせる!」

卓上に響いた一打は、まるで雷鳴。

理を支配する空を裂くように、彼女の挑戦が始まった。

卓上に広がる緊張は、もはや空気というより“圧力”だった。

アレスの理は完璧、誰もがそう信じていた。

だが――その中で、クラリッサの指先が静かに震えていた。

彼女の手牌は、偶然のように、しかし必然に導かれるかのように変化していく。

一九字牌が次々と集まり、まるで運命そのものが形を成していくようだった。

(……これって、まさか――国士無双?)

息が止まる。

だが、恐怖はない。

むしろ胸の奥が熱く燃え上がっていた。

その瞬間、脳裏に仲間たちの声が蘇る。

「恐れるな、竜のように突き進め!」――リンドブルム

「楽しんでいいんだよ!」――サラ

「君は一人じゃない!」――リオ

その声が、心の奥で一つになる。

クラリッサは小さく呟いた。

「――この一打に、すべてを込める!」

観客のざわめきが消え、会場の音がすべて遠のいていく。

ただ、彼女と卓上の世界だけが存在した。

アレスが冷たく笑う。

「愚かだ。確率の極点に到達した私の理を、運などで覆せると思うのか?」

だがクラリッサの目は、まるで未来を見ているようだった。

「運じゃない。これは――みんなと、私の“麻雀”よ」

そして――最後のツモ。

指先が山から一枚の牌を引き上げた瞬間、

その白い面が、舞台照明の光を反射した。

「――ツモ! 国士無双十三面待ち!!」

一拍の沈黙。

次の瞬間、世界が爆ぜた。

会場を包み込む轟音のような歓声。

人々が立ち上がり、涙を流し、抱き合う。

光が舞い、紙吹雪が降る。

アレスの理を打ち砕いたのは――

確率でも偶然でもない。

“心”という、誰にも計算できない奇跡だった。

クラリッサは静かに微笑み、卓上に手を置く。

「これが……私たちの答えよ」

光と歓声が渦巻く卓上に、ひとりだけ静止した影があった。

――勇者アレス。

彼はまるで現実が崩れ落ちていくのを見ているかのように、

手の中の牌を見つめ、口元を震わせていた。

「……私の理が……敗れただと……?」

その声は、これまでの彼からは想像もできないほど掠れていた。

完璧で、無感情で、常に勝利を当然としていた男の表情が――

いま、初めて“人間の色”を帯びていた。

観客席は息を呑み、静まり返る。

誰もがその瞬間を目撃していた。

“理”が、“心”に敗れた瞬間を。

クラリッサは静かに卓に手を添え、まっすぐアレスを見つめる。

その瞳には勝者の誇りではなく、尊敬と慈しみがあった。

「貴方の理は、確かに完璧だった。

 でも、麻雀は――“人”が打つものよ」

アレスの肩が、かすかに震える。

そして彼は、ゆっくりと目を閉じた。

沈黙のあと、低く、かすれた声が漏れる。

「……なるほど。

 それが“文化”というものか」

彼の口元に、ほんのわずかな微笑が浮かんだ。

それは敗北ではなく、理解の証。

アレスはゆっくりと椅子を引き、卓を離れる。

純白のスーツの背中が、静かな照明の中に溶けていった。

去り際、誰にも聞こえぬほどの声で呟く。

「……次こそ、人の理をも取り込もう」

――その言葉だけが、光の余韻に混じって残った。

卓上には、勝利の光を宿したクラリッサが立つ。

そしてその足元には、崩れ落ちた“理の王”の影が、まだ消えずに残っていた。

審判の宣言が響いた瞬間――

世界が、爆ぜた。

「勝者――クラリッサ・エーデルシュタイン!!」

刹那、会場全体が立ち上がり、

地鳴りのような歓声と紙吹雪が渦を巻いた。

「クラリッサ!」

「雀姫だ!」

「新しい時代の女王――!」

光の粒が降り注ぐ中、クラリッサはゆっくりと天を仰ぐ。

涙のように頬を伝う紙吹雪が、白く輝いていた。

彼女の手の中には――一枚の白牌。

純白の、始まりの象徴。

クラリッサはその牌を胸に抱き、

小さく、けれど確かな声で呟いた。

「これが……私たちの麻雀」

その一言が、歓声の海の中で波紋のように広がっていく。

冷たい理を超えた“人の温もり”が、会場を包み込んだ。

世界中の中継モニターには、

光の中で微笑む彼女の姿が映し出される。

その姿はもう、ひとりの少女ではなかった。

――人と心をつなぐ、新時代の象徴。

――雀姫クラリッサ、誕生。

歓声の渦がまだ鳴り止まぬ中、

アレスは静かに席を立った。

白いスーツの背中が、光に溶けるように遠ざかっていく。

その歩みの途中、彼は一度だけ立ち止まり、

振り向くことなく低く呟いた。

「次こそ――理に“心”を組み込む。

その時、私は完全な王となろう」

冷たい理の男が初めて漏らした、わずかな“感情”の響き。

それは、次なる物語の扉を静かに開く音だった。

――そして、舞台に残されたクラリッサのもとへ、リオが駆け寄る。

「やっぱり君は……すごいよ。

でも、これで終わりじゃない。ここからが本当の始まりだ」

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