「恐れずに」「楽しんで」
卓上の竜王が倒れ、会場が一瞬静まり返る。
だが、その沈黙を破ったのは――サラの軽やかな声だった。
「さあ、まだまだこれからよ!」
彼女は勢いよく牌を叩きつけ、軽快に鳴きを宣言する。
場をかき乱すように、時に無茶とも思える仕掛けを繰り返す。
だが不思議なことに、その全てが流れを呼び込み、点棒へと結びついていく。
「……チー!」
「ポン!」
矢継ぎ早に繰り出される鳴きは、観客を翻弄し、そして惹きつける。
最初は無謀に見えたはずの攻め筋が、気づけば逆境を切り崩す逆転劇へと変貌していた。
「和了――っ!」
サラが明るく宣言した瞬間、会場全体が爆発する。
「すごい! 本当に返してきた!」
「まだ負けてない、まだ戦えるんだ!」
観客の声援が嵐のように沸き起こり、彼女の背中を押す。
誰もがその姿に、“希望の象徴”を見ていた。
勝敗の天秤がまだ揺れている。
「絶対者」アレスに抗うための力が、サラの笑顔と共に再び灯り始めていた。
――場は再び、熱を取り戻す。
観客が熱狂に包まれる中、ただ一人、アレスの眼差しだけは冷え切っていた。
彼にとって、サラの逆転劇も、場を盛り上げる声援も――雑音に過ぎない。
「……不要な揺らぎだ」
アレスの指先が音もなく牌を走らせる。
サラが勢いよく仕掛けたその瞬間、まるで待っていたかのように、その道を潰す牌を切り捨てる。
「えっ……?」とサラの笑顔が一瞬だけ揺らぐ。
だがアレスは気に留めることもなく、淡々と進める。
サラが鳴いて軽快に進めた手を、逆に「安全地帯」として利用し、自らの手を一段と整える。
まるで彼女の明るさそのものが、彼の支配の糧となっていくようだった。
「ポン!」
「チー!」
サラの明るい声が響くたび、アレスの冷徹な打牌が返し、彼女の未来を削り取っていく。
「くっ……!」
観客は気づき始める。
――サラの奔放さは、もう“楽しさ”ではなく、“狙われる隙”に変えられてしまっているのだと。
彼女が盛り上げるほどに、その場は逆に冷え、追い詰められていく。
まるで「楽しさ」を根こそぎ奪い取るように、アレスの支配は卓全体を覆い尽くしていった。
サラの指先は、もう勝ち筋の細さを知っていた。
それでも彼女の笑みは消えない。
「ふふっ……ここまで来たら、最後まで楽しんでやる!」
声高らかに宣言すると、迷いなく牌をつかみ――そのまま卓へと叩きつけた。
観客の誰もが息を呑む。
その一打は、明らかに危険牌。
だが、彼女は怯えなかった。むしろ晴れやかに、胸を張って切り出した。
「ロン」
無機質に告げるアレスの声。
淡々と置かれる和了牌。
決して派手ではない。だが、サラの一打こそが勝敗を決定づけた。
「……あーあ、やっちゃった♪」
サラは軽く舌を出して笑った。
観客席からは大きなどよめきと、惜しみない拍手が湧き上がる。
敗北してなお、彼女の姿は“希望の象徴”そのものだった。
その背中を、クラリッサは見つめていた。
――恐れるな。楽しんで打て。
その想いが、確かに彼女へと受け継がれていく。
サラの笑顔は、最後まで揺らぐことはなかった。
勝敗に呑まれず、恐怖に縛られず――ただ「楽しむ」ために打ち続けた姿。
観客は、その姿に胸を突かれた。
「麻雀って、あんなに楽しそうなものだったか」
「勝ち負けを超えて、あの子は場を明るくした」
誰もが思い出す。
麻雀は本来、恐れるものではなく、楽しむものだということを。
その光景を、クラリッサはじっと見つめていた。
敗北の瞬間さえも笑顔で染め上げたサラの背中。
――あんなふうに、打ちたい。
胸の奥で、熱が芽生える。
「私も……笑って、最後まで立ってみせる」
小さく呟いた声は、確かな決意を帯びていた。
サラの退場は終わりではない。
クラリッサに「勝負を恐れず、楽しむ心」を託した始まりだった。
卓上に残ったのは、ただ二人。
冷徹なる支配者――アレス。
そして、小さき成長の雀姫――クラリッサ。
竜王リンドブルムの力は砕かれた。
希望の象徴サラの笑顔も去った。
だが、その敗北は決して無意味ではなかった。
リンドブルムの「恐れず踏み込む勇気」も、サラの「楽しむ心」も――確かにクラリッサの胸に刻まれている。
「……もう、私一人しか残っていない」
クラリッサは震える手を卓に置く。
目の前の男は、卓を支配する絶対者。
理に裏打ちされた必然の一打で、竜をも希望をも退けた存在。
それでも。
彼女は背を丸めなかった。
彼女の背後には、二人の思いが立っている。
「恐れずに」「楽しんで」――その声が、確かに聞こえる。
――残されたのは、絶対と挑戦。
ここから先は、支配と成長の物語だ。




