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転生悪役令嬢、麻雀で異世界を制す!Ⅱ 打倒勇者編  作者: 南蛇井


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かつてこの大陸を熱狂させた“麻雀”の残響

夜の雀荘は、どこか淀んだ空気に包まれていた。

 昼間のざわめきはもうなく、残っているのは酔いどれた常連だけ。

 黄ばんだ照明が卓を照らし、灰皿には吸い殻が山を作る。

 ――チィ……パシン。

 牌を叩く乾いた音と、紫煙が絡み合う空間。

 勝っても負けても誰も本気では喜ばず、ただ習慣のように牌を積み、牌を捨てていく。

 それは、もはや遊戯ではなく惰性の儀式。

 雀荘は、活気を失った大陸の麻雀文化そのものを映す鏡のようだった。

――ガラガラ。

 古びた雀荘の扉が、鈍い音を立てて開いた。

 場にいた常連客たちの視線が一斉にそちらへ向かう。だが、誰も深く気にしない。

 「また酔っ払いの客か」と思っただけだった。

 しかし、次の瞬間。

 入ってきたのは、あの少年だった。

 年端もいかぬ顔に、不釣り合いなほど鋭い瞳。

 前夜、クラリッサ――かつて“雀帝”と呼ばれた女を打ち負かした少年、リオ。

 その姿を見た瞬間、雀荘の空気が微かにざわめきを帯びる。

 常連たちの間に、言葉にならない緊張が走った。

少年の外見は変わらない。

 まだ声変わりすら終わっていない顔立ちに、華奢な体つき。

 だが、その瞳だけは違っていた。

 以前よりさらに冷たく、鋭く――研ぎ澄まされた刃のように場を射抜く。

 その視線に貫かれただけで、酔客たちの背筋が無意識にこわばる。

 リオの足取りには迷いがなかった。

 まるでここが自分の居場所であるかのように、卓を囲む常連など眼中に入れず、真っ直ぐにクラリッサのもとへと歩いていく。

「ガキがまた来やがった」

「昨日で懲りたかと思ったがな」

 酔いどれた常連たちは苦笑混じりに茶化す。

 だが――心の奥底では気づいていた。

 この少年が放つ雰囲気は、決して笑い飛ばせるものではないのだと。

「またガキかよ……昨日勝ったからって、ちょっと調子に乗ってんじゃねえのか?」

「ここは子供の遊び場じゃねえんだぜ」

「おいクラリッサ、昨日のリベンジでもしてやれよ!」

 場末雀荘らしい下卑た笑い声が、薄暗い室内に響く。

 だがリオは一切耳を貸さなかった。

 ただ冷たい瞳のまま、真っ直ぐクラリッサへと歩みを進める。

 無言の圧力――それは、酔客の安い野次など容易にかき消してしまうほどのものだった。

「……」

 いつの間にか、常連たちの声は尻すぼみに変わり、笑いも消える。

 残ったのは牌を叩く乾いた音と、リオが放つ異様な緊張感だけだった。

 クラリッサは卓にはつかず、片手で酒瓶を弄んでいた。

 口に運ぼうとしても、なぜか喉がそれを拒む。

 ――昨夜の敗北から胸に残る苦い“悔しさ”。

 そして、昼間に聞いた子供たちの「麻雀をやってみたい」という無邪気な声。

 その余韻が、彼女の酔いを確かに鈍らせていた。

 ゆるりと顔を上げる。

 軋んだ扉の向こうに立っていたのは、あの少年――リオ。

 変わらぬ幼い外見。だがその瞳は、まっすぐで鋭く、以前よりもさらに冷たく研ぎ澄まされている。

 クラリッサの視線は自然と、その冷光に捕らえられた。

リオは迷いひとつ見せず、クラリッサの正面に立つ。

その瞳は少年のものとは思えないほど冷たく澄み切り、ただ一人の女帝を射抜いていた。

「――あんたが、本当に“雀帝”なんだろ?」

その言葉は、ただの挑戦ではなかった。

麻雀で勝つ負けるを超えて、落ちぶれ、酒に沈んだ彼女の存在そのものを問う刃。

まるで“伝説を名乗る資格があるのか”と突きつけるように。

リオの声音は静かで、けれど逃げ場のない重さを帯びていた。

クラリッサの胸に、その一言は鋭い刃のように突き刺さった。

酒に逃げ、敗北から目を逸らし、場末の卓で日銭を稼ぐだけの自分。

“雀帝”の名はすでに過去の幻影――そう思っていた。

けれどリオの問いかけは、それらすべてをあざ笑うかのように響く。

「お前はそれでいいのか」と、真っ直ぐな視線が告げていた。

短い沈黙。

胸の奥に眠っていた熱が、かすかに火を灯す。

忘れたはずの激情――麻雀と共に生きた女帝の炎が、再び揺らめき始めていた。

「またガキの挑発かよ……」

「昨日勝ったくらいで、気を良くしてんじゃねえのか?」

常連客たちは口々に笑い飛ばす。

だが、その笑い声はどこか上ずっていた。

卓を囲む空気は、確かに昨日とは違う。

冗談のはずなのに、場末雀荘には張り詰めた緊張が走り、誰もが無意識に息をひそめる。

――これは遊び半分の勝負じゃない。

誰も口に出さずとも、直感だけは全員が理解していた。

クラリッサは、指先で弄んでいた酒瓶をゆっくりとテーブルに置いた。

琥珀の液体がまだ揺れている。

――逃げるな。

そんな声が、胸の奥で囁いた気がした。

彼女は椅子に深く背を預け、酔いの霞を振り払うように目を細める。

そして、真正面に立つ少年へと視線を射抜いた。

「……面白いわ」

その一言は、負け犬の呻きではなく、かつて“雀帝”と呼ばれた女の誇りを思わせる鋭さを帯びていた。

クラリッサは、手の中の酒瓶をぼんやりと眺めていた。

昨日までの自分なら、こんな挑発――鼻で笑い飛ばし、グラスをあおって忘れていただろう。

「フン、ガキの言葉なんてくだらない」

そうやって、酔いで誤魔化してきた。

だが――今は違う。

胸の奥にまだ熱が残っている。

あの夜の敗北の痛みが、忘れられずに疼いている。

そして昼間、路地で耳にした子供たちの声――「麻雀ってすごい遊びだったんだって!」「ボクもやってみたいな!」――その無邪気な響きが、彼女の心に残響していた。

自分が潰したと思っていたものは、まだ消えてなどいなかった。

「麻雀を求める声がある」――それを知った瞬間、胸の奥に小さな火種が確かに残された。

酒では誤魔化せない、熱を帯びた火。

クラリッサはそれを、はっきりと感じ取っていた。

クラリッサは、しばし手の中の酒瓶を見つめていた。

だが次の瞬間――迷いなく、それをテーブルへと置く。

「……ッ」

硬質なガラスの音が、薄暗い雀荘に小さく響いた。

それだけで、周囲の空気が変わる。

「お、おい……?」

「まさか……」

常連客たちは思わず息を呑み、ざわめきを忘れて目を見張った。

誰もが知っている。酒瓶を手放すクラリッサなど、長い間見たことがなかったからだ。

ゆっくりと背筋を伸ばし、彼女は姿勢を正す。

その紅い瞳が、真っ直ぐにリオの冷たい視線を受け止めた。

もはや、酔いに逃げる女帝ではない。

舞台に立つ覚悟を取り戻そうとする、かつての“雀帝”がそこにいた。

クラリッサはわずかに唇の端を持ち上げた。

その笑みは、場末に沈んでいた女ではなく――かつて栄光を誇った“雀帝”を思わせる、冷ややかで気高いもの。

「……面白いわ」

低く、艶やかな声音が雀荘に落ちる。

それは挑発でも虚勢でもない。まぎれもなく、女帝の血が再び目を覚ました証。

「悪役令嬢らしく――もう一度、舞台に立ってやろうじゃない」

その一言に、常連客たちは息を呑んだ。

ただの酔女だったはずの彼女の周囲に、かつての覇気が蘇りつつあるのを、誰もが肌で感じ取っていた。

その一言が放たれた瞬間――場末雀荘の空気が揺らいだ。

煙草の煙すら張り詰めるように立ちこめ、常連客たちは言葉を失う。

さっきまでただの酔いどれだった女の口から紡がれたのは、敗北を越えてなお立ち上がる者の言葉。

それは、再び戦場へ舞い戻る者だけが纏う気迫。

クラリッサの瞳に宿った光は、もはや曇っていなかった。

――雀帝、復活の序章。

リオは無言でその変化を受け止め、冷たくも満足げに口角を上げる。

こうして、堕ちた女帝と天才少年の物語は、ついに新たな幕を開けようとしていた。


雀荘の空気が、リオとクラリッサのやり取りを境にがらりと変わった。

つい先ほどまで響いていた、酔いどれ客たちの下卑た笑い声や、無造作に牌を叩きつける音が、嘘のように消え失せている。

静寂。

ただ煙草の煙だけが薄暗い照明の下で揺らめき、時折パチ、と卓上で弾かれる灰の音が響くだけ。

常連客たちは、息を呑んでいた。

誰もが心のどこかで気づいている。――今、目の前にあるのは酒場の余興でも、安い勝負事でもない。

これは、かつてこの大陸を熱狂させた“麻雀”の残響。

そして、それを再び呼び覚まそうとする者たちの、最初の衝突だった。

煙草の白い煙がゆらゆらと立ちのぼり、薄暗い照明に照らされて揺れる。

その中で、雀荘の空気がじわりと変わっていった。

さっきまで場末特有のだらけた気配しかなかったこの場所に――いつのまにか、妙な緊張感が戻ってきている。

それは、ただの酔客の勝負に漂う熱ではない。

どこか懐かしい、胸をざわつかせる気配。

かつて、この大陸全土を熱狂させた“麻雀黄金期”。

歓声と喝采に包まれた会場で、牌の音が戦いの合図となっていた時代。

その記憶の残滓に触れたかのように、常連客たちの胸に一瞬だけあの熱が蘇る。

彼らは無意識のうちに、唾を呑み込み、じっと卓を見つめていた。

クラリッサの顔には、もう昨夜までのような虚ろさはなかった。

酒に逃げ、笑って誤魔化すだけの女帝はそこにいない。

代わりに現れたのは――真正面から戦場に立つ者の貌。

冷ややかに吊り上がった唇の端、わずかに挑発を含んだ瞳。

それは、かつて“雀帝”と呼ばれた彼女が持っていた本来の輝きの欠片。

ただ短いひと言を放っただけで、場末の雀荘を覆っていた空気を一変させる圧があった。

常連たちは息を詰め、誰ひとり笑い声を漏らさない。

その余韻が、卓の周囲すべてを支配していた。

――こうして。

場末の酒と煙に沈んでいた女帝は、再び舞台に立つことを選んだ。

それは、彼女自身にとってはただの意地であり、悔しさに突き動かされた小さな一歩にすぎなかったのかもしれない。

だが、その一歩こそが――忘れ去られたはずの“麻雀”という炎を、再びこの大陸に燃え広がらせる火種となる。

まだ誰も、それを知る由もなかった。



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