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転生悪役令嬢、麻雀で異世界を制す!Ⅱ 打倒勇者編  作者: 南蛇井


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38/40

運命の局、開幕

南場の最終局面――。

長き激闘を経て、卓上には二人だけが残っていた。

点棒状況は明白だ。リードを許さぬ“絶対者”アレス。追い込まれ、わずかな希望にすがる“雀姫”クラリッサ。

数字は冷酷に、勝敗の天秤を傾けている。

だが、アレスの表情は変わらない。冷徹に積み上げられる牌、その指先には一切の迷いも熱もない。

「すでに勝利は揺るがぬ」――その確信が、彼の背に揺るぎない覇気をまとわせていた。

クラリッサは深呼吸をひとつ。震えそうになる胸を押さえ、己を落ち着けるようにゆっくりと息を吐く。

そして――最初の一打を切った。

その小さな動作だけで、会場全体が張り詰めた沈黙に呑み込まれる。

誰もが理解していた。これが最後の局、運命を決める瞬間の始まりだと。

――すべては、この一局に集約される。

アレスの手牌は、まるで盤石な城壁のごとく積み上がっていった。

一打一打は偶然の産物ではない。ただの幸運でもない。

――必然。

彼が打ち込む牌はすべて、数学の定理のように無駄なく整えられ、完成形へと収束していく。

その姿はもはや“麻雀”ではなく、“計算された理の実現”に他ならなかった。

「勝利は理によって保証されるものだ」

無言でそう告げるように、アレスは淡々と牌を置いていく。

観客席から漏れる吐息。

「……やはりクラリッサでは届かないか」

「理に挑むなんて、不可能だ……」

静かな絶望が、会場全体を覆っていった。

クラリッサの前に並ぶ手牌は、まだ形になりきらない未完成の群れだった。

明らかに粗く、アレスの「理」と比べれば、あまりに心もとない。

安全に流す道はある。安牌を切れば、この局は穏やかに終わる。

だがそれは――同時に敗北の確定を意味していた。

(……それじゃ、だめだ)

胸の奥に浮かんだのは、散っていった仲間たちの姿。

竜王リンドブルムが見せた、恐れを超えて踏み込む勇気。

サラが最後に残した、「楽しむ」ことを忘れぬ笑顔。

そして――リオのまっすぐな声。

「君は一人じゃない。僕らがいる」

震えていた指先が、仲間の声を受けて静かに力を取り戻していく。

瞳に迷いが消え、クラリッサは己の心を込めた牌を、ゆっくりと卓上へ送り出した。

会場が息を呑む。

その一打は、敗北を恐れず未来を掴みに行く、彼女の決意そのものだった。

クラリッサの手から滑り落ちたのは、誰もが「安全」と見なしていた牌ではなかった。

彼女が切ったのは――むしろ危険に見える一枚。

「……なっ!」

観客席が一斉にざわめく。

「自殺行為だ!」

「いや……待て。あれは……」

波紋のように広がる声が、場を震わせる。

だが当のクラリッサの表情には、一片の迷いもない。

彼女の瞳は澄み切り、まっすぐに卓を見据えていた。

(これが……私の麻雀)

仲間たちから託された想い。

勇気も、楽しさも、支えてくれる声も――すべてを心に刻んだ彼女は、直感を信じた。

その一打は、単なる危険牌の放銃ではない。

絆に導かれ、自らの道を選ぶという“宣言”だった。

卓上に鳴り響いた小さな牌音は、観客にとって雷鳴にも似た衝撃となって響き渡った。

アレスの手は、完璧だった。

理が導き、確率が裏付け、すべての流れを掌の上に置いている――誰もがそう信じていた。

「すでに詰んでいる」

その眼差しが、無言でそう語っていた。

クラリッサの前に待つのは、逃げ場のない罠。

一手でも誤れば、即座にアレスの和了――それが誰の目にも明らかだった。

しかし次の瞬間。

クラリッサの指先が、ゆっくりと山に伸びる。

――そして、掴み取った。

その牌を見た瞬間、彼女の胸の奥が熱く燃え上がる。

(これだ……!)

全身を駆け巡る衝動。

理ではなく、確率でもなく、ただ“信じる心”が導いた答え。

「――ツモ!」

声が響いた瞬間、卓上が閃光のように弾けた。

叩きつけられた牌が、アレスの完成形を粉々に砕く。

「な……っ」

初めて、アレスの瞳が揺らいだ。

理を積み上げた絶対者が、ひとりの少女の“奇跡の一打”によって崩れ落ちる。

その光景は、誰の目にも“必然を超えた奇跡”として焼き付いた。

「……私の、理が――敗れただと……?」

アレスの声は、卓上の静寂を裂くように漏れた。

普段の冷徹な響きではない。

震えていた。

その瞳が大きく見開かれ、初めて“感情”の色が差す。

驚愕。混乱。否定。

――そして、理解。

理によって支配してきた世界が、音を立てて崩れていく。

積み上げてきた完璧な計算式が、少女の“心の一打”によって打ち砕かれた。

「そんな……あり得ない。確率も、理も、すべて私の側にあった……!」

呟く声が、どこか哀しげだった。

クラリッサはただ、静かに卓を見つめていた。

勝ち誇ることも、叫ぶこともせず――ただその結果を受け止めるように。

アレスの手から牌が零れ落ちる。

淡々としていたその指先が、今は微かに震えていた。

そして――

「理を越えるものが、あるというのか……」

彼の体がゆっくりと椅子に沈み込む。

それは敗北ではなく、“崩壊”だった。

次の瞬間、会場が爆発した。

歓声が嵐のように渦巻き、民衆が立ち上がる。

「クラリッサ!」「勝ったぞクラリッサぁ!」

その熱は、もはや勝敗を越えていた。

“絶対者”を打ち破った“人間の希望”への、心からの喝采だった。

「クラリッサ! クラリッサ!」

最初は小さな声だった。

しかし、それは瞬く間に波となり、やがて――嵐となった。

観客席が震える。

誰もが立ち上がり、名を叫び、涙をこぼしていた。

「勝ったんだ……本当に、あのアレスに……!」

「すごい……でも、ただ強いだけじゃない……!」

クラリッサは卓上に手を置き、肩で息をしていた。

頬には涙が伝っていたが、その表情は――確かに笑っていた。

「……私、負けたくなかった。でも、それ以上に……」

息を整え、震える声で続ける。

「私は……私たちは……“楽しんで”この場所にいる!」

その言葉に、歓声が一段と高まった。

勝敗ではない。理でもない。

彼女が掴み取ったのは――“心そのものの勝利”だった。

リンドブルムの豪打も、サラの笑顔も、リオの言葉も、

すべてがこの瞬間にひとつの光となって彼女を包み込む。

涙の中で笑うクラリッサを見て、誰もが確信した。

――ああ、この勝利は、みんなのものだ。

卓上に響く拍手と歓声が、まるでひとつの旋律のように重なっていく。

それは「人の心が理を超えた」瞬間の証明だった。

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